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始まりの章 女神領の決闘 編

第七話 領主カイザンと代理女神〜開始〜

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「じゃあじゃあ早速、始めようか」

 緊張とはかけ離れた、気の抜けた声で開始宣言。
 観覧から歓声が響き渡る。きっと、アミネスには応援されてないだろうけど、期待には応える。期待すらされていなかったら、期待されるように頑張る。....それは、日常的にどうにかするものか。

 こんなに余裕で居られるのは、何度目も言うが、負ける気なんてさらさらしないから。さっき、強制力のないルールに従って種族を話したのは、カイザンが勝てた理由をそれにしてほしくないからだ。
 カイザンが当てはまる最強種族の噂は、この一ヶ月で原形を留めない程に枝分かれと成長を続けてしまっている状況。それは、領内の一部でも何故だか同じこと。

 通常思考、客観的に考えれば、決闘相手の実力も特殊能力も未知数であり、自分よりも格上の可能際がある以上、初手は警戒から先制は行わないはず。これは、エイメルとの決闘でほぼ実証済み。

・・・となればだよ、負けるはずないよね。

 距離を空けたことにより、ミルヴァーニとの間はパッと見で六メートル程度。開始と同時に踏み込むことさえできれば、[データ改ざん]の範囲内たる有効距離五メートル内に入る。

 勝利の笑みが止まらな過ぎて困る。

・・・おっと、顔に出そうになったぜ。早く、始めよう。

「おい、さっきから返しが全くないんだけど。開始の合図とかどうなんの?」
「いつでも構わない。そちらが決まるといい」

・・・まーた、敬語がどっか行っちゃったな。

 せめて慇懃無礼な方がまだ気分的にいいかもしれない、と思う今日この頃。

「じゃあ、譲ってもらって先手必勝ね」

 それだけ言い残し、右手を掲げる。
 開始の正式な合図であり、これにミルヴァーニが対処できない時点で、この決闘は始まりから終わりまで、ずっとカイザンの独壇場にある。

「詳しい説明は終わった後、特別に教えてやるよ。俺の、ウィル種の特殊能力は、[データ改ざん]だよ。覚えとけっ」

 自身の言葉に反応して淡く光を灯したのは、カイザンの掲げられた右手のひら。魔力が徐々に流し込まれていき、薄くも一つの色を成そうとしている。
 ただ、それは無という色だ。無属性魔力。対象者に何らかの方法で干渉し、一時的な改変をもたらす特質魔法の特有現象に似ている。

 ウィル種の特殊能力はまた、それと違った部類に属するものだ。
 この光は、ただの改変に留まるものではない。
 使える種族なんて、絶滅危惧種を除いて稀少な存在だ。故に、気付くのには時間が必要とされる。

 そして、カイザンーーーー最強種族に、そんな時間を与える意志はある筈がない。

 ようやく察したミルヴァーニが焦り、目を剥いて反射的に魔力を集中させる。
 それよりも早く、行動するだけのこと。

「さあ、俺の求める最高の暇潰しの糧になってもらおうじゃねぇかっ!!」

 叫び、数時間前から考えていた決め台詞で自身を震え立たせる。
 ミルヴァーニに向けられた手のひらは、既に十分な魔力が溜められ、直視を拒む光量で周囲を照らしている。

「........特質魔法」

 ミルヴァーニは魔法展開を中断させ、光を見つめながら後悔に満ち足りた声音で小さく呟いた。
 そんなことをされては、エイメルに言ったことをこいつにも言ってやりたくなる。

・・・後悔しても、遅いんだよ。

「女神種、ミルヴァーニ....」

 発動条件の半分を満たした。あとは、この距離だ。
 魔力を包み込むように手のひらを握る。肘を後ろに引いて、踏み込みから距離を詰めて....。

 その、大事な一歩目で気付いた。
 ......二人の距離が、余裕で六メートル以上あることに。

・・・マ、ジかよ。

 刹那の思考がカイザンの脳内を駆け巡った。

 この場での対処行動、一体どうすればいいのか。ここで正しき行動を取らなければ、確実に負ける。前のめりの体勢だし、顔面に魔法放たれる。そんなことをされれば、お嫁に行けなくなってまう。
 絶対にどうにかしなければ.....社会的に死ぬ。オリンピック風に言うと、クリスマス・男子シングルになんてなりたくない。

