【完結】ZERO─IRREGULAR─

月夜

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第2章 成功例達

3 成功例達

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「やあ、初めまして。僕が三番です」

「初めまして。大学の休みのときだけここでバイトをすることになった高林 佳です」



 声をかけられこっちも自己紹介をすると、三番さんは柔らかな笑みを浮かべ「よろしく」と手を差し伸べてくれたので握手をする。
 髪は紫と派手だが、なんとも言えないおっとりとした空気を纏った男性だ。
 見た感じ、研究所で会った中では一番まともそうで、年齢も俺と同じか少し上といった感じだろうか。



「三番のチカラは記憶が消せるんだよ」

「五番、あまりペラペラと話してはいけませんよ。ですが、驚かないところを見ると僕達のことはある程度聞いているようですね」



 怒られているのに「えへへ」なんて言ってる五番よりは遥かに落ち着いていて話が通じそうだ。
 俺は三番さんに、記憶を消すとは具体的にどういうものなのか尋ねる。
 ここまで知られてしまった以上は隠しても意味がないと思ったのか、三番さんは自分のチカラについて話してくれた。

 記憶を消すといっても便利なものではなく、相手の額に人差し指で触れ、目を閉じて何をその人物から消したいのかイメージする。
 すると、そのイメージした事を記憶から消すことができる。
 ただこれには欠点があり、消したいものに関連する全ての記憶が消えてしまうのだ。



「例えば、そうですね。貴方が路地裏で見かけた元バイトの方ですが、あの方の記憶を私は消しました」



 あの人が見た光景だけを消せるようなチカラはないため、五番や二番に関しての記憶を消さなくてはならない。
 そうなると、五番と二番に関する記憶はその人物から全て消える。
 それはつまり、この研究所の事も記憶には残らないということ。



「なので昨日の彼も記憶を消したあと街へ戻しました。目が覚めた時にはここの記憶はないわけですから、僕達にとって問題はありません」



 その言葉を聞いて少し安心した。
 あの時の男性はもしかしたらもうこの世にいないんじゃとか、俺もバイトの件を断ったら、なんて嫌な考えをしていたからな。



「ですが困りましたね。博士からは我々の事を人に知られてはいけないと言われてますし」

「大丈夫だよ! 佳っチは言わないって言ってくれたし、二番もそれで納得したんだから」

「そうですか、二番が。でしたら私も、その決定に従いましょう」



 どうやら俺の記憶は消されずに済みそうだ。
 昨日の俺なら、記憶を消してもらって解放されたいとか思ってたかもしれないが、今はホッとする自分がいる。
 その理由は自分で理解してる。
 俺は知ってしまったコイツ等の事を放っておけないんだ。
 それにこれ以上、コイツ等みたいな奴らを増やしくない。

 一応この件は三番さんから一番さんと四番に伝えることになった。
 一番さんは記憶を消すように言うかもしれないが、そのへんは三番さんが上手くやると言ってくれてホッとする。


 これで一番さんから四番、全員の部屋を回ったわけだが、俺はもう一つ知りたい場所があり、三番さんの部屋を出たあと五番に尋ねた。



「あのさ、博士の研究室も教えてくれないか?」



 会えないのはわかっているが、部屋だけでも把握したくて五番に言えば「案内だけならいいよ」と言ってくれた。
 皆の部屋から離れたずっと奥の部屋。
 扉は俺が最初に閉じ込められた部屋と同じでロック式のようだ。



「博士の部屋の番号は、本人以外だと一番しか知らないんだ」



 少し悲し気な五番を見て、こんなことを頼んで悪いことをしてしまったなと思っていると、俺は突然五番に腕を掴まれ連れて行かれる。
 ついた先は五番の部屋。



「私の部屋をまだ案内してなかったからねー」



 さっきまでの悲し気な表情は消え、ニコニコ笑顔を浮かべる五番は俺に沢山の言葉を投げかける。
 食事を作るときは私のに人参は入れないでね、とか。
 これからいっぱい話そうね、とか。
 五番は人と話すのが好きなのか、俺に沢山話をふる。
 まるで、悲しみを埋めるように。


 しばらく話したあと、今度来るときは迷わないようにと、五番は森の進み方を教えてくれた。
 森を抜けたあとはもう一人で帰れるから、俺は五番に今日のお礼と大学が休みのときにまた来ることを伝えて家へと帰った。

 今日は一番さんから五番、皆と会うことができた。
 一番さんとは話すことはできなかったが、これから機会は沢山ある。

 博士が今もあの研究室に閉じこもって研究を進めているのは気になるけど、部屋のパスワードを知るのは博士自身と一番さんだけ。
 教えてもらうのは不可能だと考えると、やはり博士が新たな試作品を完成させて部屋から出てきたときに直接話すしかない。

 若い頃からこの研究を続けてきた人だ。
 簡単に辞めてもらえるとは思っていないが、上手く研究室に入ることができればデータを削除することができるかもしれない。
 データが消えてしまえば、博士も研究を諦めるはずだ。



「俺に出来んのか……」



 湯船に浸かりながら一人つぶやく。
 でも何もしないよりは、研究を辞めさせられる可能性があるならそれにかけるしかない。
 だが問題は、その試作がいつ完成するか。
 俺は大学が休みの日しかあの研究所にいることができない。
 もし俺がいない時に薬が完成したら、その間に更なる犠牲者が出てしまう。

 どうしたものかと考えながらお風呂を出た俺の視界に入ったのは、部屋にあるカレンダー。
 それを見て、俺は一つのことを思いつく。
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