桜は繰り返す

ホシヨノ クジラ

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後編

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違和感を脳は違和感と捉えない
意地でも、いつも通りを演じたかった
だが、一歩一歩進むたび現実が形になっていく
それが事実だと知ることになる
どうにか、現実を受け止めないように脳は働く
でも、そんなこと関係ない

ミシオがいない
惑うことない事実だけが、静かな公園にぽつんと残っている
ブランコは揺れていた
そこにミシオはいない

消えたのだ
何も言わずに
だってミシオには今日帰ってくるって
何時頃だよって言ったはずだ
言ったのに、約束したのに
そこにミシオはいなかった

心を埋め尽くす不安
頭をよぎる最悪
広がって滲む憂鬱
震えが止まらない
いつだって公園にいたのに
今日だけ、ミシオはサボったのかな?

襲う嫌な予感を歯で噛み殺した
どうにか嫌なことを考えないように脳を働かせた
何とか足を引き摺って家に帰る
沈痛な面持ちでは、家までの距離が酷く長く感じられた


家族にはすごい心配された
今までに見たことのない表情だ
世界が終わるかのような顔で歪んでいる
兄弟がいなくてよかった
兄弟がいれば、何を言われるかわからない
この時ばかりは一人っ子で良かったと思う


朝、不安と共に目覚め、公園に走った
少しの希望を抱えて

秋の涼しくなった風が頬を撫でる
今日も公園には誰もいない
嘘だと信じたかった
いきなり約束を忘れるわけもない
ミシオのことだから
そんなことない
そんなことない

なんで、ミシオのこと何も知らないんだろう
探す手がかりなんて一つもない
ミシオのことを聞かなかったのが今更悔やまれた
今思えば私はミシオの何でもない
約束というものだけで私たちは繋がっていた
「またね」という言葉だけで
暗い感情に心が沈んでいく
恐怖が纏わりついて離れない

自分が嫌われたとでも思わないと嫌になるから
私は、裏切られたんだ、きっと、きっと
いや、絶対

『それじゃあ、待ってるね。またね』

ミシオ?違う、幻覚だ
不安が見せた幻想だ
私は、嫌われたんだから
私たちの約束は忘れられてしまったのだから
私は笑ってみた
それでも、感情は拭えない
いつか終わりがくるとわかっていたはずなのに
なんでこんなに苦しいのか

桜の花びらが足下にひらりと落ちる
狂い咲きというやつだろう
春と勘違いした桜が、秋に咲くのだ
何か違和感が、心をざわめかせる
大切な人に嫌われた
何故か、この感覚を知っている
既視感がある
今が初めてなのか?
わからない
頭の中に霧がかかる


「ユキミ!」
お父さんとお母さんの声で目が覚めた
ひどく心配している
私は何してたんだっけ?

「どこに行ってたの!?」
お母さんの必死の問いかけ
私の肩を掴んで思いっきり揺らした
時計は6時になっている
ここは玄関だろう
あれから公園にいて、今帰ってきたのだろう

「お母さん、とっても心配したのよ」
お母さんの目はうっすら涙が見えた
お母さんたちは過保護なところがあると思う
たかがいつもより1時間遅かっただけなのに
「何かあったのか?」
お父さんが顔を覗き込んでくる
その顔は寂しそうだった

ミシオがいなくなった
なんとなくそれを言う気にはなれない
「なんでもないよ」
そう言っていつものように笑う、ごまかす
こんな私でごめんなさい
お父さん
お母さん

ごめんなさい


次の日、朧げな意識で学校へと行った
ふらふらと千鳥足だった気がする
家族に何度も心配された
それでも自分で行く力だけは残っていたらしい
足に鉛が付いてる
沼に足がとられる
苦しい、苦しい
でも、ミシオを探さないと

「ユキミ様!」

ミシオ!
やっぱりミシオは約束なんて忘れるわけない
私は嫌われてなんていなかったんだ
そう、嫌われるわけなんてない
あれだけ仲良くしていたんだもん

「ミシオ!」

勢いよく振り返った
そこには透き通った青い目があると思って

だが実際は緑色の瞳と目が合った
ミシオじゃない?
頭が働かない
ミシオはいない?いないのか?
ミシオじゃないないならお前は誰だ?

