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2.ポッドにビビる僕
ここにはごく狭い一部屋に一つづつ医療用ポッドが設置されていて、今日からこれに入るのだ。噂では大部屋は病院の様に天井からカーテンで仕切られている形らしい。見てないから分からないけれど。
個室組は一割程いて、個室料金を払っていると言う噂だけれど、個室組の一人である僕は払っていないし、噂に困惑して質問してきた隣の個室の人もそんなの払っていないみたいなので、実際のところの配置理由は誰も知らないみたいだ。
もちろん、僕も知らない。
耳後ろの医療用プラグを使うのも前回のゲームの為のテストで、子供の頃以来久しぶりに使ったばかりだった。
ポッドに入るのもその子供の頃、根治治療のないウイルス性の病気で入院した時以来だから、少し緊張する。
因みに現在も発症しないよう薬を定期服用しているけれど、薬はちゃんと食事代わりの飲料の注入用に食道に通される細い管から投与されるらしく、逆に飲み忘れがないのでそこは安心だ。
液が入ってくるのも管を入れられるのも、こちらが手術時の麻酔以上に意識を落としてからだし、顔まで液に浸かってしばらくしてからでないと蓋もされないし、何かしらで目覚めてしまっても中からも軽い力で開けられる、とは分かって居るけれど、怖いものは怖い。
ただ、これに入っている間は食事も排泄も必要なく、筋肉も弱らないように専用の電流を定期的に流される為、足腰が極端に弱る事もない。けれど入る前に下剤で全部出さないといけないという事で、何回かに分けて全部出させられた上に昨日の昼食後から物を食べるのを禁止されていて空腹が辛い。とってもがお腹すいている。
家から付けてきた紙の下着はポッドに入る直前に脱いで捨てる事になっていて、貴重品や荷物、着ていた服も全て物理鍵の無い生体認証の壁面埋め込みのロッカーへ預けてしまった。その結果今はペラッペラの検査着の様なもの一枚だし、廊下のウォーターサーバーの水しか飲めない。その上手持ち無沙汰だ。
チップ(スマホの機能をマイクロチップにした物)でネットを見るくらいしかできない。
因みに没入後はバングル型の人は使用出来ず、と言うかそもそも外してロッカー行きらしい。僕みたいな埋め込みチップ型も時計とか単純な計算機能とか、過去に撮った写真やダウンロードした音楽や動画の閲覧、メモ帳、みたいなネットに接続しなくても使えるアプリしか使えない。ネットには繋がらないとの事だ。
現実とのやり取りはAI経由でのみ可能らしいけれど、『異世界』での時間は加速されるからリアルタイムでは当然無理で。しかも僕たちは直接ネットには繋がらないから、神様AIが一旦メッセージを現実のネット上で受け取ってから内側の僕たちに手紙というアイテムとして配るシステムになるらしく、体感としてはかなり遠方からの手紙、みたいな感覚のやり取りになるみたいだ。
それはそれで不便だけれどノスタルジックで楽しそうだけれど。是非両親に手紙を出してみようと少し楽しみに思っている。割り増し料金を払えば(ゲーム内通貨かAIを通しての現実の口座からの引き落とし)、現実の選べる便箋にこちらの手書き文字を印刷して配達してもらえるらしい。
拘りが過ぎるような気がするが、そういった物事には往々にして運営にその道に一家言ある者がいる、と言う噂だ。だから多分これもそうじゃないかなと勝手に思っている。
僕は事前準備としてこの二週間の間に、チップの容量を増設して好きなありとあらゆるジャンルの音楽や映画をダウンロードしまくった。もちろん費用は父の口座からの引き落としで。
ちゃんとおねだりして了解を得ております。
だって自分の口座のお金は中に入ってから課金に使うかもしれないし。課金制度がそもそもあるのか知らないけれどね。この半アルバイトの先行組以外は月額でプレイ権利を購入し続けないとみたい。そこを考慮すると多少はあったとしても課金要素はそこまでないかも知れないとは思う。
