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ただいまと言える場所/テーマ:ただいま
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ただいまと言える場所があれば、あの人は帰ってくる。
お風呂の準備に夕食の用意。
笑顔で見送り笑顔で迎える。
ここが貴方の帰ってくる場所で、私と貴方の居場所。
「残業で遅くなるから」
それだけ言って切られる電話。
最初の頃は「わかった。お仕事頑張ってね」と声をかけて通話を終えた私は、一人の空間で夕食を食べていた。
寂しさはあったけど、仕事なら仕方がないと思ったから。
そんな日が増え、寂しさで「最近一緒に夕食食べれてないね」と電話越しにつぶやいたら「仕方ないだろ。仕事なんだから」と言われ切られた。
朝起きると手付かずの夕食が置かれていて、朝食を準備しても「今日も早いから」と言い残し言ってしまう。
しばらく夫からの『ただいま』は聞けていない。
行ってきますの一言もなくて、次第に私の心は蝕まれる。
私は貴方にとって何なのかわからない。
そんなある日、職場の数人を連れて行くからと言われ張り切って料理を作る。
一月以上家で食事をしていない夫に、久しぶりに食べてもらえることが嬉しかった。
お仕事で忙しい夫に、今日くらいはゆっくり料理を食べてほしい。
夫が家に職場の人を呼ぶのは初めてだから、みんなに喜んでもらえるように頑張った。
肉料理が好きな人や野菜料理が好きな人が来ても大丈夫なように、どちらの料理も用意する。
時計に視線を向ければそろそろ着く時間。
少しして鍵が開く音がしたので出迎えれば、夫と男女一人ずつの姿がある。
笑顔で迎えリビングに案内すると、男女二人がテーブルに並べられた料理に注目した。
「豪華な料理ですね」
「私、料理苦手なので是非教えてほしいです」
高評価をもらえて嬉しいけど、夫の反応が気になりチラリと見れば「こんなの主婦なら出来て当然だろ」と言いながら、二人に座るよう促す。
久しぶりの家での食事。
喜んでもらえると思っていただけにショックはあったけど、夫の言う通り主婦なら出来て当然のこと。
「うま! こんな料理食べれるなんて羨ましいなあ」
「大袈裟だろ。俺は菜結ちゃんの料理のが好きだなー」
夫の言葉に私はピクリと反応する。
まるで、菜結と呼ばれている女性の料理を食べたことがある言い方。
「先輩ってば、そんなこと言ったら奥さんが可哀想ですよ。私、料理下手なんですから」
「いやいや、いつも美味いよ」
さっきから二人の会話に引っかかりを覚える。
朝食も夕食も家では食べていないから、仕事が忙しくて休憩中に食べているんだと思っていたけど、もしかしてこの女性に作ってもらっていたのだとしたら。
前に私が、食べる時間がないならお弁当にしようかと言ったとき、外で食べると言っていた。
次第に遠退く三人の会話。
気づけば夫と玄関まで見送りに行っていた。
「駅まで送っていくよ」
「悪いですよ」
「二人とも逆方向だし女性一人じゃ危ないだろ」
三人が出ていき扉が音を立て閉まる。
黒い何かが心を黒く染め上げていき、玄関から動けないままどのくらいそうしていたのか、リビングに戻り時計を見ると三十分も経っていた。
後片付けをしながら夫の帰りを待ち続けて一時間経つけど帰ってくる気配はない。
駅までは歩きでもこんなに時間はかからないはずなのに、一体どこで何をしているのか。
焦る気持ちを押さえられず夫に電話をする。
数コール鳴ってやっと出た夫に「帰りが遅いけど何かあった」と、冷静を装いながら尋ねれば「急に仕事入ったから」と言われた言葉の向こうで、つい先程まで聞いていた声がかすかに聞こえた。
通話が切れると足から崩れ落ちる。
微かに聞こえた「奥さんから?」と言う声は菜結という女性のもの。
同じ職場なんだから、二人とも残業になったのかもしれないと思い夫の職場に確認すると、残業などないことが判明した。
それも、今日だけじゃない今までも。
突きつけられた現実に、いろんな感情が混ざり合った涙が溢れだす。
夫が『ただいま』を言わなくなったのはいつからだったかかな。
