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宇多野と二川と江野口
江野口の意思
しおりを挟む「今日は本当にありがとう。あのときは採用する余裕がなくて履歴書は処分してしまったんだけど、連絡先のメールアドレスだけは控えていたからダメ元で連絡してみて良かったよ」
碧山からの調査報告で情報を得ていたなど言えるわけがない。もちろん彼と話をするためにも、多少の嘘は必要である。
「正直、驚きましたが嬉しかったです。しかも家の近くにまで来てもらって開発者の方に、お会いできるなんて」
江野口は目線を下に向いたまま僅かに口を綻ばせた。前回、俺の記憶が正しければ、彼とのやりとりはゲームのリリース情報を告知するSNSのアカウントで、ダイレクトメールを貰いやり取りした限り。
採用の予定はないという返事にも関わらず、履歴書を送るから人員が必要なときに連絡を欲しいと告げられた。彼は返事が来るとは思わなかっただろう。
「会社に来てくれなんて、今更ずぅずぅしいことは言えないよ。せめて君の住まいの近くで、ちょっとでも良いから話をできないかと思ったんだ。一年間、連絡が出来なくて本当に済まない。去年はリリースが立て込んでいて、引っ越しもあったものだから」
「あ、はい。知ってます。リスナーが何人か事務所に凸したんですよね」
彼は安毛の配信を視聴しているのだろう。近況は既に把握済みのようだ。
「そうなんだ。安毛が告白しちまったから直接会いに来る人が増えてね。玄関先で、わいのわいの騒がしいことが度々起きて近所迷惑になってしまったから」
「何だか申し訳ない気持ちになります。別に僕はリスナー代表ってわけじゃないですけど。皆んなが皆んなモラルとかマナーが悪いリスナーばかりじゃないと思いますし。でも僕も気持ちは多少分かります。一年前そちらの事務所に赴いて面談の直談判をしたい気持ちはあったんで」
眉間に皺を寄せて苦い顔を浮かべながら江野口は告白する。
「そっか。そこまで真剣に考えて貰ってたんだね。でも君ほど熱意を持ってゲーム開発をしたいって履歴書まで送ってきた人は他にいなかったから」
「え、そうなんですか!」
彼の視線が上がった。驚きの表情を浮かべると俺を真っすぐに見る。
「人員募集を掛ける前にまだ働きたい意思はあるかどうかを確かめたかったんだ。事務所の引っ越しと共に、ゲーム開発をするオフィスも以前より広くなったんだよ。そんなに多く雇用はできないけどね。俺もゲーム開発会社の出身なんだけど、君が以前書いてくれた履歴書には確か俺が昔、働いていた会社の競合に君が勤務していた」
「へぇ。僕は競合にいたんですね」
「履歴書だけを見れば即戦力としては申し分ないとは思ったんだ。ただ一年空いてしまったから、近況を聞きたくて」
ここまで可笑しな言い方ではなかったよな、と自分に問う。あとは彼が詳しく近況を述べてくれると有難いのだが。数か月、採用してみて手際が悪ければ契約期間で終わらせることもできる。そんな算段ではあるが、江野口からは俺の予想していなかったことを更に告げられた。
「あの、ここまで来てもらって本当に申し上げ難いことなんですが、その、僕は働けません。申し訳ありません」
彼は頭を下げた。
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