しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第148話 神以前に私は何だ?(下)

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「『死返し』ですね」


 私の離れに寝かせたネスエルを見て、ギュンドラ王国から転移してきたアンダルはすぐに診断を下した。

 アシィナに叱られる程に入念な治療を施し、外見的、肉体的には何の問題もない彼女の身体。言うなれば、証拠の隠滅が済んだ後の犯罪現場に等しい状態にもかかわらず、私の話を聞いただけではっきりした答えが返ってくる。

 本当に合っているのか?

 それと、大丈夫なのか?


「詳しく」

「死天使はあらゆる行為に死が含まれ、ネスエルくらいの上級天使になると、私の大鎌に匹敵する質と量になります。しなずち神の名を呼んだ際に、名の言霊に阻まれて死が逆流したんでしょうね。――――あ、命に別状はありません。そこは安心してください」

「寿命が減ったとか、精神が傷ついたとか、魂が削れたとか、輪廻から外れたとか――――」

「彼女を死天使に迎えた際に、逆流した時の対策を施してあります。かなり前の話ですが、別の配下が同じ目に遭った事があるんです。ラスタビア勇国の前勇王に死を告げに行って、女狐に言霊で死返しされて三人も失ったんですよ?」

「しなずち様。容体は安定しているから少しは落ち着きなさい。それと、私が同じようになった時に心配してくれないと怒るんだからっ」

「誰であっても同じだよ、アシィナ。誰であっても、私より先に死ぬ事は許さない」


 勝手な事を自分勝手に押し付けて、横たわるネスエルの頬を撫でる。

 健やかな寝息が手にかかり、命の温もりを肌に感じられた。

 アンダル神の言った通り、命の危険はなさそうだ。しかし、今後も同じような事態になる可能性はあり、早急な対策の検討を必要とする。

 幸い、今は彼女より上位の死がここに来てくれている。

 何を支払ってでも、手にして見せる。

 私とネスエルの安息を。


「アンダル神。ネスエルが私と共に歩む為、御手をお貸しください。お願いします」

「この間と逆ですね。――――わかりました。では、まずはしなずち神の言霊について調べましょう。座って楽にして、私の手を取ってください」

「お二方、こちらをお使いください」


 シムカが座布団を二つ寄越し、私達は床に敷いて向き合って座った。

 両手を出されて両手で取り、優し気で穏やかな微笑みを真っ直ぐ見つめる。

 信用していないわけではないが、天敵に身と心を晒して曝すのだ。否が応でも警戒心が顔を出し、したくなくても子供の様なしかめっ面を浮かべてしまう。

 どうしよう。かなり怖い。


「そういえば、アンダル様はしなずち様の名前を呼んでも大丈夫なの?」

「言葉に死を乗せなければ、名前を呼んでも死返しは起こりません。然程難しい事ではないので、しっかり練習すれば出来るようになります」

「あれ? じゃあ解決してない? ネスエルが頑張れば――――」

「アシィナ。巫女だけに頑張らせてたら、私は私を許せなくなる。そもそも、私が自分の言霊を制御出来れば、今回みたいなことは防げるんだ。そこをやらずにネスエルだけにやらせるわけにはいかない」

「いつも思うけど、変な所で頑固よね。まぁ、そこが良い所でもあるんだけど……」


 アシィナの顔が耳元に寄り、ふっと息を吹きかけられる。

 横目で見ると、瞳が獲物を前にした獣のように輝いていた。

 隙あらば押し倒して貪り尽くすと言わんばかりで、ネスエルに対する嫉妬を隠し切れていない。私の愛が足りない足りないと泣いて喚いて、まるで癇癪を起して睨み付けてくる子供のようだ。

 この娘はもぅ…………。

 大人なのは身体だけなの?


「アシィナ。しなずち様を困らせてはいけません」

「はぁ~い。畏まりました、血巫女頭殿ぉ~」

「はははっ、愛されてますね。私も妻達が同じ感じなのでわかりますよ。偏ると脱ぎだしてしまって――――」

「興味はありますけど、先にこっちをお願いします。神喰いへの対策も行わないといけないので……」


 脱線してきた話を元に戻し、私は早くしてほしいとアンダルを急かした。

 やるべき事は幾つもある。

 トルオスで帰りを待つ巫女達もいる。

 不死であっても有限の時間は存在し、如何に短く済ませられるかが大事になって来る。前世で読んだ漫画ではないが、間に合えば味方は生き残り、間に合わなければ全員死ぬのだ。

 私が原因で、そんな事態は許さない。


「では、始めます」


 アンダルが大きくゆっくり息を吸って、ゆっくり大きく吐き出した。

 呼吸で取り込まれる酸素の様に、触れ合う肌からおぞましい感覚が流れ込んでくる。おそらくは私の死否定をかいくぐれる死の要素で、徐々に徐々に進んでいく侵食は数百匹のナメクジの大行進を思わせた。

 滅茶苦茶気持ち悪い。

 身体を内から弄られるのは、拳を突っ込まれて滅茶苦茶にかき回されるので十分だ。そっちならまだ多少気持ち良さがあるから我慢できる。

 でも、こっちは…………うん、やめよう。

 考えれば考える程、気分が沈んでどうにかなりそうだ。


「肉体には抵抗反応無し。精神は軽度の拒絶反応が認められ、魂には手が付けられません。ガッチガチに不死の防壁が組まれていますね」

「じゃあ、魂が原因?」

「いえ。防御用の防壁だけなので、跳ね返す力はありません。もっと別の何かが――――あれ?」

「ん?」


 胸元辺りに這っていた死が心臓に触れた瞬間、強烈な勢いを以って弾かれた。

 有意識でも無意識でも、私の関与は一切ない。

 まるで別個の存在がそこにいるかのようだ。いや、私が認識したと同時に私の意識から離れ、内側から食い破ろうと異常な胎動をし始めた。

 何だ?


「アンダル神、離れて――――」

「『離れろ』」

「!?」


 声帯を通さない私の声が、私の声を遮って強力な言霊を発した。
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