それから、『異世界』では国によって文明の発展度合いが違うらしいので、サバイバル的な事について書かれた書籍とか日本人の口に合う様にされた多国籍の料理本なども幾つかダウンロードした。どの材料なら手に入るか分からないし念の為。それに加えて母のレシピもせっせとメモ帳に入力したし、レシピノートも写真を撮らせてもらって、更には味噌や醤油、石鹸などと言った異世界もの小説でよく出てくる様な必要になりそうな物の作り方も検索してバッチリスクショしてある。
まぁ多分みんな同じ事やってるだろうけどね。
それから、両親と三人での写真を沢山撮った。別に寂しくなったらログアウトすればいいだけなんだけれど、なんとなく。今のところは年末年始はログアウトするつもりではいるけれど、何があるか分からないし。
そうツラツラとよそ事を考えながらも、暇つぶしも兼ねて最後の足掻きとばかりに美味しそうなお菓子のレシピをスクショしていく。別に必要では無いけれど手持ち無沙汰だから。
と、そうこうしている間についに僕が入る番になったみたいだ。ノックに応じてドアを開けるとお医者様が立っていた。ポッドに入る時は医師の見守りが必要なのだ。
ポッドに入ると思うと怖さがぶり返してきてドキドキが増す。これから裸になってこの指紋一つないピカピカのポッドに入るのだ。
検査着を脱ぐ様に指示される。お医者さま相手とはいえ全裸はやっぱり恥ずかしい。けど我慢我慢。にしても、安全の為なのは分かるけどポッドが透明なのは正直やめてほしい。液は透明だからポッドに入ってる僕は丸見えなわけで。まぁ日光浴のための光を当てる時以外は目隠しフィルタに覆われるらしいんだけど。光の屈折か何かでボタンひとつで不透明になるらしい。ならもう部屋には担当のお医者様しか入れないんだし、気にしない様にするしかない。
これから点検で時たまお医者様が定期的に見回りに来る以外の殆どはドクターAIでの管理になるとのこと。
説明を受け羽織っていたものを脱ぐと、羞恥心の方が恐怖を上回る。
それも我慢して、繭みたいな形のポッドにそっと横たわった。
いつ眠ったのか分からない程タイムラグ無しに瞬きのつもりで目を開けると、そこは既に何もない真っ白な空間だった。
いや、違う。
多分水で満たされていて。それに僕も肺まで浸かっているみたいだ。それなのに呼吸は普通にできていて、息を吐くとコポコポと口から泡が出る。
ふわふわと浮いている感覚は気持ち良かった。
目端でキラと光った何かの光源を追いふと視線を上げると、頭上からまるでシャンデリアの様に、虹色の水晶でできた枝みたいなものが垂れ下がっていた。
水があまりにも澄んでいるからか、更に視線を上げれば美しい枝の隙間から、ずっとずっと上の方に巨大な樹が見えた。これ程巨大な樹といえば北欧神話の世界樹ユグドラシルだろう。
と言うことはAI名からしても、これは枝ではなく、世界樹の根という事だろうか。
樹の青々とした葉がある高さ程の上空ではないけれど、それでもここからはずっと上にある水面の輝きがとても美しい。
水面まではかなり距離があるようなのに、水が日光を透かし根もキラキラと輝いていて、幻想的な光景のあまりの美しさに、息を呑むほど目を奪われた。
「異世界へようこそ。リベルさん。私はユグドラシル。案内が遅くなって申し訳ありません」
どのくらいその光景を見つめていたのだろうか、水の中なのに不思議とはっきり聞こえた声に振り返ると、説明会で見たこの世界の神様、ユグドラシル様が。
リベル。確かここでは僕たちはそう呼ばれるんだったっけ。
「は、はじめまして。佐藤悠里といいます」
向き直り思わずお辞儀してしまったけど、世界観的には北欧風なのかな? 神様の名前からして。お辞儀はセーフだっけ? 変な人と思われないかしら。ドイツでの挙手はご法度、みたいな、(理由を聞けばおかしな事とは思わなくとも)知らない価値観のルールが無いと良いのだけど。
「はい初めまして。ふふ、やはりみなさん律儀ですね。私の選考は間違っていなかった」
律儀、だろうか? 挨拶は普通にするのでは。と言うか、ユグドラシル様、こうしているととても荘厳な感じがする。
早朝の神社みたいな清廉な気配がして、心地よかった。
相変わらず美しい造形のお顔ですね。それにいいなぁ身長高くて。でもなんというか、説明会の雰囲気と全然違うんだけれど。本当に同一人物なのですか?