「誰?」
緑目の少女はあんぐりと口を開けて、すごい驚いている
「ユキミ様がこんなに辛辣とは。私はめげませんよ!」
緑目の少女はガッツポーズを作ってみせ、明るく笑った
ユキミ様?ミシオはそんな変な呼び方しないな
ここにミシオはいない
なら、用なんてない
私は学校を飛び出した
ミシオがいるのは公園だ
足は公園へと向かっている

もう少しで公園だと思ったとき
公園の前の横断歩道に人影が見えた
透き通る長い黒髪が風に靡き、紺色のスカートがふわっと揺れる
私に似た雰囲気を纏う後ろ姿
私は一瞬でそれが誰かわかる
私が待ち焦がれた少女
走って少女の後ろ姿を追いかける
走るのが速い私には一瞬で追いつくことができた

「ミシオ!」
私は手を伸ばした
いつかの日かに届かなかったその手を
今なら届く気がして

だが、それは叶わなかった
視界の右端に映る白い物が徐々に視界を埋めていく
視界が歪む
ボロボロと崩れて、破片は落ちていく
私も落下している気がする
ただ滲んだ視界ではそんなのわからない
私の意識は落ちていった

『それじゃあ、待ってるね!』
『またね』

視界がはっきりしていく
ミシオを追いかけていたはずが、目に映るのは壁を覆い尽くすほどの本だった
頭の中で図書室が思い浮かぶが、私の記憶の中にこんな図書室はない
どちらかと言えば書斎のような感じだ
中心には黒い机があり、開かれた本が置いてある
その本を見てみると、内容は死神についてだった

「死の狭間、それは迷い込んだ者に起因して変わる」

と書いてある
よくわからないので、読むのはやめた

私は車に轢かれた
でもそれはミシオも同じだ
ミシオは無事なのだろうか
ここがどこだってどうでもいい
ミシオを見つけて話がしたい

机の奥に白い扉がある
あの扉の向こうにミシオがいるかもしれない
何かしないことには変わらないから
誰かに背中を押されるように、扉へと足は向かっていた
ドアノブを掴み、思いっきり外に押す
目に映る景色に言葉も出なかった

一つとして緑がなく、一面が灰色だ
おまけに少し霞んでいる
建物は劣化が酷く、崩壊しているものばかりだ
われた陶器の破片
焦げた布切れ
靴の片方
時計の針らしき物
他にもたくさんある
全てに何か欠陥があった
心を寂寥が染めていく
ここもきっと誰かが住んでいた
やるせない感情に拳を強く握る

とりあえず、進まないといけない
私は今止まってられない
ミシオを探さないといけない
少し震える体で、なんとか足を進める

歩いていると坂が多いように思った
しばらく歩いているが景色は全く変わらない
崩壊した建物の種類だけが変わっていく
建物は何か判断できないくらい、原型を留めていない
変わらない景色とその景色が物語る絶望を前に私は全てを投げ出したい感情に襲われた
この絶望に沈むような感覚を私は知っている
湖の奥にあるかのような形のない記憶


変化があったのはもうしばらく歩いた後だった
墓がぽつぽつと出てきたのだ
まるで墓地のようだ
その全ては崩壊している

私は走っていた
震える手を無視する
景色が早く変わることを祈る
それでも景色は続く
しばらく墓の合間を走った
逃げるように
いや、何かからきっと、逃げていたんだろうけど

景色はいきなり色がつく
目にピンク色がひらりと入ってくる
見上げると一本の桜の木だった
私はいきなりのことに呆気に取られる
すると、いきなり視界が歪んだ
既視感のような感覚を覚える
景色がゆっくりと落ちていく
何回味わっても慣れないであろう感覚だ


視界がはっきりすると、視界からは色が消えた
景色は崩壊した建物に戻っていた
そこからまた同じ景色を歩く
千切れたクマのぬいぐるみに唇を強く噛んだ
小さな子どもの笑顔が浮かんで、消える
逃げたくなって走った
坂が苦しい、苦しい
体力は人一倍あるはずなのに、それすら限界を迎えようとしていた

ようやく墓に景色も変わった頃には気持ちなど欠落していた
ミシオのことなんて正直どうでもよくなっている
走るのは疲れる、なら走らなければいい
疲れると感じるなら、そんな物、感情なんていらない
傷つくとわかっていればそんな物いらない
私はそうやって耐え凌ぐ、耐え凌いできた
体力の消耗を防ぐために気持ちはなくなったのだ
急速な環境の変化に着いていけるよう、変わっていった

ピンク色が目に入る
景色に桜が立っていた
再び視界が歪む
何とも、思えない
ただ落ちる景色を見つめているだけだった


それから、何度繰り返しただろう
10、20、30
数を数えるのすら面倒になっていった
実際は100を超えていたと思う
ただ、もうわからない
わからなくていい

何回繰り返しても終わりなんて見えやしない
同じ映画を永遠と見続けるように、景色をただなぞる
働かない頭を必死に働かせて改善策を導こうとした
だが、そんな簡単に見つかるなら最初から苦労していない


