1話完結のSS集

月夜

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もう一度会えたなら/テーマ:この仕事を始めた理由

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 私には、小学生の頃からの夢があった。
 それは、薬を開発する研究者になること。
 でも、当時の私の周りに同じ夢を持つ者はおらず、その上、私の成績が悪いということもありバカにされた。

 頭が良くなきゃなれっこない。
 それが将来の夢なんて変なの。

 そんなことを言われ続けた。
 そして、それは両親も同じだった。



「もうすぐ貴女は中学生になるんだから、せめて大学くらいは行っていいところに就職しなさい」



 母はその後付け足すように言う。
 夢は夢で終わらせなさい・・・・・・・・・・・、と。
 その言葉は、夢は叶わないと言われたも同然だった。


 それから時は過ぎ、私は両親が望んだ通り高校に入学した。
 だがその高校は普通のところではなく、製薬開発技術者を目指す者の学校。
 私はその大学で新薬開発のための製造技術の開発、研究など、それぞれの専門分野をもとに、製薬に関わる研究を行った。

 勿論大学に入るのも簡単ではなく、勉強もだが、両親の反対があったのは私にとって辛いものだった。
 両親には、何度も普通の大学に行くだけでいいと言われたが、私はこの大学にしか興味はなく、他を受けるつもりなんて最初からない。

 受からなかったらどうするつもりなのかと言われたが、私は両親の言葉も無視して必死に頑張り、そして見事合格することができた。

 だがこれで終わりではなく、ようやく夢に近づいたというだけでしかない。
 合格すると両親達の反対はなくなったが、大学から近い場所で私は独り暮らしを始めた。


 それから数年後──。



「若博士、聞きましたよ。新しい新薬を開発されたんですよね」

「ええ。って、その若博士ってやめてくれないかな」

「何言ってんですか! 大学卒業後、凄い新薬を開発して、そこから一気に俺達なんか足元にも及ばない、今じゃあ若博士じゃないですか」



 そう、私は必死に頑張った。
 その結果、大学の研究機関に就職し、その後いくつかの新薬を開発した天才として名が知られた。
 今では研究者の仲間が私を尊敬し、若くして天才となった私を若博士として呼ぶ。
 なんだか博士と呼ばれることに違和感しかないのだが、私の今は充実している。



「そういえば若博士って、なんで研究者になったんですか?」

「憧れ、かな」

「若博士が憧れるほどの人ってどんな人なんですか?」



 興味津々といった様子で尋ねてくるが、私は秘密と答えた。
 そして頭の中では、あの日のことを思い出す。

 あれはまだ私が保育園の頃の話し、家の近所に暮らす大好きなお兄さんがいた。
 そのお兄さんは研究者で、薬を研究する仕事をしていたのだが、新薬の開発が簡単にできるはずもなく、お兄さんはこれといった成績を残すこともできずにいた。

 そんなある日、私が高熱を出して寝込んでいると、微かに声が聞こえてくる。
 熱のせいか、その声はどこか遠い。



「これを飲んだら治るからね」



 私の意識はそこで途絶え、どうやら寝てしまったらしく、目を覚ました私は高熱が嘘の様に引いて、1日でいつもの元気な状態に戻っていた。

 昨日お兄さんが来て薬を飲んだところまでは覚えている。
 きっとあの薬のお陰に違いない。



「風邪が治ったばかりなのにどこへ行くの?」

「お兄さんのお家!」



 直ぐにお礼を伝えたい。
 そう思ったのに「もうお兄さんはいないのよ」と母は言う。
 何でか聞いたけど母は答えてくれず、それから私が小学五年生になった頃、母から真実を聞かされた。

 発売前の薬を私に飲ませたことにより、お兄さんは研究者としての人生を捨てたことを。
 その薬はお兄さんが開発したもので、すでに安全性も確認されていたため販売は決まっていた。

 だがその薬をお兄さんは私に飲ませた。
 販売前だった薬を。
 話さなければ誰にもわからなかったことなのに、お兄さんは自分のしたことを正直に話したらしい。

 それを私に知られたくなくて、お兄さんは引っ越した。
 私が傷つかないように。
 幼い頃の私なら、それがどんなことなのかはわからなかっただろう。
 でも、大人になるにつれて、私が責任を感じてしまうんじゃないかとお兄さんは考えたようだ。

 でも私がその話を聞いたあとの気持ちは違った。
 自分のせいでという気持ちはあったけど、私はあの薬がお兄さんの開発したものだったんだと知って、凄いと思った。

 その後、その薬は予定通り販売されたらしいけど、お兄さんは自分のしたことが間違っていたと、研究者としての仕事を自ら辞めた。

 でも今は、私がお兄さんと同じ研究者になっている。
 それも全て、お兄さんがあの薬を私に飲ませてくれたから。

 あんな薬が作れて、あれだけ苦しかった症状が直ぐに治った。
 それは幼い私にとっては魔法みたいで、私もお兄さんみたいな薬を作りたいと思いこの仕事を始めた。

 きっと今も私の開発した新薬で、あのときの私のように救われてる人がいるのかなと考えると、自然と心があたたかくなる。



「どうしたんですか? いつも険しい顔してるのにそんな嬉しそうな顔して」

「いいのよ。ほら、あの薬品持ってきて」



 今もどこかにいるお兄さんにもう一度会えたなら、あの時のお礼を伝えたい。
 私に素敵な夢をくれてありがとうの言葉と共に。


《完》
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