【完結】ZERO─IRREGULAR─

月夜

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第8章 それはきっと普通の日常

5 それはきっと普通の日常

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 そして今、その記憶が戻ったのは、俺が再び薬を投与されたから。
 すでに二十歳となった俺はその薬に耐えられるだけの器になっていた。
 その完成した薬を制御できる器になった俺のチカラは、試作で得た一部のチカラの記憶削除より上ということ。
 つまりここにいる誰のチカラをも超えているそんな俺のチカラが、三番さんの記憶削除で消された記憶を自分や皆から呼び覚ましてしまったわけだ。

 でもこれで謎は解けた、三番さんがなんで俺をあれほど信用して親切にしてくれるのか。
 そう、俺と一番さん、二番、三番さんの四人は、今よりずっと昔の友達だったから。
 四番と五番は状況に追いついていないみたいだが、俺は今怒っていた。

 なにがコイツ等のためにだ。
 何がこれ以上犠牲者を出したくないだ。
 記憶を消されていたとはいえ、俺はすでに四番と五番という二人の犠牲者を出してたんじゃないか。
 それに、一人だけ記憶を残したまま過ごしてきた三番さんの気持ちを考えると、自分に対しての怒りで拳が震える。
 そんな俺の目の前にしゃがみこんでいた博士はよろよろと立ち上がり俺の腕を掴む。



「二回も同じ薬を完成させていたことには驚いたが、お前は私が求めた完成品そのものだ!!」

「……ふ……な………ふざけるなッッ!!」



 俺は博士の腹に拳をぶつけ、まるで二番があのとき殴ったときのように博士は吹っ飛ぶ。



「俺もコイツ等も人間だ!! お前の実験体じゃねえ!!」



 その後、俺は研究所のデータを破壊したあと、施設の子供を殺害したということで警察に連絡し、博士は刑務所へと連れて行かれ、それに関与した施設にも調査が入った。

 俺がデータを破壊したのも、俺達のチカラを警察に話さなかったのも、全てはここにいるみんなの為。



「悪い、お前達にとっては父親なのに……」

「っ、何言ってんだよ!!」

「そうだよ! 私、佳っチが死んじゃうんじゃないかって……っ」



 ここにいた誰も、俺に怒りを向ける奴はいなかった。
 一番さん、二番、三番さんは、あの頃にはすでに博士を嫌っていたからなんとも思っていないみたいだが、五番と四番には嫌われると思ってた。
 なのにコイツ等は、父親という存在のはずのアイツより俺の心配をしてくれた。
 薬を投与されて苦しんでいたからな、心配をかけてしまったみたいだ。


 それから数ヶ月が経ち、博士を食い止め犠牲者をこれ以上ださずに済んだ俺達が今どうしているかというと、俺が暮らしているアパートの近くで皆自立して暮らしていたりする。
 二番は俺と同じアパートに空きがあったからそこで今は独り暮らし。
 未成年の四番と五番は俺の部屋で一緒に暮らしてるからかなり狭い。
 他の奴等のところに行けと言っても二人はここがいいと居座り続けている。

 そしてチカラはどうなったのかというと、不思議なことにあの日以来みんなのチカラは消えてしまった。
 三番さんの考えだと、それも俺のチカラの影響なんじゃないかとのこと。
 でも、俺にもすでにそんなチカラは残っていない。
 今じゃみんな他の人と変わらず、研究所に閉じこもらなくても良くなった。



「おーい佳、大学行こうぜ」

「おう」



 迎えに来た二番とは、今は同じ大学に通っている。
 学校なんて行ってなかったくせに記憶力だけは良くて、俺より成績がいいのが少しムカついたりもするが、俺が夢に見た日常が今はある。
 俺の親友とも意気投合しちまってるし。

 そして大人コンビの一番さんと三番さんはというと、今は就職して働きながら生活している。
 みんな施設にいたときに付いていた名前を使用しているが、俺達の間では今も番号呼び。

 そんな普通の生活を送っていたある日、偶然仕事帰りの三番さんと道で会い、途中まで一緒に帰る。
 このとき、ふと気になったことを三番さんに聞いてみた。
 なんで俺がバイトでいることを許したのか。
 記憶を消してまで遠ざけた筈なのに。



「何ででしょうね。ただ僕が、また佳といたかったからかもしれません。はは、それじゃあ記憶を消した意味がないですよね」



 なんて苦笑いを浮かべる三番さんに、俺はありがとうの感謝を伝えた。
 もしみんなのことを忘れたままだったら絶対に嫌だったし、今のみんなとの暮らしはなかったと思うから。



ZEROIRREGULARゼロイレギュラー

「なんですかそれ?」

「君には番号がありませんでしたからね。佳は何故か僕が記憶を消したときにチカラも消えていましたから、IRREGULARにピッタリでしょう」

「でも、番号にしては長くないですか」



 こんな会話をしながら、俺達は日常へと帰る。
 数ヶ月前の事がまるで嘘のようであり、たまに思い出したかのように誰かが話しだすと確かに起きた出来事だったんだと実感する。
 でもそれはもう過去のこと。
 俺達は実験体なんかじゃなく、一人の人間なんだから。



「ただいま。今日偶然三番さんに会って一緒に途中まで帰ってきた」

「えー、私も会いたかった」

「またみんなで集まって花火したい」



 もう寒くなり始めて冬も近いってのに何言ってんだか。
 でも、また近いうちにみんなで集まるのは悪くないかもな。
 そんな事を考えながらスマホを開き、皆にメールで呼びかける。
 きっとまた思い出になる。
 そう感じながら。


《完》
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