またこの桜にたどり着いた
ここで一周する
視界が歪み、最初に戻る
桜の木の下に入るまでは視界は歪まないことはわかった

私はあまり見ていなかった桜の木の周りを見渡す
割れたガラスの破片
針の取れた懐中時計
歯が欠けた刃物
焦げた絵画
ここら辺には墓はなく、壊れた物が落ちている
それと、枯れた桜の花びらと綺麗な落ちたばかりの花びらが地面を埋め尽くしている
一枚桜の花びらがふわりと舞った
灰色に色をつけるように
私の頭に色を与えるように

私はふわりと微笑んだ
灰色の脳に革命が起きる
今までなかった色がどんどん流れてくる
そこに答えはあった

桜の木の下に入ってみる
さっきまでと同じように視界は歪んでいく
そして初めへと戻ってくる
この景色を何度見たか
もう考えたくもないが、光があるからもう怖くなかった

視界が元に戻ると、私は地面に手を伸ばし、それを握り締める
そして私は走る
軽い足を前に、前に進めて
明るいあの先を目指して

崩壊した建物の横を走り、墓を抜けて
この荒野の色へとたどり着いた
何度見ただろう、この桜を
綺麗だよな

桜にはいい思い出がない
そんな桜でも、誰かにとっては違う想いがあるのだろう
もう一度見上げ微笑んでみた

『何かしないことには変わりない。』

その通りだね
親友の優しい笑顔が頭に浮かぶ
私は忘れていた
世界で一番大切なあなたのこと
あなたの言う通り、やってみるよ
行動を起こそう、今

『言葉はすごいから』

言葉の力を信じて祈ろう
言葉を言ってみよう
私は桜を吸い込むように大きく息を吸った

「終わらそう!」

歪む前に走る
それは桜の木の向こう側にある
歪み始めた視界を無視してそれを拾う
崩れゆく景色の中で、針の取れた懐中時計に時計の針をはめた
私は今までにない大声で叫んだ

「終われっ!」

カチ、カチ、カチ
安堵の感情が広がっていく
時計が回り出した
静かな空間に秒針の音が溶けていく

視界は黒く染められていった
絶望で塗られていく
私は顔を歪めた
いつから錯覚していた?
終わるはずなんてなかったんだ
終わりなんてなかったんだ

何かしてもダメだったら、どうすればいいと思う?
ねえ、オウミ

記憶の底に閉じ込めて、思い出さないようにしていた双子の妹
引っ越した親友と記憶を塗り替えてまで
なぜ、そんなことをする必要があった?

透き通る黒い髪、青空を映したような青い瞳、ピンクの花の髪飾り、私に似た姿
記憶の中のオウミの笑顔がミシオと重なる
なぜ、そこまで似ているの?

今、全てと向き合う必要がある
オウミと話す必要がある
過去から逃げてはいけない
そんな気がする

秒針の音がする
カチ、カチ、カチ
いつもは耳障りなその音も今は心地よい
私は一旦考えるのをやめることにした
目をゆっくり閉じる


目を開けるとそこは、どこよりも見慣れた景色があった
ここは、我が家だ
戻ってきたのだろうか
玄関を抜け、リビングに行ってみる
私は思わず顔を歪めてしまった
もう見れない景色がそこにあったから
後悔して止まないあの日の景色
忘れていた全ての元凶
思い出したくない記憶

「お誕生日おめでとう、お母さん」
ピンクの花の髪留めをつけた少女が言う
「あ!ずるい!一緒にって言ったでしょ!」
青い髪留めの少女が続けて言う
それは確かに小さい頃のオウミと私だった
だけどなぜかそれを認めたくなくて
ただ映画を眺めるように2人を見ている

そこから、どこにでもある家族の他愛ない会話は続く
こっちも釣られて笑顔になるような穏やかな景色
色とりどりに盛り付けられた朝ごはん
明るい顔が4つ席に並ぶ
湯気が弾んだ会話と共に漂う
ただただそれを眺めていた

みんなが食べ終えた後、少女2人は部屋へと楽しそうに帰っていく
2人は同じ部屋に入っていく
私もそれを追っていた

「じゃ!始めよう!」
青い髪留めの方の少女が笑って言った
「うん」
ピンクの髪留めの方の少女が大きく頷いた
とても楽しそうで、羨ましいと思ってしまう
母の誕生日会の準備をする2人は今から買い出しに行くのだ
外に2人で仲良く歩いていく
そして手を振って、反対の道へと進んでいった
手分けでもするのだろう
私は公園で時間を潰そう
ミシオがいるかもしれない
希望はまだ捨ててない

