上 下
41 / 51
第十二幕 甲斐の忍びと最後の日

二 甲斐の忍びと最後の日

しおりを挟む
「猿飛さん!猿飛さんいますか?」



名前を呼ぶが人の気配は感じられず、もっと奥なのかもしれないと歩みを進めたとき、地面で足を滑らせバランスを崩すと、後ろへと体が倒れそうになった。

その時、突然林の葉が揺れ、ビュッと風を背中に感じたと思うと、私は地面に倒れることなく、背中に何かが当たり、肩を手で掴まれていた。



「足元見ろよな」



肩から手が離され、私は後ろへと振り返ると、そこには猿飛さんの姿があった。



「助けてくださってありがとうございます!」

「一応あんた客人だしな、なんかあると幸村様に申し訳ねぇから助けただけだ」



綺麗な顔とは逆に、言葉は少し乱暴な気はするけど、悪い人でないことはわかる。



「で、あんたは俺に何の用なんだ?」

「昨日の夜の話ですけど、私が同盟を結んでいただくために来たことは事実です。でも、皆と仲良くなりたいと思ったり、知りたいと思ったのは、けして同盟を結ぶためなんかじゃありません」

「わざわざそんなこと言いに来たのかよ」

「私にとっては大切なことだから、ちゃんと伝えたかったんです。それと、私は猿飛さんとも仲良くなりたいです」



私がこの世界に来てしてきたことは、最初は刻に武将達に愛を教えてほしいと言われ、私にできることがあるなら頑張りたいと思っていた。

でも、いつの間にか私は皆のことを知るにつれ、刻に言われたからとか関係なく、私は皆を知りたいと思っていた。

今だってそうだ、刻には猿飛さんのことは言われていないけど、私がそうしたいからそうする、ただそれだけだった。



「変な女だな、俺が忍だってわかってんのかよ。忍は簡単に人なんか信用しねぇし仲良しごっこなんてしねぇんだよ」



それだけ言うと、いきなり強い風邪が吹き、私が目を閉じ再び瞼を開いたときには猿飛さんの姿は消えていた。

私は仕方なく自室へ戻ろうと廊下を歩いていると、兼続さんの背中を見付け声をかけた。



「美弥さん!丁度お部屋に伺おうとしていたところです」

「私の部屋にですか?」

「殿の愛を、心を取り戻してくれたことのお礼を伝えたく思いまして」



兼続さんが言うには、今日謙信さんは、御姫様が亡くなられてからしなかった散歩をしたりと変化があったらしい。

兼続さんが嬉しそうに謙信さんのことを話すから私まで笑顔になってしまう。



「もしよければ、俺も幸村のように名前で御呼びいただけないだろうか?」

「わかりました!では、兼続も私のことは名前で読んでくださいね」



そんな些細な会話でも、皆との距離が近づいているのを感じ嬉しい気持ちになる。


猿飛さんとも、皆のように仲良くなれるだろうか……。


兼続と別れると、私は猿飛のことを考えながら自室へと歩みを進めると、どこからか幸村の声が聞こえてきた。

声は鍛練場から聞こえてきているらしく、私は鍛練場へと向かった。

覗いてみると、幸村が槍を振るっている姿が目に入った。

前は信玄さんと幸村の槍の鍛練を見せていただいたけど、やはり幸村の槍を振るう姿はとても綺麗で、戦に備えての鍛練だなんて思えないほどだ。

槍を振るっているときの幸村はかなり集中しているらしく、私が見ていても気づく気配すらない。

少しの間槍を振るうと動きが止まり、幸村と目が合った。



「美弥……!?いらっしゃったのですか!?」



槍を置くと幸村は私に気づき恥ずかしそうに頬を染めた。



「すみません、あまりにも槍を振るう姿が綺麗でつい目を奪われてしまいました」

「っ、そのような言葉を美弥から言っていただけるなんて……!」



幸村は更に頬を赤く染め、槍を振るっていた時とは全く別人のようでつい笑みが溢れてしまいそうになる。



「幸村はあれから鍛練をされていたのですか?」

「はい。美弥は佐助とはお会いできましたか?」

「お会いすることはお会いできたのですが、すぐにどこかに消えてしまって……」



昨日の夜の話は誤解されないように伝えることはできたけど、仲良くなろうにも猿飛さんがどこにいるのかわからないと話しようがない。



「佐助は忍ですから、普段姿を現すことはありません。美弥が林に行かれても姿は現さないかもしれないと思っていましたが、珍しいですね」



もしかして猿飛さんは私が転びそうになったから出てきてくれたのかもしれない。

単なる気紛れなのかもしれないけど、もしそうだったら嬉しいな。


でも、姿をなかなか現さない人なら、もう会えないかもしれないってことだよね……。



「そんな暗い顔をされなくても大丈夫ですよ。美弥が話したがっていたと私から佐助に伝えておきますから」

「ありがとうございます!」



私は稽古場を出ると自室へと戻り、茜色に染まった空を窓から眺めていた。


何だか大切なことを忘れているような……。


何かを忘れている気がするけど思い出せず、あっという間に空は暗くなり夜が来た。

私は布団を敷き眠りへとつくと、私を呼ぶ声がし目が覚めた。
しおりを挟む

処理中です...