黒崎くんと佐藤さん

金魚

文字の大きさ
23 / 32
第二章

真の救済

しおりを挟む
​佐藤はゆっくりと、しかし確かな力で、黒崎に掴まれた自分の裾を解いた。

そして誘うように差し出された黒崎の手を、優しく押し戻す。

​「……黒崎くん、立って。
床に膝をつくのはもうやめようと言ったはずだ」

​佐藤の声はいつも通りの穏やかさを保っていたが、そこには一切の妥協を許さない「拒絶」の意志が込められていた。

​「私を痛くしてもいい……なんて、二度と言わないでくれ。
私は君を傷つけるためにここにいるんじゃない。
君が自分を傷つけることを許すために、君を連れてきたわけでもないんだ」

​「……っ、でも……! 
佐藤さんは、あの方と楽しそうに……。私がいなくても、あなたは……!」

​黒崎の声が震える。

独占したい。
自分だけの特別な「支配者」であってほしい。

その歪んだ情熱を受け流されたことに、黒崎は激しい焦燥を感じていた。

​佐藤は黒崎の肩を掴み、無理やり立たせると、そのまま壁際まで後退させて背中を預けさせた。

逃げ場をなくし、対等な視線の高さで向き合う。

​「いいかい、黒崎くん。
私が他の誰かと笑うのは、私が人間だからだ。
そして、君が私の前で笑ったり怒ったりするのも、君が人間だからであってほしい」

​「……私は、人間なんかじゃ……。
こんなに身体を汚されて、ご主人様がいなければ何もできない、ただの……っ」

​「天童は君に『痛み』を与えて君を縛った。
もし私が今、君の甘えを受け入れて君を特別扱いし共依存に陥れば、それは形を変えただけの別の『蹂躙』だ。

……私は、二代目の天童になるつもりはない」

​佐藤の言葉は、鋭いメスのように黒崎の歪んだ依存心を切り裂いた。

​佐藤は黒崎の頬を両手で挟み、まっすぐにその瞳を見つめた。

​「君が私を独占したいと思うのは、それだけ私を信頼してくれている証拠かもしれない。
それは嬉しいよ。
でも、その表現方法に『痛み』や『服従』を使わないでくれ。
……私と君の間には、鎖もピアスも必要ないんだ」

​「……佐藤、さん……」

​「君が私を必要とするように、私も、君という一人の人間が大切なんだ。
どちらかが上でも下でもない。
君がわがままを言っても、誰かと仲良くしても、私は君を捨てない。

……それを信じてほしい」

​佐藤は最後に、ポン、と優しく黒崎の頭を叩いた。
それはかつての「撫でる」動作よりもずっと軽く、対等な人間同士の親愛の証だった。

​黒崎は壁に背を預けたまま、呆然と佐藤を見つめていた。

力でねじ伏せるのではなく、言葉で、理性で、自分を一人の人間として繋ぎ止めてくれる佐藤の強さ。

​「……ごめんなさい……。私、また……醜いことを……」

​「いいんだ。何度間違えてもいい。
そのたびに、私は君を『黒崎くん』として呼び戻すから」

​佐藤はそう言って、台所に立った。

​「さあ、さっきの同僚がお土産にくれたクッキーがあるんだ。
三人分あったけど、あいつはもう帰ったから、二人で全部食べてしまおうか」

​佐藤の毅然とした態度により、黒崎は「依存」という甘い罠から一歩踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司と俺のSM関係

雫@更新未定
BL
タイトルの通りです。読む前に注意!誤字脱字あり。受けが外面は一人称私ですが、砕けると僕になります。

処理中です...