「えっと、ありがとうございます?」
「はい。褒めているのでそれで正しいですよ」
なんか雰囲気がご機嫌ですね? 良い事だけど謎。そして笑っていると尚更イケメン度が際立つ。つられてこっちまでニコニコしちゃいますよ。
水の流れに、薄い金色の髪が緩く煽られて眩しい。髪が、ただのプラチナブロンドじゃなくて、弾く光に虹色を纏ってるのもオパールみたいで幻想的だ。けれど美しいのに顔の作りとか骨格が男らしいからやっぱり美しいっていうより、かっこいいのが先立つ気がする。
美しいもの好きの同志の母にも是非とも見せてあげたい。
「おい、んなちまいのをいつまでも眺めてないで早くしろ。お気に入りだかなんだか知らないが次が待ってんだよ。あと数人なんだからさっさと次に行けっつうの」
おお、ユグドラシル様のそっくりさんが現れた。
「あら、そんなに時間経ってました?」
同じ顔だからこのそっくりさんも確かにイケメンではあるけど、なんか。
「あれ? もしかしてこちらの方が説明会の時の?」
「へぇ? よく気がついたなおチビちゃん。まぁいい。俺は忙しいんだ。次のを案内に行く」
やば。口に出ちゃってた。そっくりさんはニヤっとあの時の笑みをこぼした。そして退場も早い。返答する前にもういなくなっちゃった。
チビなんて聞こえてない。大体僕が小さいんじゃない。そっちが無駄にデカいだけのくせに。
ふん。あの人、嫌いだ。
「おやおや、やはり気付いてもらえると嬉しいものですね。さて、そろそろ真面目に案内をしなければなりません」
「あ、はい。お願いします」
ユグドラシル様に改めて向き直り、何となく背筋が伸びた。
「はい。お願いされました。まず、この世界の事を大まかに説明しましょう。私の名前はユグドラシルですが、ここは北欧神話の世界ではありません。私を作った開発陣の間でいつの間にかそう呼ばれていただけですので」
予想は違ったらしい。北欧神話関係なかった。そんなんでいいものなの??? 神様の設定とか普通ゲームの世界観とかで重要なやつなのでは??
「ふふ、先に案内した方々にも聞かれましたので」
やっぱりみんな気になったらしい。だよね。コクコクと頷いておく。
「地球に似せて調整して作ったので、気候や風土などもそこまで変わりはないでしょう。とは言え地形も違う上に地球には存在しないものもあるので細かい仕組みやルールは違いますが。動植物も多くが共通していますね。違うのは魔物や幻想生物や幻想植物が存在する事と、人類種にも地球にはいない種族が幾つか存在し、更には元素としての魔素、そして魔法がある事」
「魔法! やったー!」
「ふふ。お可愛らしいですね」
言われて我に帰る。子供っぽい反応しちゃった。はっず!! だって、ネット上で多分あるとは言われてたけれど、確定情報なんだもん!
にしても飛び跳ねるとか何歳以来? 現実じゃないっていう解放感みたいなもののせいか、我ながら旅行に行った時みたいにワクワクしてる。
他に人居なくて良かった!!
って、あれ、ねぇ。何で頭撫でられて??? あんな反応しちゃったけど、子供じゃないんです。すみません。陰キャモブの顔、羞恥で顔赤くなってない? これ、絵面大丈夫?
「地に降り立つ際に魔法は幾つかの属性魔法がランダムで才能が付与される事になっていますが、上手く使える様になるには修練が必要です。とは言え、日本の方々はアニメへの造形が深い方が多いのであまり苦労はないかも知れませんね」
なるほど。あれかな。発動にはイメージ力が大事、みたいな?
と言うか、あの、撫でるのまだ続きますか? 嫌じゃないけど恥ずかしいんですが。一応大人なんで。・・・・・・くっそー、美形じゃなかったら頭ナデナデなんて許されないんだからな!
「それから、行動する内容によってスキルを覚える事が出来ます。例えば料理をすれば料理用のスキルが取得出来る、とか」
「なるほど」
ありそうな設定にコクコクと頷く。
「スキルは補助になるのでとても有用ですよ。薬師であれば撹拌や粉砕、抽出など覚えていくでしょう。使えば使う程スキルレベルも上がっていき、補助も強力になっていきます。戦士であれば武器を扱っていればその武器を使った特殊技もスキルとして覚えるでしょう。ですので、魔法が使えなくても日本のライトノベルで言う、冒険者のような職につく事も全く問題ありません。むしろ冒険者、こちらでのハンターの大部分は魔法が使えません。想像力が並の魔道士よりも熟練のハンターの方がはるかに強いですからね。まぁ、そうなるには体を鍛えて筋力を付けなくてはなりませんが・・・・・・」
そっか。冒険者。ゲームと言えばそうだよね。冒険者、できるかなー? 運動苦手なんだけど・・・・・・。ユグドラシル様、心配気に見下ろさないでもらえます?
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