 一歩踏み込んでの残りの距離は、五メートルまであと最低四歩はくだらない。普通、計算をミスっても最低二歩までだ。カイザンには空間把握能力が本当になかったらしい。ないのにカッコつけて勝利後のことばっか考えてた。恥ずかしい、もう言わないで。

 四歩なんて、今は刹那の思考で動きがスローになって見えるけど、実際に元に戻ったらミルヴァーニはすぐに魔法を放てる。間に合わない。

 いっそのこと、このまま賭け要素で放ってしまうか。
 でも、あれだけカッコつけて決め台詞を言った直後、不発だった時の羞恥的な痛感は計り知れない。
 今更、自分がちゃんと距離を測っていなかった件については悪いとか思わない。今思うべくは、今考えるべきは、

・・・どうにかして、こいつの隙を作らないと。隙.........ってなったら、あれか。

 古典的だが、一つだけ思い付いたことがある。この集中一人時間差状態じゃ、これしか思い付かなかった。
 思考が解除され、スロー世界から元の世界に戻される。動くなら、一瞬で済ませるのみ。だとしたら、これ以上に使える騙し技が存在するだろうか。いや、ない。と信じる。

 特殊能力と関係のないもう片方の手で、傍観者たちの方向を指す。その先に居るのが誰か、説明する必要は特にない。
 決め台詞を無かったことにするくらい、全力で叫んでやる。ミルヴァーニの全注目を他へ集めるために。
 以上の計約二秒の思考で、行動に移る。

「あっ、あそこにアミネスーーーーーーっ!!!!」

 古き良き語り継がれる伝説の[あそこにUFO]作戦のミルヴァーニ用。
 カイザンの指した方向にミルヴァーニ以外の観覧女神の視線まで集まり、その中心のアミネスはあまり見ない困った顔に。
 巻き込んだことは悪いと思ってるから、これが終わったら必ず謝ると誓う。

 だから今はこいつを。

 果たして、反応や如何に.....。

「えぇっ」

 カイザンの声が脳内に響き渡り、刹那の思考がミルヴァーニの脳内を掻き乱した。
 魔法生成への集中を虚無に落とし、彼女の頭は今、エイメルとアミネス、特にアミネスのことでいっぱいに。
 カイザンが指した方向に体ごと向けて、アミネスを探す。

 反射的な反応が自制心を通り越した。それが、ミルヴァーニという、アミネスのことが大好きな女神の悲しい性である。
 アミネス脳により、溜められた魔力は既に元の色を取り戻し、ミルヴァーニが再度戦闘に戻るには確実に時間を要する。

・・・これなら、一気に行ける。

 なるべく姿勢を低く、後からの加速に頼らず進む。

「ぁ....」

 掠れた小さな声が微かに届いたのは、ミルヴァーニがある意味で狂気から正気に戻った頃。
 大切にしたいが今は不要な感情を振り払い、慌てて魔法の再起動準備に。
 眩い光は今まさに無防備なミルヴァーニを侵そうとし、すぐ目の前で、カイザンが笑っている。
 これを脅威と言わずして、何と言うか。もし、カイザンを狂った奴とか言ってしまった方は、今すぐこのページを閉じよう。

「いくぜ、[データ改ざん]ッ!!」

 発言後、手のひらに在る光が消滅。間も無くしてミルヴァーニを一瞬の内に包み込んだ。

「くっ、これは一体?」

 光が発する雑音の中から、ミルヴァーニらしき声が聞こえた。無論、彼女以外にはあり得ないのだが。
 声音は決して強くなく、怒りが込められている訳でもない。そこにあるのは、ただ困惑の感情のみ。ひたすらなる無理解。

 身体的外傷も、精神的な異常も全く感じられない。
 一見して、無害。大した効果を持たないただの光。これが、ウィル種の特殊能力。
 ーーー全種族にとって自尊心の代わりとなる代名詞、それが与えられし特殊能力。よって、そんなものが効果のないただの光なんて事、あるはずがない。