「ミシオ」

ずっと探していた名前を呼んだ
そしたらひょこって出てくる気がして
そんなことはなく、言葉は空へと消える
ミシオはいないことなんて知っている
ただもう少し信じたかった
期待していたかった
ミシオはどこかにいて、またいつものように話せるって

ブランコを漕いで待つ
ミシオも私を待っているときこんな気持ちだったのだろうか
期待が風船のように膨らんで、でも少し寂しくて、待ち遠しくて仕方ない

いつ来ても公園にいる少女
それはなぜ?

本当はわかっていた
ミシオなんてきっといない
だってあれは私が殺したオウミなんだから

あの日のオウミが大きくなった姿がきっとミシオだ
つまりミシオはオウミだ
死んだオウミが何らかの形でこっちの世界にやってきたのではないだろうか
そう考えると筋が通る気がする
「死神」
その言葉が出てきて、思考は停止してしまった

とりあえず、今はあの日のことに向き合わないといけない

オウミは私と正反対だった
強くて、優しいオウミと頼ってばかりで臆病な私
天才の私と劣等生のオウミ
周りは私達を比べ、勝手に感想を述べた

次第にオウミは、私と比べ自分の劣等感に心を蝕まれていった
私が天才という名前に苦しんでいたように
オウミが悩んでいることに気づいたのは、いじめの現場を見たときからだ
だが、私はオウミに何も言ってあげられなかった
助けてあげられなかった
怖くて何もできなかった
自分は悩みを相談してアドバイスをもらったのに
あの時だって、オウミは死にかけたのに私は何ともなかった
あの日、オウミは横断歩道を飛び出した
今までで一番の笑顔で
私はそれを公園のベンチでただ眺めることしかできなかった
伸ばした手も届くことなく空を掴むだけだ

私が助けてあげられなかったから
私のせいで死んだんだ
自分を恨んでしかたなかった

私の姿を見てか、親はオウミの記憶を塗り替えた
オウミの物もお父さんの書斎に隠した
オウミがよくいた書斎に
それでも桜のブレスレットだけは離さなかった
オウミが一番大切にしていたから

私達は過去を振り返らないように前を向いて生きている
だけど、過去から学ばないといけない
過去を繰り返さないように
もう私は怖くない
逃げないで、一歩を踏み出すんだ

オウミに心配していると伝えていたら変わっていただろうか
想いをぶつけ合っていたら今も笑いあえていただろうか
オウミと話したい
オウミともう会えないのだとしても、このまま終わりにしたくない
あの日に掴めなかった手にもう一度手を伸ばしたい
今度こそ届くと信じて


1時間ぐらいたった頃、少女たちは2人で公園へと来た
途中で合流でもしたのだろう
少女たちはベンチに仲良く腰掛け、袋の中身を確認した

「あっ、クラッカー買ってない。飾りに夢中で…」
オウミの顔に途端に暗さが見えた
「じゃあ!私買ってくる!先に家に帰っててよ!」
私はそんなオウミを励ましたくて、自分が買うこと名乗り出る
「わかった、ありがとう!」
途端にオウミの顔は輝いた

今日はやけにオウミが嬉しそうだと思ったんだっけ
実は、今日こないだ見たいじめのことについて聞こうと思っていた
だが、今日はいいかなって思ったんだ
「それじゃあ、待ってるね。またね」
オウミは早口でそう言うと、手を振りながら走って横断歩道へ向かった

私は息を飲んだ
この言葉から、私の時は止まったままだ
もう繰り返さないように今度こそ、オウミを救う
あの手を掴む

私の時間よ、動き出せ

私は横断歩道に向かって今までで一番の速さで走った
みるみる距離は縮まっていく
あと少し、手を伸ばせば届きそうな距離
届きそうなのに、届かない
この手はまた、オウミの手を掴めないのか
私はまた逃げたくなった

逃げてたまるか
私は臆病だ
いつもあと一歩が届かなかった
だけど、今はそんなこと関係ない
たとえ、その手を掴めないのだとしても
届け、その一心で叫ぶ
世界で一番大切なあなたの名前を