いつからこの場所は、夫が帰る場所ではなくなってしまったのか。
痛む胸を掻き抱くようにして、ただ泣くことしかできなかった。
《完》
お風呂の準備に夕食の用意。
笑顔で見送り笑顔で迎える。
ここが貴方の帰ってくる場所で、私と貴方の居場所。
「残業で遅くなるから」
それだけ言って切られる電話。
最初の頃は「わかった。お仕事頑張ってね」と声をかけて通話を終えた私は、一人の空間で夕食を食べていた。
寂しさはあったけど、仕事なら仕方がないと思ったから。
そんな日が増え、寂しさで「最近一緒に夕食食べれてないね」と電話越しにつぶやいたら「仕方ないだろ。仕事なんだから」と言われ切られた。
朝起きると手付かずの夕食が置かれていて、朝食を準備しても「今日も早いから」と言い残し言ってしまう。
しばらく夫からの『ただいま』は聞けていない。
行ってきますの一言もなくて、次第に私の心は蝕まれる。
私は貴方にとって何なのかわからない。
そんなある日、職場の数人を連れて行くからと言われ張り切って料理を作る。
一月以上家で食事をしていない夫に、久しぶりに食べてもらえることが嬉しかった。
お仕事で忙しい夫に、今日くらいはゆっくり料理を食べてほしい。
夫が家に職場の人を呼ぶのは初めてだから、みんなに喜んでもらえるように頑張った。
肉料理が好きな人や野菜料理が好きな人が来ても大丈夫なように、どちらの料理も用意する。
時計に視線を向ければそろそろ着く時間。
少しして鍵が開く音がしたので出迎えれば、夫と男女一人ずつの姿がある。
笑顔で迎えリビングに案内すると、男女二人がテーブルに並べられた料理に注目した。
「豪華な料理ですね」
「私、料理苦手なので是非教えてほしいです」
高評価をもらえて嬉しいけど、夫の反応が気になりチラリと見れば「こんなの主婦なら出来て当然だろ」と言いながら、二人に座るよう促す。
久しぶりの家での食事。
喜んでもらえると思っていただけにショックはあったけど、夫の言う通り主婦なら出来て当然のこと。
「うま! こんな料理食べれるなんて羨ましいなあ」
「大袈裟だろ。俺は菜結ちゃんの料理のが好きだなー」
夫の言葉に私はピクリと反応する。
まるで、菜結と呼ばれている女性の料理を食べたことがある言い方。
「先輩ってば、そんなこと言ったら奥さんが可哀想ですよ。私、料理下手なんですから」
「いやいや、いつも美味いよ」
さっきから二人の会話に引っかかりを覚える。
朝食も夕食も家では食べていないから、仕事が忙しくて休憩中に食べているんだと思っていたけど、もしかしてこの女性に作ってもらっていたのだとしたら。
前に私が、食べる時間がないならお弁当にしようかと言ったとき、外で食べると言っていた。
次第に遠退く三人の会話。
気づけば夫と玄関まで見送りに行っていた。
「駅まで送っていくよ」
「悪いですよ」
「二人とも逆方向だし女性一人じゃ危ないだろ」
三人が出ていき扉が音を立て閉まる。
黒い何かが心を黒く染め上げていき、玄関から動けないままどのくらいそうしていたのか、リビングに戻り時計を見ると三十分も経っていた。
後片付けをしながら夫の帰りを待ち続けて一時間経つけど帰ってくる気配はない。
駅までは歩きでもこんなに時間はかからないはずなのに、一体どこで何をしているのか。
焦る気持ちを押さえられず夫に電話をする。
数コール鳴ってやっと出た夫に「帰りが遅いけど何かあった」と、冷静を装いながら尋ねれば「急に仕事入ったから」と言われた言葉の向こうで、つい先程まで聞いていた声がかすかに聞こえた。
通話が切れると足から崩れ落ちる。
微かに聞こえた「奥さんから?」と言う声は菜結という女性のもの。
同じ職場なんだから、二人とも残業になったのかもしれないと思い夫の職場に確認すると、残業などないことが判明した。
それも、今日だけじゃない今までも。
突きつけられた現実に、いろんな感情が混ざり合った涙が溢れだす。
夫が『ただいま』を言わなくなったのはいつからだったかかな。
いつからこの場所は、夫が帰る場所ではなくなってしまったのか。
痛む胸を掻き抱くようにして、ただ泣くことしかできなかった。
《完》
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