黒崎くんと佐藤さん

金魚

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第一章

佐藤医師の決断

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佐藤の糾弾は、天童の歪んだプライドに火をつけた。

天童は嘲笑を浮かべると繋がれた鎖を乱暴に手繰り寄せ、黒崎を台座の端まで引きずり出した。

​「やりすぎだと? 佐藤先生、君は大きな勘違いをしている。
彼は壊れているんじゃない。
私の色に染まりきって、悦んでいるんだよ」

​天童は佐藤への見せしめのように黒崎の鎖骨のリングを指に絡め、ぐいと上に引き上げた。

​「あああああああッ……!!」

​さらに天童は、空いた手で黒崎の後ろに密集する八つの銀の環を鷲掴みにし、ジャラジャラと音を立てて激しくかき回す。

​「ほら、見てごらん。
……黒崎、佐藤先生に挨拶しなさい。
君が今どんなに幸せか、その淫らな口で教えてあげるんだ」

​「あ、ぅ……っ、ご主人、様……っ、ああ! 幸せ、です……もっと、もっと、ぐちゃぐちゃにして、ください……っ!!」

​激痛に身体を弓なりに反らせ、涙を流しながら、黒崎は教え込まれた通りの言葉を吐き出す。
その瞳には焦点がなく、ただ主人の加虐を快楽として受け入れようと必死に縋る、壊れた人形の姿があった。

​「……っ!!」

​目の前で繰り広げられる、あまりにも無惨な精神と肉体の破壊。

医師として、そして一人の人間として、佐藤はそれ以上直視することができず、激しい嫌悪と憤怒に耐えかねて顔を背けた。

​台座の上で鎖に繋がれ、銀の重みに喘ぐ黒崎。
天童の笑い声と、賓客たちの下卑た嘲笑。
この地獄から彼を連れ出すには、正論や倫理など通用しないことを佐藤は悟った。

​佐藤は背けた顔をゆっくりと上げる。
その瞳には、先ほどまでの憤りを超えた、冷徹なまでの「決意」が宿っていた。

​「……天童。もういい、その手を離せ」

​佐藤は震える拳を解き、静かに、しかし会場の空気を圧するような重みのある声で告げた。


​「買い取る。……その男を、私に譲れ」


​ざわついていた会場が、一瞬で静まり返る。

天童が驚きに目を見開く中、佐藤は一歩も引かずに言葉を重ねた。

​「金ならいくらでも積もう。あんたが望むだけの数字を提示しろ。
その代わり、今すぐその鎖を渡し、彼を解放しろ」

「買い取るだと……? 医師の分際で、私の『最高傑作』を奪おうというのか」

​天童は不快そうに目を細めるが、佐藤が提示した「白紙の小切手」とも言える覚悟に、周囲の富豪たちも固唾を呑んで事の成り行きを見守る。

​台座の上で荒い呼吸を繰り返していた黒崎は、自分を「買い取る」と言い放った見知らぬ男の声を、遠い意識の底で聞いていた。

​(……買い取る……? 私は……また、別の……ご主人様に……?)

​黒崎の虚ろな瞳が、初めて天童以外に向けられた。

自分を物としてではなく、一人の「救うべき対象」として見つめる佐藤の烈火のような瞳。

その視線が触れた瞬間、黒崎の胸の奥で、死んでいたはずの何かが微かに震えた。

「佐藤先生、あなたが私が作り上げた『最高傑作』を欲しいのはわかったが、金などいくら貰ったところでな」

天童は黒崎の鎖骨に繫がる鎖を離そうとしない。

佐藤は、考える。
強引に青年を連れ去ろうとしても、天童のボディガードによって阻まれ二人とも消されるだろう。

天童が法外な条件を提示してくれば、長い治療が必要であろう青年を助けることができなくなるかもしれない。

天童は倫理や慈悲で動く男ではない。

ならば、心を動かすのは、自分を超える「審美眼」と「狂気」だけだ。

​黒崎をこの地獄から連れ出すためには、天童の土俵に乗り、彼以上の加虐者として振る舞うしかない。

佐藤は心の中で黒崎に深く詫びながら、自身の顔から「医師」の仮面を剥ぎ捨てた。
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