VR『異世界』より

キリコ

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1.VRゲーム『異世界』



「物は大事にしなくてはいけないよ」

 それが祖母の口癖だった。

 お天道さんがちゃんと見ているんだから悪い事をしたらバチが当たるよ。夜に爪を切ってはだめ。夕方に口笛をふいてはいけない。彼岸花を摘んではいけないし、北枕で寝る事も良くない。新しい靴は朝おろす事。茶柱が立つと良いことがある。

 そして、物は大事にしなくてはいけない。凡ゆる物に神様が宿り、大事にすればいつか心が宿るのだから。


 そういった迷信とよばれる数々の言い伝えも、現代ではもうその殆どが所以まで解明されている。

 だから別に、今までそれらを鵜呑みにして生きてきたわけではないけれど、それでもやっぱり物を乱雑に扱う事は良くないと感じるし、物を選ぶ時はなるべく長く使える物を購入するようにしている。引越した先でベッドは北枕にならないように配置していたし、新しい靴もなるべく午前中に下ろし、夕方以降に爪は切らない。

 だから多分、信じないと言いつつ我ながらしっかり気にしているんだとは思う。


 まぁ、そうでなくてもあれからずっとAIが進化したこのご時世に、あの時、NPCだからと人を人とも思わない対応をするのを、当然とはとてもじゃないけど思えなかったのだから、どうあっても最終的にはこうなるのかも知れない。

 今更どうしようもない。結局の所、今幸せだからどうにかしようと思えないだけかも知れないけれど。





 十になるかならないかの幼い頃、誰でも知る動画サイトで見た動画がなぜかずっと記憶に残っていた。

「電気には感情がある」

 その人が言うには、人間の脳だって思考回路は電気信号で動いているのに人には感情があるのだから、電気にだってある、と言うような話で。買い替えようかな、とその電化製品の前で口に出したら翌日壊れた、とかよくある話でしょう、と。

 科学の方面にも精通した様な人や、社会的な肩書きがあるような人達の対談でそういった話がされる事に驚いたのを覚えている。

 そして日本には、物が、機械が心を持つ、と示唆する内容の物語が数多く存在している。小説、漫画、アニメ、映画。どのコンテンツでもそれを扱ったものを見つけることが出来るだろう。

 そういったものを幼い頃から見ている僕たちには、その考えは特に熱心に肯定するわけでもないけれど、逆に否定するものでもなくて。


 きっと、そういう僕と同じ様な感覚の人が日本人には多かったんだろう。だからこそ、そのゲームに選ばれた八割が日本人だったのだ。まぁそれは後から聞いて知った事だったけれど。






 あの動画を見てから早十年。

 政府が推めるムーンショット計画とやらにより、それまでもちまちまと進められてきたVRの開発といずれは電脳空間への移住を、という計画。

 高齢化が加速する日本では医療用VRの開発が急かされ始め、高額の補助金が投与されるようになって久しい。もちろん各国でも医療用については開発が進められていた。日本を含む数カ国では、医療用VRシステムとともに医療用ポッドなども技術が確立され既に利用が始まって久しく、ついに日本でいち早くその技術が一般へ転用可能となったのだった。

 進化速度に驚くも、教科書で見たPHSからスマホまで進化したというあの頃も、この様な感じだったのかも知れないと思えば納得だ。

 僕が知っているだけでも、幼児の頃家にあった板のようなスマホから、バングル型や埋め込み型マイクロチップでのホログラム仕様になったのもあっという間だったのだし。

 そのゲームの制作の始まりは日本のとあるトップクラスのゲーム機メーカーが、ライバル企業や海外の企業数社に声をかけて共同出資にて発足されたプロジェクトがきっかけだった。詳しくは知らないけれど、要するに世界中の名だたる頭脳に寄ってたかって制作された、と言うことらしい。制作費用などは恐ろしくて思いもつかない。

 そして驚くことにそのゲームの世界を作ったのは、その名だたる頭脳陣が作成したというユグドラシルと呼ばれるAIで。ゲームシステム周りはそのAIと意見を擦り合わせながら、協力して作製したとの事。普通のゲームではNPCと呼ばれるキャラクターをそこではそう呼ぶことを禁止されているらしい。

 キャラクターではなく現地民であると。

 そのゲーム世界の神であるAIユグドラシルが言うには、『ゲーム』ではなく『異世界』だと認識しろとの事だった。

 よって、倫理観がまともな者しか世界には入らせたくはない、と言うことでゲームを始めるにあたり事前申請が必要で、つい半年前に申込者は全員脳波測定を併用したテストを受けていた。そのテストをパスしなければ購入権利が手に入らないのだ。 

 その事に対し、もちろん多くの非難はあったけれど、

「これは『異世界に入り込んでそこでの生活を楽しむ為のゲーム』であって、何でもできるけどなんでもしていいゲームではない。それを否定する方はこちらではなく、そういうなんでもしていいゲームで遊んでくださいね」

 と言う返答で一蹴されていた。その付随する返答の中であまりに倫理観を強調する為か、暗にPKや規則の抜け穴を探したり、周囲に迷惑をかけても平気なタイプのプレイなどを楽しむ人向けのメッセージなのではと、世間には受け止められたのだった。

