琥珀に眠る記憶—番外編集—

餡玉(あんたま)

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悠一郎の頼みごと

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 その翌日、珠生と舜平は揃って京瑠璃堂に向かった。

 準備なく泊まることになったため、舜平は健介のセーターを着ている。普段健介がたまに着用しているなんてことのない黒いハイネックセーターだが、舜平がそれを着ていると妙に洒落たものに見えるから不思議だ。痩せ型の健介が黒を着ると、薄い身体がそこはかとなく頼りなく見えるのだが、凛々しい肉体を持つ舜平が着ると、やたらと爽やかに見えて眩しい。

 そんな感想を抱いたのは珠生だけではないらしく、セーターを貸した当の健介も、しげしげと舜平の全身を眺めていた。

「……君はなんでも似合うんだねぇ。珠生にすごく不評だったから、僕はあんまり着ないんだけど」
「そ、そんなことないですって。すんません、泊めてもらった上に、服まで……」
「いやいや、また君には世話をかけてしまって……いつもすまないね」
「いえいえ、気にしないでください」

 という朝のやりとりを経て、二人は珍しく電車に乗って目的地にやって来た。

 京瑠璃堂という式場は、外から見ると、ただの和風邸宅に見える。
 悠一郎からの情報によると、「美麗なお屋敷を一日貸切。明るく開放的なパーティ会場で、特別なゲストと優雅でアットホームな一日をお過ごしください。広いお庭でデザートビュッフェもお楽しみいただけます」といった謳い文句で売り出し中の、真新しい結婚式場なのだとか。

 門をくぐって飛び石を踏み、中に入ってみると、そこは思いの外広々とした庭が広がっていた。青々とした芝生は綺麗に整えられていて、緑の庭木や秋の花々が美しく彩りを添えている。深い焦げ茶色の木造のバルコニー、白い外壁、磨かれた窓ガラス……丁寧に人の手が入っている様子が窺える、美しい建物だった。

「へぇ……きれいやな。和洋折衷な感じで、お洒落やし」
「うん、確かに。なんかいい匂いする……」
「花の香りやな。さすが、匂いにまで気を配るとは」

 と、庭から建物を見上げていた珠生たちの元に、パリッとした格好の悠一郎がかけて来た。黒いスラックスに白いワイシャツ、そして黒のベスト姿の悠一郎は、なんだかいつもよりもずっと大人の男っぽく見える。

「おお!! 来てくれたんや!! こっちこっち!!」
「悠さん、おはよう。きれいな式場だね」
「そやろ~。俺、ここの雰囲気めっちゃ好きやからさ、今回担当できてめっちゃ嬉しいねん。今日はよろしくな!」
「こちらこそ」

 そう言って固い握手を交わし合う珠生と悠一郎を、舜平はどことなく除け者な気分で眺めていた。すると悠一郎がバッと素早い動きで舜平の方を向き、ガッと舜平の両手を両手で掴んだ。

「な、なんやねん!」
「……ちょうどよかった。ほんっっまにちょうどよかった……!!」
「は? 何がやねん」
「お前が来てくれて、よかった……!! 生まれて来てくれてありがとう……!!」
「な、なんやお前……キモいねんけど」
「実はな……」

 悠一郎は言いにくそうに口ごもり、舜平の手を握ったまま珠生の方を見る。
 そして、重い口調でこんなことを言い出した。

「実は……女性のモデルさんが、昨日急性アル中で入院してしもて……」
「……え?」
 と、珠生。
「マネージャーさんによると、そのモデルさん、失恋のショックで呑んだくれてたらしいねん。そんで、飲みすぎて……救急搬送」
「えぇえ……」
「うん、プロ意識が足りひんよな。失恋したとはいえ、翌日は結婚式場のポスター撮影……って、そら、気乗りせぇへんか……どっちみち……うん……」
「ほな、どうするん。今日は中止か?」

 悠一郎の手を振りほどきつつ、舜平がそう尋ねた。すると悠一郎は、こんな状況だと言うのにどことなくわくわくしているような奇妙な目つきで二人を見比べ、こんなことを言い出した。