 だから、ただ困惑するのだ。不可避であり、抗いを無為とするこれが、何であるのか。自分はどうなっていて、どうなってしまうのか。
 光がいつの間にか消えていたことに遅れて気が付く。だとして、ミルヴァーニに安堵の感情が湧くことは決してない。
 初めて体感した無理解の違和感。正邪の判別において、脳より先に体がそれを邪であると認識してしまっているから。

 突然の脱力感が全身を支配。力の抜けた膝から関節に従って崩れる。とっさの判断で片手を着き、地面に衝突した際の顔面への社会的大ダメージを防ぐことに成功。だが、呼吸が荒くなり、肩で息をしている程の状態でこれから何ができると言うのか。

 明滅していった光が、全てをミルヴァーニから奪ったような感覚だ。自身から感じる筈の魔力も、今は空白となっている。

「って、思ったまでが不正解。奪った訳でも、消えた訳でもないぜ」

 自分の事で精一杯になっていた中、嘲笑うように声がした。
 まるで心を読まれたように考察を言い当てられ、同時に不正解を言い渡してきた。
 ミルヴァーニの若干驚いた表情にカイザンも驚いた顔に。

・・・合ってたんだ、良かった。

 テキトーに考えていそうなことを言っただけだけど、合ってるなら安心。ふと見れば、正解を要求する瞳と目が合ってしまった。

「あー、答えは言わないからな。決闘が終わるまでは。.....それより、さすがは女神種。俺よりも何かしらたくさんのウィルス情報ステータスが高いらしいな。感服ですよ、まったく。.....でも」

 これぞ正に慇懃無礼。最後のまったくは、全くの意味で使っている。
 不調で進行形のまま息の荒れるミルヴァーニには、その上からかけられただけのただの見下す言葉でも、深く響き渡っている様子。今日のカイザンは運が良い。

 ほんの少し前までは今年一番の焦りを最短で味わっていたくせに、今はすっかり領主としての態度。
 それにしても........実に、ショボい決闘だな。
 だって、比較してしまう。エイメルの時はこんなものではなかったからだ。

「エイメルの時は、辛うじて立ってたぜ。二番手と一番手でここまで差があるものかね」

 エイメルはこの特殊能力を受けてもなお、お顔にはしっかりと出ていたけど、平然と立つことができていた。同じこと、同じものを改変されても、これだけの差がある。

・・・実は、エイメルって凄い奴だったりするのか?

 今のところ、カイザンのエイメル評価は、ただの成り上がり用踏み台。改善する必要がありそうだ。

・・・おっと、大事な決闘中、話がズレた。

 この決闘でカイザンが求めていたのは、旅に関しての重要案件。領主仕事の代理と旅の転移要員。それとともに、ミルヴァーニを倒すことで領民から強者的な信頼を獲得すること。
 だと言うのに、このままだとショボいあっさりとした結果として終わってしまう。
 そうなってしまえば、なんだミルヴァーニって弱かったんだと認識されて終わるのは分かっている。カイザンが強いのだと認識されなければ、意味がない。

・・・だから、セリフだけでも威厳を残すしかない、よな。この様子だと、エイメルみたく殴って決闘勝利とか、帝王の名がさらに濃くなっちまうから無理だもんな。

  [データ改ざん]を受けても立っていられたエイメルを、あの時、カイザンは殴って倒した。
 ウィル種について知らぬ者は、客観的に観てカイザンの超絶な剛腕を考えるはず。故に、皆はカイザンを最強と褒め称えている。
 だからこそ、それがない今、罵倒を繰り返して彼女の自尊心や威厳さを奪うことで、周囲からカイザンが大きく見えるように。
 この考えがまず、帝王だ。と思う少女が一人。匿名希望。

「くっ.....」

 相変わらず体の不自由に抗おうと歯を噛むミルヴァーニ。
 どう考えても、エイメルのように反撃なんてできないと思わせられる。
 叡智の象徴と謳われる女神種が、勝機のない状況で無作為に挑んでくるとは到底思えな......。