必死に少女が叫んでいる
叫んでいる少女、ユキミは私が殺した双子の姉だ
今でもずっとアイツを憎んでいる
昔から私の人生はアイツのせいで最悪だった

「オウミっ!!」

ユキミの叫ぶ声が鮮明に耳に届く
ユキミのことだからもう、すぐ後ろにいるんだろうな
復讐するって決めた君の笑顔がなんでこんなにも頭に流れてくるんだろう
君に優しくしてもらった思い出ばかり、なんで思い出すんだろう
やめて、やめてくれ
ユキミとなんて、もうこれ以上関わりたくない
私なんて置いてってよ、ユキミ



オウミに手を伸ばした
今なら届く気がして
伸ばしたその手が、オウミの手を掴んだ、強く、強く
瞬きの間に幼いオウミの姿はミシオとそっくりに変わる
公園の前の横断歩道も、何もない白い空間に変わった
オウミは驚いた様子でゆっくりと振り返る
目が合うと、オウミは寂しそうに笑った
まるで今にでもいなくなるみたいに
私は一瞬で言葉を失った
オウミは寂しそうな笑顔をふわりと変え、笑顔を作る

「あ、気づいたんだ」
そう言う声は、楽しそうでいたずらっ子を想像させた
そう言えばお母さんの誕生日パーティーを準備しているときもこんな表情だったな

「久しぶりだね?ユキミ」
にっこりと笑うオウミはいろいろな感情がある気がした
「久しぶり、オウミ」
私は笑みを浮かべきれず、ぎこちなく微笑んだ

「どう?今の気分は」
オウミは涼しい顔で笑っている
その顔にはどこか冷たさを覚えた
「最悪、かな?」
私はそう言い首を傾げる
オウミは冷ややかな目で私を見た
私はそれに心が押しつぶされそうになる
わかってる、何を言わないといけないかなんて
私は大きく息を吸って、言葉を言う

「ごめんなさい」
オウミは激昂の表情を見せた
今まで見たことない表情で睨んでいる
それが寂しかった
心のどこかで謝れば許されると、わかりあえると思っていた
私は覚悟を決めたと思っていたけどまだまだだった
そう言えば、喧嘩なんて初めてだな
そっか、私達ずっと想いを隠してたんだ

「許されると思ってるの?」
その言葉は冷たくて、私はオウミに許されないことを確信してしまった
「許されないくらいオウミが苦しかったのは知ってる。だから許さなくてもいいよ」
私は優しく微笑んだ
許されなくてもいいけど、話しがしたい
このまま、お互いが納得しないまま終わりにしたくない

「どこが知ってるだよ。私の人生歪めて置いてそれだけ?ふざけるな、ふざけんなよ!」
オウミの怒りに思わず後退りしてしまう
私は次に言うべき言葉を頭で必死に検索する
「天才のあなたはいいね。幸せで」
冷たく言い放たれたその言葉に、私は思わず固まった
オウミにまで私は「天才」としか見られてなかったんだね
ガラスが割れた音が聞こえた気がした



「ずっと比べられて、ずっと苦しくて、全部、全部お前のせいだ」
お前のせいだ、ユキミ
親はユキミと比べ才能のない私を嫌い、クラスメイトはユキミとの関係を妬んだ
だから私はユキミが嫌いだ

「オウミ、できた?」
綺麗な鶴を降り終わったユキミは私に話しかけた
私はぐちゃぐちゃな鶴をちょうど半分まで折ったところだった
ユキミは私の鶴を見ると優しく笑った
「次はここ折るの!あ、ゆっくりでいいからね」

嫌い

「ユキミ、かけっこ一位だったわね」
お母さんはユキミの頭を撫でた
「すごいじゃないか」
お父さんも嬉しそうに笑った
「ありがとう、お父さん、お母さん」
ユキミは満足そうに笑った
「オウミ、こっちおいで」
お母さんが手招きをしている
私はかけっこでダントツでビリだった
何を言われるかなんてわかってる
私は黙りこくった
「オウミ、今日は何が食べたい?」
お父さんは優しく微笑んだ
私を励まそうとしてるのだろう
いらないのに
お母さんとお父さんが同時に言った
「オウミ、すごかったよ」

嫌い、嫌い

「おい、ノロマ」
少女は机の上に座っている
そして、私を冷ややかな緑色の目で見下している
私はそれに立ち尽くすことしかできなかった
「何をやってもダメダメ人間がユキミ様と一緒にいるなんて」
その言葉はきつく、私を傷つけるには十分すぎた
「お前がユキミ様と一緒にいていいと思ってんの?」