 そのせいで、ただ単にテストを受けるのが面倒で文句を言っていたような層までアンモラルプレイヤーなのではとSNSで疑われるようになってしまい、非難を口にし辛い空気が広がり炎上は一気に沈静化した。その流れにもまた賛否があったけれど、遠くからテストを受けに来てまでその『異世界』を楽しみたい層からすると、軽い気持ちで始める変な人が弾かれるのだしPKとかを気にせず安心して楽しめるのだからいいじゃない、みたいな感想だったみたいだ。
 
 かく言う僕も地方民だけれど、まぁテストを受けなかった人は、プレイしたい気持ちもその程度だったんだろうとは思ってしまっているのだけど。



 運営からしても、世界中で話題になっているこのゲームは大金を出してでもプレイしたい人など幾らでもいるわけで。AIと決裂してまで今無理に間口を広げる必要性はないとの言。

 サービス開始直後などどんなシステムトラブルが起こるか分からないのだから、誠実に対応する事は前提としても、善良なプレイヤーばかりであれば尚のこと良いという結論になった為、そのAIの主張に反対はなかったみたいだった。



 AIの学習面から見ても、初期プレイヤーの人選は大事らしく。後々は大勢の人がプレイする事になるとしても、悪意のある人間ばかりを初期に学習してしまっては、その先どんな世界に成長を遂げるか想像するだに恐ろしい、という事らしい。規則だらけのディストピア一直線だとかなんとか。

 例え既に神のAIユグドラシルが電脳世界とは言え一つの世界を創造出来るほど成熟していても、生身の人間との濃い付き合いはまだそれ程こなしていない。そういう意味でも必要なテストだった、という事を後に合格者説明会で説明された。


 
 そう、合格者説明会。テストを合格した人の内、抽選で一万名が半年後からテスターとしてプレイする権利を得ていた。

 今回抽選に漏れた人もまたその数ヶ月後に元の合格者から抽選で追加でニ万名、みたいな形で現時点での合格者は一般公開されるまで順次少しずつ優先的にログインできるようになっていくとの事。

 一般公開は予定では二年後らしい。それまでに設備の増設を十分にしていく計画みたいだ。

 そして、ここに居るのはその内の100名らしく。悪人ではない、かと言って特別善良過ぎるわけでもない、ほどほどに真面目な性格と判断された、毒にも薬にもならなさそうな『普通の人』100名を先行して『異世界』へ受け入れたいとの話だった。

 因みに、僕たちを選考したのはユグドラシルであるとの事。

 だから、確かに選ばれたと言って過言ではないのに、合格したのは嬉しいのに、心持ちは憮然としたものである。

 だって究極の普通の人と言われたようなものだ。毒にも薬にもならないっていう評価も、自分でもよく分かっているからこそ、図星を突かれて少しムカついている。多分みんなそんな顔をしていて、ホログラム投影されたユグドラシルだけがニヤニヤしている。

 せっかくの美しい造形がもったいない表情をするな。神様ってもっと、なんか、厳かな感じじゃないの? と言うか『ユグドラシル』なんだから樹であれよ。

 と思うも、思考を読んだ様に「擬人化に一家言ある国の国民の言うことか?」などと言われてしまう。
 
 隣の人も同じ事を考えたのかムッとした顔をしていて、本当に似たような性質の人ばかりなんだと感じて、少し笑ってしまった。





 はてさて件の説明会から早二週間。週三回行っていた監査のアルバイトはサクッと退職してきた。

 AI学習の為の先行ログイン(現地民にプレイヤーというリベルに慣れさせる為も含まれる)と言うだけあって、僕たちには三年間は現実世界で報酬が振り込まれるからだ(その後は後記を請け負う希望者のみになるらしい)。

 おかしな所を見つけたらすぐコールする様に言われていて、それとトラブルシューティングのお手伝いも少し頼まれるかも知れない、との事。それには緊急クエストとして依頼が発生し、完了すれば報酬が運営から払われる形になる。プレイヤーだけど半分アルバイトみたいな扱いみたいだ。


 それに希望すればずっとポッドを借り続けられるというので、いつ復職するかも分からない。

 数年はログインし続ける事を見越してか、住んでいたアパートを引き払ってきたという猛者すらいた。偶にログアウトする時はホテルに泊まるつもりらしい。確かに殆ど家に帰らないなら、その方が経済的かも知れない。

 僕は大学卒業を機に実家へ戻ったので関係ないけれど。

 ベーシックインカムがあるとはいえ僕みたいなアルバイトの一般人とは違って、今でも役職を持って昔の日本みたいに日常的に働いている人(もちろん高額の報酬が貰える極一部のエリートだ)も、少しだけれどいない訳ではない(実際うちの父もそんな一人)。

 なのでそういった都合がつけられない人を除いて、100名の内の殆どは今日から運営会社に併設された隣のビルへの泊まり込みを了承している。その一部の都合がつかない人達は、ポッドは使わず日々の短時間、各自かなりお高い機材を購入して、ベッドに横になった上で自身で耳裏にプラグを挿し、家でログインできる仕様らしい。

 僕たち百名弱以外はその方法でプレイする様になるとの事。僕も機材は頼めば買ってもらえるだろうけれど、家族や自分でプラグを抜き差しするなんて怖いから(僕がビビリなだけで普通に安全)、こっちにした。

 家族には少々反対されたけど、ガッツリゲームしたいんだもん。短時間ログインとかつまらない。アルバイトなんてみんな暇だからやってるだけだしね。







感想 3

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