「……それはちょい難しいねん。納期もあるし、俺のスケジュールも詰まってるし……」
「ほな、どうすんの? 誰か代役立ててやんのか?」
「それなんやけど。……珠生くんなら、ええなと思ってて」
「はい?」
 と、珠生が拍子抜けしたような声を出す。悠一郎はうんうんとひとりで頷きながら、さらに付け加えた。

「今回の衣装は、白無垢とウエディングドレスや。ドレスもな、袖のあるタイプやしヴェールもつけるから、多少肩幅があってもごまかせる……というか、今回頼んでた女モデルさんも、身長一七五あるすらっとした美人やったから、ぜんぜん珠生くんでもいけると思うねん……うん」
「俺より大きい……。……え? 何それ、って言うことは……」
「そうやねん……!! 珠生くんが女装して花嫁役。舜平が花婿役でいっちょやってもらえへんかなと思ってんねん!! 舜平がこーへんかったら諦めようと思っててんけど、来てくれたわけやん!! 奇跡やん!! だから、お願いします!! マジで時間ないねん!! どうかこの通り!!」

 悠一郎は熱のこもったマシンガントークでそれだけ喋りきると、ガバッと二人に向かって頭を下げた。

 二人はぽかんとして、目を見合わせる。

「女装……って。え、そんなの無理だって……俺、一応男だもん……ウエディングドレスなんて……そんな」
「いや、今回のドレスは大丈夫や!! それに、珠生くんの和装なんて誰よりも美しいに決まってる!! 俺としては、あのモデルさんよりも珠生くんの方が似合うと思ってるし!!」
「い、いやいやいや……この式場の人たちも困るだろうし。ネットにも上がるし……」
「珠生くんの写真はもう見せてあって、スタッフの人らからは絶賛OKもらってんねん! だから大丈夫やで!!」
「でも……女装なんて」

 戸惑いをあらわにしつつ珠生が渋っていると、悠一郎は珠生の手を掴んで迫って来た。

「いや、絶対綺麗や!! 俺には分かる!! 絶対に素晴らしいもんが撮れると確信してる……!! 顔はがっつり入らへんし、横顔くらいやから……どうか、どうかこの通り……!!」
「おいこら近い。触んなアホ」
「あうっ」

 舜平に邪険にされ、悠一郎はふらりとよろめいた。舜平はため息をつき、珠生を見下ろす。

「いやならいややって、断ったらいいねんで」
「……うーん……でも、悠さん困ってるし……。舜平さんはどうすんの? やるの?」
「俺は……まぁ、どっちでもええかな。……うん、お前の女装……うん……ちょっと興味あるし」
「えぇえ……そういう趣味があったわけ……?」
「ちゃう!! そんなんちゃう!! そんなんちゃうけど!! こんな機会でもないと、そんなん見れへんし!! お前絶対綺麗やし!! 大丈夫やって!!」
「せやろ!! 絶対珠生くん可愛いと思うねん!! 綺麗やと思うねん!! 俺はその素晴らしい一枚を、少しでも多くの人に見てもらいたい……!! この式場の未来のためにも、どうかこの通り……!!」

 若干頬を赤らめつつそんなことを言う舜平をジト目で見上げ、深々と頭をさげる悠一郎を見下ろしつつ、珠生は数秒、唸った。

 そして、諦めたようにため息をつく。

「……わかったよ」
「ほ、ほんま……?」
「正面からとか、絶対載せないでよね。書面で約束してくれるならいい」
「もちろん!! 契約書も準備してあるから!! ありがとう!! 珠生くんマジ天使!!」
「……はぁ、もう……女装なんて……これっきりだからな」

 若干やけくそになりながらそうぼやく珠生の横で、舜平がボソリと小声で呟く。

「……いや絶対似合うと思うで。めっちゃ楽しみ……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもない」
「……」

 珠生に睨まれた舜平は、流れるような動きで明後日の方向を向いた。

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