嫌い、嫌い、嫌い


「私の苦しみを味わえ!死神になった私にもう不可能はないんだ!私の復讐が遂に成功するんだ!」
復讐すると決めたあの日から、ユキミをずっと恨んできた

あの酷く雨が降る日
私が死んだあの日



お父さんもお母さんも仕事が忙しく、おじいちゃんの家に行くのはよくあることだ
その日は雨が酷く降っていて、雷が轟音を地に響かせていた
小3の私達にとって雷は恐怖だったが2人だから怖くない
おじいちゃんは夜ご飯の買い物で、今は留守番をしている
部屋を蒸し暑さが満たしており、居心地が悪い
どことなく漂う空気も重く、今に何が起きてもおかしくなかった

「やった!一位でゴール!」
ユキミがコントローラーを置き、立ち上がり喜んでいる
こっちがまだ頑張ってるのもお構いなしだ
「ユキミ、速やすぎるでしょ!てか、終わったら応援してよ」
ユキミは申し訳なさそうにすると、隣に座りなおした
「あと一周!オウミならできるよ、頑張って!」
応援なんて冗談のつもりで言ったんだけどな
自分がゴールしたらもう終わりでもいいのに
ユキミはいつも私を待っている

私はお礼を言おうとしたが、轟音に潰されてしまった
今までにないような恐ろしい音
その時世界の終わりのようなユキミの顔が見えた
恐怖に溺れゆく顔
頬を伝っていく小さな雨粒
それは世界一ゆっくりな一瞬
私の意識はそこでフェードアウトしていった


「あ、気づいたか」
その低い声の主は、全身に黒いローブを纏っている
フードで顔は見えず、身長は私の2倍以上あった
大きな釜を持ち、その姿は死神と言われる物とそっくりだ
何もかもがわからない疑問と、殺されるかもしれないという恐怖が渦巻いている
私はその死神らしき人物を睨みつけた
「誰ですか?まず名乗ってください」
不敵に上がる口の端がフードの隙間から見えた
私は一層強く睨んだ

「君、死神相手にその対応ができるとは。私はカセ。さすが、神に選ばれるだけある。」
その人は想像通り死神らしい
だが言葉に疑問が残る
「神に選ばれる?」
カセは鼻で笑った
「神がお前をどうしても生かしたいらしい。お前はまだ生きたいか?」
カセの口調は真剣そのものだ
神に選ばれたから、まだ生きれると言うが、にわかには信じがたい
だが、カセの口調が真実だと物語っている
生きたい理由なんて頭に1つも浮かばない
この先、生きても、同じことを繰り返すのならもうこのまま、

もう終わりでもいいと思ったのに
なんであの笑顔が頭に浮かぶんだろう
ユキミが頭から離れないんだろう

「お前はなぜ生きたくない?」
カセは静かに言う
まるでその問いの答えを確認するかのようだった
「自分が何もできないのが嫌だから」
私は何をやってもダメで迷惑ばかりかける
それがずっと嫌だった
私はユキミの隣にいたいのに
差はどんどん開いて、もうその背中には届かない

『ユキミ様と比べて、お前は何もできないよな』

ユキミと比べてほしくなかった
ユキミの隣にはいれないと思い知らせれるようで、嫌だ
だからか、ユキミとは距離を置くようになった
少しでもユキミの迷惑にならないように

「それだけとは思えないけどな」
カセはそう言葉を溢す
その目はどこか遠くを見ているような気がした
「ユキミが嫌いなんだろ」
カセの言葉に感情はない
それでも私の心を揺るがすには十分だった

私はユキミが嫌いなのだろうか
比べられて、嫌われて、いじめられて
ユキミはそれでも隣にいる
でも実際は?
ユキミは私の隣でいつも笑っている
その笑顔の理由は?
余裕そうに微笑んで、嘲笑ってるんじゃないか?
私がいたら自分がよく見られるからって、隣にいるんじゃないか?
本当にユキミは私の隣にいるのだろうか

「こっちも仕事なんだ。許してくれよ」
カセが聞こえるか聞こえないかで呟いた言葉に私は首を傾げる
「いや、こっちの話だ。」
カセは首を振る
私もそれ以上たずねる気にはなれなかった

「ただ生きるだけはもったいないな。条件を提示しよう」
カセは少し楽しそうな声色で言う
「ただ生きるだけとは失礼ですね」
カセは人の人生を物だと思っているんじゃないか
最初からずっとムカつく
「条件だが、復讐と言うのはどうだ」
カセは聞く気が一切ないらしい
私は思わずため息を吐いた
「復讐ですか?」
私はもう深追いするのはやめることにした
カセのところから早く離れたい、そう強く思ったからだ

