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18.異界の姫君 ※護衛騎士視点
その噂を聞いたのはいつだったか。聖樹様より新たな神託があり、世界の魔素を増やし、それに伴って増えるであろう魔物の討伐に手をかりる為に、なにやら異界から客人を招くという話で。
それから暫くして、それに合わせてその客人を世話をする者を教皇様直々に選定するとの公示があり、希望者は神殿前の大広場に集められた。
遠方の者などは代理をたてていたが、果たしてそれで選ばれる事はあるのだろうかと勝手に心配などして。そういった家に限ってまともな家が多く、選ばれないのは残念に思ってしまった為だ。
ついに選定の日になり、これといった儀式も無く選定が始まり次々発表されていく。
私の懸念など杞憂だと言わんばかりに、代理を立てた者も問題にはならなかったようで、そこそこ多く選ばれていて胸を撫で下ろした。
それにしても選ばれたのは錚々たる面々だ。
世情の安定している幾つかの王家に(驚く事にそのうちの一つは聖樹教が国教ではない)、色々な種族の族長、それに有力であってもそうでなくても、悪い噂が立つ事なく健全とされている各国の貴族家。あとは各ギルドの総長や大店の商会も幾つか。余程僻地暮らしでなければ知らぬ人はいない様な方々だ。
これから、これに選ばれた事にはかなり大きな意味を持つ事になるのだろう。政治面においては殊更。
何故なら凡ゆる面で神の招かれ人を受け入れるに足る、と証明されたようなもの。発言力などは確実に増すであろうし、彼等と対立する様な特に後ろ暗い貴族などは、現状がどうあっても勢力図も簡単に覆されるであろう事が想像に難くない。
指名が終わると、受け入れ人数と時期については後々書簡で確認すべし、として早々に解散とされた。まぁ、教皇様は大変お忙しい身なので仕方ない。
それから数日して、どうやらこの神殿にも招かれ人が一人お入りになるらしいと、また新しい噂が立った。
神殿に入るのは、100名近いうちのたった一人らしく、噂が立ってから直ぐに、護衛騎士に選ばれたくば今まで以上に精進する様にと通達があった。
神殿騎士になるには通常の騎士より凡ゆる面で優れていなければならない。毎年選抜試験を受けに多くの騎士がこの国に来るが、受かるのはほんの一握りだ。
もちろん私も神殿騎士である事、ユグドラシル様にお仕えする事に誇りはある。
それでも、貴人の専属騎士になる事に憧れが無かった訳ではない。ただ、もし選ばれる事があったなら、神に招かれるような一等尊い方の騎士としてお仕え出来るのではと、挑戦せずにはいられなかった。
神殿にお入りになる招かれ人は、どうやらクルト様の棟でお世話する事に決まったらしい。
女性であれば私がお世話したかったと、騎士団長へ溢す大司教様の言で知った。偶々執務の補佐をしていたので。
クルト様も大司教ザスキア様も、招かれ人について特に隠すつもりはないらしい。
どの様な方なのだろうか。
それから暫くして、ついに招かれ人が召喚される日がきた。通常、儀式の間には基本的に、神官や所属の騎士以外は入る事はない。けれどこの日は、受け入れ先の者が一人ずつ待機する事になっていた。それに転移陣までの案内の騎士も数名。
その為、かなり広く空間をとってある筈の儀式の間が少し狭く感じる。
早くも始まったらしく、こちらの受け入れ態勢が整ったのを見計らったかの様に、特に宣誓などもないまま室内に白い光が満ち始めた。
光がやみ目を開けると、白いキトンを身に付けた少年少女が12人、こちらに背を向けて聖樹様の像へ跪いているのが見えた。
大司教様が優しく立つ様に促すと皆素直に従う。
不安そうな顔や、興奮しているような楽しげな表情、いかにも緊張している者などそれぞれだ。多少身長がある者もいたけれど、総じて幼なげな可愛らしい顔だちの方ばかり。種族が違うという事がよく分かった。
簡単に説明をして、受け入れ先の者とリベルと呼ばれる招かれ人を名簿の通りに引き合わせ、どんどん退出させていく。今日は地下にある転移陣が特別開放されていて、皆直ぐに各地の神殿へ転移していくのだ。
