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21.
しおりを挟むルウェリン家の書斎にて、アモンドは椅子にもたれ、手元の書類に目を落としながらも思考は別の方向へ飛んでいた。
キャスパーは机の向かいに座り、書類に目を通す手を止めずに言った。
「それで?私を連れ去ったのはこんな紙切れを見せるためじゃないんだろう?」
アモンドは一息つき、重い声で切り出す。
「レモネのことだ。まだ両親も気付いていないみたいだけど……あの子、魔術の素質があるかもしれない」
キャスパーは手を止め、顔を上げた。
「レモネが?」
少し引っかかることがあった。
キャスパーはまだ若いとはいえ、中々に魔力量も実力もある魔術師だ。近くにいる者の魔力量くらいは、なんとなく感じ取れる。
彼女には、魔力が無いはずだ。
「その、お前に相談したかったのは……もし才能があるなら……魔塔に送った方がいいのか、ってことだ」
アモンドの視線は窓の外に向いていたが、その瞳は真剣そのものだった。
「魔塔は厳しい。お前だって、滅多に帰ってこれなかったろ?あの子にとって負担が大きすぎるかもしれない」
キャスパーは軽く頷き、静かに答える。
「才能を伸ばすには最適な環境だが、精神的な負担も考えなければならない。無理に送り込めば、せっかくの素質が潰れることもある」
「……一旦、様子を見るしかないか」
アモンドはゆっくりと息を吐き、言葉を続ける。
「どのくらい魔術に向いているか、性格との相性、学ぶ意欲……それを見極めた上で、魔塔への道を示すべきだろう」
キャスパーは机の上の書類に目を落としながらも、視線はアモンドに向いた。
「その通りだ。あの子自身が望むなら、魔塔への道は自然と開ける。今は焦る必要はないよ」
アモンドは頷き、窓の外に目をやった。
「……でも、できるだけ早く、適切な環境を用意してやりたいって思う気持ちもあるんだ」
「まずは観察さ。焦ることはない」
キャスパーの声は静かだが、力強く、説得力があった。
二人はしばらく書斎の静けさの中で考えを巡らせる。
キャスパーはふと視線を上げ、アモンドを見た。
「……少し、レモネと2人で話してみてもいいだろうか?」
言葉は穏やかだが、その瞳には揺るがぬ確信があった。
確認しなければならないことがある。
キャスパーはそう確信していた。
_____________
****
レモネの部屋を訪ねると、彼女は大きなクマのぬいぐるみと一緒に、にこにこと出迎えてくれた。
「キャスパーお従兄さま!」
その無邪気な声に、キャスパーはふっと肩の力を抜く。だが、心の奥にはかすかな緊張が広がっていた。
「やあ、レモネ。ちょっと話をしてもいいかな?」
いつもの遊び仲間としてではなく、真剣な声のトーンに、レモネは少し目を見開いた。
「はい、……でも、なんでしょう?」
キャスパーは座り、彼女も自然に椅子に腰を下ろす。
「最近、君の周りの人が、不思議なことに気付いたんだ」
レモネは首をかしげる。
「不思議なことって……?」
キャスパーは手を軽く組み、視線を少し下げる。
「君には、魔力があるかもしれない――普通の子供にはない力だ」
その言葉に、レモネは目を丸くした。
「魔力……?」
レモネは少し顔を赤らめて、照れ笑いを浮かべる。
「ほ、ほんとに? 私、魔法が使えるの……?」
「今すぐにでも使えるわけではない。だが、もし本当に力があるなら、君のためになる道を考える必要がある」
キャスパーの声は穏やかだが、確信に満ちていた。
「それって……魔塔に行くってこと?」
レモネの目が、少しだけ不安そうに揺れた。
「そういう選択肢もあるね。けど、無理に押し込むものではない。君自身が望むかどうかが一番大事だ」
レモネは黙って考え込む。キャスパーはその表情の微細な変化を見逃さず、ゆっくりと続けた。
「まずは、君の力が本当にあるか、それを確認してみよう」
レモネは小さく頷いた。
「わかった……キャスパーお兄ちゃん、私、頑張ってみる」
その言葉を聞き、私も頷く。手をひらりと動かし、小さな光の球を作り出した。
光は揺らめき、レモネの瞳に反射してきらきらと輝く。
「こんなふうに、手のひらで魔力を感じることができるか、試してみるんだ」
私は彼女に手を差し出した。
レモネは少し緊張しながらも、指先で光に触れようとする。
その瞬間、空気が微かに震えた。
――驚いた。
レモネの指先から、魔力が流れ出ていた。……そしてその力には、何故か覚えがあった。
私と同じだ。
魔力の質、温度、流れる感触。
(これは……私の、魔力……?)
思わず息を呑む。
目の前の少女――レモネの中に、私自身の魔力のようなものが宿っている。
「……できた?」
小さな声に我に返る。レモネは不安そうに、しかし期待に満ちた瞳で私を見上げていた。
「ああ……、君は魔術師の素質がある」
レモネは目を見開く。
その目には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
「ねえ、レモネ。最近、変な夢を見なかったか?」
「夢……ですか?」
私が魔塔に行く前は、レモネに魔力は見られなかったはずだ。
きっとそれより後に、後天的に彼女は魔力を手に入れている。それはもしかしたら__ヴァージルが私の記憶を手に入れたのと、同じ方法で。
「変な夢は、見てないです。私、幸せな夢しか見ないんですよ」
えへへ、と照れくさそうにレモネが頬をかく。私の考えすぎだったろうか。
「……あ!そういえばこの前、お従姉様の夢を見ました!でも、今の私よりも小さい頃の姉様で、最初はお従姉様ってわからなくて……」
「!」
その言葉に、息を飲む。
「なぜシャロンだと分かったんだ?」
「それが……夢の中で、その子が『シェリー』って呼ばれてたんです。シェリーって、お従姉様の愛称ですよね?」
そうだ。
そしてあの子をシェリーと呼ぶのは、両親と祖父母、そして私のみ。
胸の奥が、ひどく静かにざわめいた。
音もなく、水面に小石を落とされたような感覚。
(……偶然、ではない)
キャスパーは表情を崩さないよう努めながら、そっと息を整えた。
レモネは無邪気な顔のまま、こちらを見上げている。
「その夢で……シャロンは、何をしていた?」
問いかけは慎重だった。
答え次第で、自分の中の“仮説”が、仮説ではなくなる。
「えっと……一緒にお庭を歩いてました。手を引いてくれて……すごく、あったかくて。でも……そういえば私は、お従姉様よりも手が大きかったんです」
レモネは胸の前で両手を組み、思い出すように微笑んだ。
「起きたあとも、なんだか胸がぽかぽかしてて。すっごく不思議でした」
――やはり。
ただの夢ではない。
それはきっと、私の記憶だ。
自分が知らない間に零れ落ちた魂の欠片が、時を越えて、血縁の少女に触れた。
そして、その欠片は――魔力という形で、目を覚ました。
ヴァージルだけでなく、レモネにも、私の魂の欠片が影響を与えてしまったのだろう。
(レモネが見たのが、ヴァージルのような辛い記憶じゃないのが幸いだな)
きっと幼い頃の私とシャロンの思い出だろう。
「レモネ、君はまだ幼い。魔塔のことは一旦置いておいて、従兄様と少しずつ魔法の練習をしてみよう」
そう言うと、彼女はパッと表情を明るくする。
「はい!よろしくお願いします、お従兄さま!」
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