「ユキミに復讐しなくていいのか」
その声は哀れむようだった
夜に降る雨のように静かに、心に波紋が広がっていく

「綺麗なブレスレットだな」
カセは今までにないような柔らかい口調で言った
私は右手に付けられたきらりと光る金色のそれを見る
カセにこれを褒められたのは嬉しかった
だって私の宝物だから


「2人ともお誕生日おめでとう」
お父さんとお母さんは忙しいのに、わざわざ私たちのお誕生日を祝ってくれた
昼もおじいちゃんが誕生日パーティーをしてくれた
お母さんとお父さんは小さな箱とそれよりも大きな袋を持ってきた
どちらもリボンで綺麗に包まれている
「2人とも、プレゼントだよ」
お父さんは私に小さな箱を渡した
私はその箱をゆっくり開ける
そこには桜の飾りが輝くブレスレットがあった
私はそのブレスレットに吸い込まる
ユキミは30センチくらいのクマのぬいぐるみを抱えていた
いいな
ユキミは欲しい物がもらえて
「オウミ、そのブレスレット、どうかしら?」
お母さんがいつもより不安が見える声で言った
私はもう一度ブレスレットを眺める
「オウミは何がほしいかわからなかったから、似合うと思ったそれにしたの」
お母さんが私のために選んでくれた
それだけで私は嬉しい
私はブレスレットを手に取り、右手につけてみた
「オウミ、それすごいかわいいね!」
ユキミがクマのぬいぐるみを抱え、にっこり笑って言った
「ありがとう」
私はブレスレットを手で撫でた


「このまま死んでそれはどうなるんだろうな」
あたたかい思い出を冷ますようにカセは静かに言った
「どういうこと?」
私はその意味がわからず、首を傾げた
「そのままの意味だ。死んだら誰かの物になるんじゃないか?」
誰かの物に、なる
桜の飾りがきらりと光っていた
これだけは誰にも渡したくない

「オウミ、それすごいかわいいね!」

ユキミが盗るんじゃないか
私の幸せも、居場所も、何もかも奪ったんだから
今度は私の宝物を盗るんじゃないか
全部、ユキミが奪っていく
ユキミがいなければ、私は幸せだったんだ
きっとそうだ
いや、絶対そう
だから全部ユキミのせいだ
そうだ、ユキミのせいだ

「じゃあお返ししてやれよ」

そうだ、私だけ苦しいのはおかしいじゃないか
私たちは楽しみも、悲しみも、苦しみも一緒だよね
許してくれるよね、だってユキミのせいだから
ユキミのせいで、ユキミのせいで

「どう?復讐する気になったか?」
ユキミに復讐する
それがユキミと一緒にいる方法
「復讐します」
カセは小さく微笑んだ

「お前はもう一度だけ生きれる。だが、お前は二回目死んだときには俺と同じ死神だ」
その声色にはどこか寂しさがある気がした
「死神?」
私はその声は無視して疑問を投げかけた
復讐には死神になることが必要なのだろうか
カセは小さく咳払いをする
「教えないとだな。死神について、

死神は神に選ばれた者のみがなれる。
だいたい選ばれるのは、死んでも未練が強く残る者だ。
死後、死神が見えたら契約を結ぶことで、死ななかったことになる代償に、2回目の死後死神になる。
死神になれば死の狭間を作り、そこに人間を閉じ込め魂を狩ることができる。
だが、死神には階級が付けられ、下級、中級、上級、特級、神級とあるが、死の狭間を作れるようになるのは、上級からだ。死に近い者のみだがな。ちなみに上級になるには死神になってから50年がかかる。
ただし例外がある。神が強い決意と覚悟があると認めた者は飛び級ができる。

だいたいこんな感じだ。じゃあ、戻すぞ。」
カセは鎌を勢いよく後ろに振る
私は目を瞑った



「ねえ、オウミごめんね。私がもっと…
また、助けられない。私は…私、は…」
ユキミの声が聞こえてくる
そんな演技しなくてもいいのに
「こんな姿じゃダメだね。お姉ちゃんなんだから。いちお、だけど」
お姉ちゃんだって、私を苦しめてるくせに
よくそんなことが言えるな
「帰ろ、遅くなっちゃう」
ユキミが立ち上がる声が聞こえる
このまま帰ってしまうのだろうか