因みに名簿の出所は教皇様なので、組み合わせは神託によるものであろうことは予想がつく。
それを数度繰り返し、全ての引き取り手がいなくなった頃、全て見ていたかのようにクルト様が入室して来られた。きっとこれから神殿に入る方がいらっしゃるのだ。
大司教様は扉横に立つ私の隣に陣取り、見守る体勢に入っている。まぁ、一目見たいのは分かる。身内になる方なのだし。
クルト様が聖樹様の像へ膝をつき祈りの体勢をとると、クルト様付きの騎士の内、騎士団で手練れとされる三名がその後ろに両膝をついて同様に祈りの体勢をとった。どの様な神託がなされたのかと思うほど、四人とも最上位の礼。大司教様も息を呑んで見守っている。
それから直ぐに、白い光が満ちた。
現れたのは、明らかに聖樹様に愛された証をもつお方で。祈りのお姿すら美しい。
その方は静かに立ち上がると、クルト様と目を合わせ微笑まれた。それを目にした瞬間世界が止まる。
長く美しい黒い髪は、毛先が伝承の聖樹様と同じ色に染まっていて。目が離せなくなりそうな程美しい瞳は神秘的なヴァイオレットサファイア。立ち姿も凛として美しい花の様で、お顔立ちは清楚に整っていながらもやはり幼げでお可愛らしい。
けれど、女性とも男性とも区別が付けられないような、存在そのものが神秘的な方だった。
大司教様に声をかけられ気がつくと、自身の他は彼女とセドリック以外誰もいなくなっており冷や汗をかく。
「ふふ、分からなくもないわ。あの様に特別の方がいらっしゃるなど、誰も想像していなかったでしょう。存在が知れ渡ればまたも大神殿の権威が上がってしまうわね」
そう言うとザスキア様は、ほう、とうっとりするように息をついた。きっと思い返しているのだろう。確かに特別の方、としか言いようがない。
本当に別格の貴人を見てしまったせいかその夜は中々眠る事ができず、筋肉を暫く痛めつけ、夜明け前にようやく就寝できたのだった。
それから暫く、かの人の事は噂でしか知る事もなく。
誰が言い出したか、神殿内ではすっかり『異界の姫君』と呼ばれる様になっていた。姫君はどうやら初めのお告げ通り男性のようだけれど、姫呼びがしっくりき過ぎていておかしいと声をあげる者は誰もいなかった。
姫君の神殿内の人気は凄まじく、一歩歩く事に皆が声をかけた結果騒動になってしまい、駆けつけたクルト様に皆叱責を受けたらしい。
けれどその時に皆の勢いを怖がった姫様が、クルト様の背の裾をぎゅっと不安げに握っていたらしく、それが愛らしかったなどとまた口々に噂しており。どうやら懲りていないようだ。
その事がきっかけかどうかは知らないが、姫君はクルト様へ大変信頼を寄せておられ、お二人は大変仲睦まじいという。
私が一度お見かけした際も、クルト様が誰も見た事がないような優しい顔で微笑むと、それに姫君は淑やかに笑みを返しており、お二人が並んで歩いている姿が美しい絵画の様で、他の者も私と同じ様に感じたのかその時声をかける者は誰もいなかった。
姫君は普段はクルト様の執務棟から出ていらっしゃる事は無い。その為、見かける事が出来た者は大層羨ましがられ、皆にどの様なご様子だったかなど聞かれている。
騎士達も初めの頃、私やセドリックに聞きたくて仕方がない様でソワソワしていたが、騎士の矜持で我慢していたのがありありと伺えた。
お世話係のリオル殿やクルト様の側近の面々はともかく、この所皆が羨ましがっているのは調理部門の者達のようだ。彼等の自慢話によると、食事後、片付ける際に直接声を賜る事が出来るらしい。それも美味しかったわ、などといった褒め言葉を。
あまり噂をするのは良くない事だとは皆分かっているのか基本的に小声だけれど、騎士がどこにでも常駐するこの神殿では騎士の存在を置き物とでも思っているのか、普通に聞こえる位置で話すので噂ばかり詳しくなってしまいなんだか罪悪感がわくのだった。
けれどそれも、自身が気になっている話題だからこそ耳に入ってくるのかも知れない。まだまだ鍛錬が足りないらしい。
職務にもっと専念せねば。
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