「こんな屈辱、あってはならない」
「おっ.......いいぜ、文句があんなら反撃してみろよ」

 正直、言葉だけで威厳さを作るには無理があるとは多少なり感じていた。
 実に、好都合な。

・・・無抵抗を殴るのはさすがに気が引けてたけど、同意してくれんなら話は別だ。

 歯を噛み砕きそうな全力顔で立ち上がろうとするミルヴァーニに合わせ、何歩か後ろに下がる。

 数秒後、まだ立ち上がれそうにない。
 さらに数秒後、ずっと無様な画が続いている。
 さらに数秒後、まるで生後十ヶ月。あともう少しで立ちそうだよお母さん。

 .....もう、あれから何分が経っただろう。あのハイジも車椅子をアルプスから落とす奇行に走るくらい時が経った。

「さて、どうしたものか」

・・・無事に立ち上がれたと仮定して、こいつの'今の'防御力を考えたらソフトな程度のパンチで殴るしかないよな。....ソフトか、あれだな。

 思い当たるのは、これまた一つ。
 ミルヴァーニの準備ができて、無力ながらも襲いかかり次第、一発叩き込んでやろうと思う。

「で、準備の方はまだでしょうか?」

 もう我慢しきれん時間は待たされた。
 いい加減、イライラが止まらないよ。
 カイザンの怒り、されど、ミルヴァーニは返さない。

「もー、行っちゃうか?」

 不意打ちいいですか?と領主らしく聞いてみる。
 それでも、ミルヴァーニは返さない。
 ....そこで唐突に、とある可能性が浮上した。

・・・これって多分、あれだな。

 ミルヴァーニは確かに不自由な体に翻弄され、立つことすらままならなくなっている。
 ......でも、それが。

「っ!!」

 ......演技だとしたら。

 震える足で、不意に強く踏み込んだミルヴァーニが、殺意を宿した瞳で見つめてきた。一瞬で立ち上がったその姿に、観衆は皆察せざるをえない。
 彼女は、カイザンの隙を待っていたのだろうと。
 最初の苦しみが本当のものだったのは疑い用もない。だが、女神種ともあろう種族が耐えられない苦痛ではなかったということ。
 動けない演技で油断させて、カイザンを確実に倒そうとしていた。自分の自尊心よりも、エイメルへの忠誠が上を行く。
 改ざんされた'今の'ミルヴァーニには魔力がない。地面を蹴って近付いて来る彼女は、おもむろに護身用の短剣を懐から抜き出した。
 刃は既にカイザンの目の前にまで迫っている。この世界には治癒魔法があるため、決闘である程度の軽傷、いや、深傷すら負わせることも原則には一切反することがない。
 ミルヴァーニは本気だ。なら、カイザンもそれに応える。
 全力で、ミルヴァーニを迎えう.....、

 トコトコ......トコトコ.....トコトコ...。

「ふぐぐ、ぐっぬぬぬ」
「.........................いや」

・・・走れないのかよっ!!!!

「はいもう、デコピン」
「がばぁっ」

 気の抜けた一言から放たれた一般的なデコピンが、ミルヴァーニの額にコツンと良い音を出した。
 直後、凄まじい衝撃。を受けたかのように軽々と後方に吹っ飛んだ。
 勢いが全身を貫いて、そのまま地面に突き刺さり、ミルヴァーニも次いで叩き付けられる。結果、浅い女神型の凹を綺麗に形成した。
 その光景を前に、観覧の者達の顎は外れかけてしまっている。

・・・外れちゃったら、ミルヴァーニのせいにしよう。それよりも、こっちだ。

 ヒビの間に翼が刺さっているのが見える。
 うわっ、痛そうといった第三者的な感想を言いそうになったのを我慢して、慌てた感を醸し出した感じで駆け寄る。
 こんな有り様、帝王のやり方と呼ばれてもおかしくない。自尊心を伏せて、謝罪の言葉をかける。

「ごめん、小指にしておけばよかった」
「大して変わらないですっ」

 コミュ障を疑わせる言葉選びの無さに、観覧のアミネスからツッコミが入れられた。
 遠くに見える姿にナイスツッコミと視線だけで伝え、仰向けで倒れているミルヴァーニに目を向ける。同時に、ため息を吐いた。
 反撃しそうもない。動きそうもない。
 だって、気絶しちゃってるもん。

 旅へのはやる気持ちを抑え、早く起きてくれることを願いつつ、そう言えばこいつ、胆力もゼロになったんだと後々になって納得した。

こうして、女神領での決闘はまた、あっさりとした展開で終わってしまったのである。
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