それはつまらない
私は目を開け、起き上がった
目に映る景色は病室そのものだ
どうやら、土砂崩れに巻き込まれてから病院に運ばれたらしい
私は扉に手をかけているユキミの名前を呼ぶ
「ユキミ」
ユキミは勢いよく振り返った
「オウミ」
私の名前を呼び、走ってこっちに来た
絶対、ユキミに復讐する
私は神に強く誓う
私は微笑んでみた


「全部、ユキミのせい。比べられて苦しくて、辛くて、ずっと復讐しようと思ってた」
私はユキミを睨みつけた
今までの全てを恨むように

ユキミは小さい頃のように優しく微笑んだ
まるで私の全ての感情を包むように
そのままユキミは黙っている
私の次の言葉を待っているのだろうか

強がれるのも今のうちだ
私は一層強く睨む
「怖がれ!私はお前とは違う!死神なんだ!」
私は叫んだ
ユキミはちっとも表情を変えない
「お前のせいだ、お前のせいだ、私が苦しいのも、嫌われるのも、私を誰も見てくれないのも!だけどもう違う!私は、私にはもう、不可能はない!」
突然、あたたかい体温に包まれるのを感じる
懐かしい感覚
心を満たす優しさ

「オウミの想いが聞けて、私は嬉しいよ。オウミが苦しんだのなら、私のことは許さなくてもいい。」
ユキミに抱きしめられた
不快なはずなのに、突き放すことはなぜかできない
「お望み通り、許さないであげる」
私は強くいった
「いいよ。」
ユキミは優しく言う

本当はもっと引き留めてほしかった
私の言葉に戸惑い、慌ててほしかった
謝罪をされて、優越感に浸りたかった
復讐して、ユキミに苦しんでほしかった

何で気づけなかったのだろう
自分がアイツらと同じことをしていたことに
私、最低だ
私が口を開こうとしたときだった
「私は、失敗したんだね。もっと、話を聞いて、話せばよかった。信じないかも知れないけど、私、心配してたの。」
ユキミは一度だって、私と比べたことはなかったじゃないか
ずっと隣にいてくれたじゃないか
頬を冷たい何かが伝った
その何かは次々と流れていく
まるで堤防が崩れたかのように

「私たち姉妹だけど、分かり合えてなかったね。
初めて、喧嘩した気がする。言葉で伝え合えた気がする」
もっとユキミと話すべきだった
そしたら、私達はずっと隣にいれたのかな
何事もなく笑い合えていたのかな
言葉が涙に潰されて、口から出ない

「終わりにしよう。手を繋ごう。
私達、世界で2人だけの姉妹でしょ?」
ユキミは何も言わない私を怒らない
ただ抱きしめるだけ
私は涙を飲み込んだ
「私ね、気づいたの。ただの八つ当たりだった。嫉妬だった。
私の人生を歪めてたのは、周りのヤツらだったよ。」
私は途切れ途切れの言葉を紡いだ
ユキミの顔は見えないが、笑っているような気がした
「ユキミのせいなんかじゃなかった。」
私はユキミを殺してしまった
謝らないといけないのは私だ

「ごめんなさい、私ユキミを殺してしたの。」
震える声でどうにか言う
「どういうこと?」
ユキミは驚いた口調で言う
「私は、ユキミを死の狭間に閉じ込めて魂を狩った」
私は恐る恐る言った
だが、ユキミが怒っているような気はしない
「あのね、ユキミは死期が近くて、だから、」

「これで、また一緒にいられるんだね」
ユキミは私の言葉を遮った
だが、その言葉に悪い気はしない
だけど、なんで責めない?
「なんで、そんなこと言えるの?ユキミは、死んだんだよ?」
「生きてようが死んでようが、オウミと一緒にいれるならそれでいいんだよ」
ユキミの言葉は優しくて、あたたかった
「ユキミ、ありがとう」

私たちは言葉にしないと伝わらない
変わろうとしなきゃ、言葉にしなきゃ、わかるはずなんてない
無意識に君のことをわかっている気になっていた

「ねえ、オウミ、おじいちゃんの家でよくしたゲームがしたい」

人は変わっていく
それは必然で、環境に揉まれて、流されて、変わっていく
それでも変わるのは私
誰かのせいなんかじゃない

「しょうがないなあ、負けないからね」

行動を起こす
言葉で伝える
私達は変われる
きっと世界は解決できることで溢れているのかもしれない

「いつも一周差あるじゃん、今日も私が勝っちゃうんじゃない?」

私は、私たちは1人じゃないから

「今日はどうなるか、やらないとわからないでしょ?」

桜が足下、一面に広がる
そしてまた、地面を埋めるように
桜がふわりと舞って
地面を桜色へ近づける
それをまた繰り返す
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