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第一章

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 ガンジュールさんを介抱してから、ヤイガニーさんと話して一週間後くらいに今一度顔合わせを行うことになった。その間にヤイガニーさんはガンジュールさんの代行として教国を批判する公表文を発表したり、戦力増備のためにギルドに掛け合ったりするそうだ。
 先立つものは俺達が提供した。使ってなかったシミュリストルから貰った金貨を一人二十五枚、何にでも使ってくれと言って渡しておいた。ヤイガニーさんは確認するように何にでも使って良いのなら家具にも使うぞとか言ってきたが、それこそ折り込み済みである。
 これからはシミュリストルのお膝元として発展するしか道はなく、お偉いさん方に舐められてはこちらが困ると言うものだ。
 教国への批判の内容にはシミュリストルが教国を見限った事への言及はされない手はずになった。
 シミュリストルが言うには派遣された兵士は五千。それを少数で圧倒し、ついでにシミュリストルを戦場に出張らせて国内外にこの地は神の祝福を受けた土地であることを知らしめる事にした。
 それで、現在はと言うと俺達の願いで自分達がどれだけできるのか確認するため、嫌がるヤイガニーさんを宥め賺して中庭の一角にある訓練場という事になっている広場に引きずり出したところだ。
 簡単に言うと、この領随一の剣士らしいヤイガニーさんの太刀筋を見せてほしいと言うことだ。それで、彼我の実力差を見極められる。
「おねがいしまーす」
元気良く挨拶し、無手でヤイガニーさんに挑むのは美咲だ。俺だと癖が出そうだし見切りなんてものを持っていないので安全を重視してこの人選だ。美咲がやりたがったのも過分に人選に影響している。
 やややりづらそうな面持ちではあるが、ヤイガニーさんは仕方無さそうに剣を構える。・・・・・・やはり相手が女子だと最初の一手は手を抜くか。
 ヤイガニーさんは手抜きと思えぬ速度で剣を振り上げ、振り下ろす。これを美咲は手を抜いてイェスディンくらいの間をおいて避け、流れで突き出された剣先を親指と人差し指で摘まんで止める。
「まぁ、最初だからこんなもんか」
ヤイガニーさんが押しても引いても動かないのを見ると興味をなくしたように剣を放し、ハンデのために自在倉庫から棍を取り出す。
 それを見たヤイガニーさんは、美咲の事情を知らないために全身を強ばらせた。
「本気で打ってきて」
短く美咲が告げる。緊張を孕んだその声に、ヤイガニーさんは冷や汗をかきながら対峙した。
 ヤイガニーさんは本物の戦士だ。本人は気付いてないだろうが、口の端が小さくつり上がっている。目は先程赤子のような扱いを受けたにも関わらず、絶望するどころか爛々と闘志を沸き立たせている。
 ヤイガニーさんの構えが変わった。今までは剣を中断に構えるオーソドックスな構えを取っていたのだが、今は剣を穿く様に構える。そこからの最速の剣筋は一つしかない。
「せいやぁぁぁぁ!!」
雄叫びとともにヤイガニーさんが走る。更に遅れて剣筋が走り見事な弧を描く。
 しかし、振り抜かれた剣は検診の半ばから折られていた。
 美咲がヤイガニーさんの放った斬撃を紙一重で躱すと同時に棍を技術もへったくれもない動きで振り抜いてヤイガニーさんの剣を折ったのだ。・・・・・・現状、此処までできるんだな。
 自分の負けを悟ったヤイガニーさんは、しかしやりきった表情で美咲に握手を求め、美咲はそれに応じる。最後の挨拶もしっかり済ませていた。
「いやぁ、最後の、全く見えませんでしたよ!当たった!振り抜いた!って思ったらこちらの剣が折れてるんですよ!びっくりしましたねぇ!」
ヤイガニーさんに感想を聞いて自分達が捉えているのがどれ程のものかを確認すると、清々しい表情で少年のように目をキラキラさせて熱く語ってくれた。余程感銘を受けたと見える。
その熱意に応えたくなって、俺と美咲の試合を提案すると、二つ返事で是非に!と答えてくれた。
 俺が持っている剣では危ないので美咲が持っている棍を借り、中段に構え目を閉じる。意識を棍に走らせ長さを掴んだ。
「いーい?」
「大丈夫だ」
美咲から確認の声が届き、いつでもどうぞ。と返す。
 周囲が緊張で張り詰めていく。相手の隙を作るために微細に体を動かし、対応し、更に対応する。時には相手の誘いにわざと乗って自分の隙より更に大きい隙を作らせようとする。
 そんな事をしているとは周りの人間からは見えないだろう。ただ突っ立って構えているだけに見えるはずだ。しかし、それも長くは続かない。こう言うところで、美咲は短気なのだ。幾千、幾万の駆け引きが過ぎると美咲は動き出した。
「フタエノキワミアーーーーーッ!!」
かけ声とともに踏み込んできて、それを俺がカウンターで額に拳を入れる。
「アウゥン・・・・・・」
俺の拳を受けた美咲はその反動で吹き飛び囲んで積まれていた土嚢につっこんで止まる。
「おい、今のはなんだ?思わず拳で応じてしまったじゃないか」
「こ・・・・・・これも・・・・・・作戦の・・・・・・内・・・・・・」
「来るのが分かってるなら防げるだろう!?」
「ムリポ・・・・・・」
「ムリポじゃないよまったく・・・・・・」
頭を振って美咲との言い合いを切り上げる。俺達にとっては良くある光景だが、話しに着いていけないシミュリストルとヤイガニーさんはポカンと口を開けたままだ。
「これが我々の実力です。最後は美咲の奴がおふざけに走りましたけど、やってる事は本気です。どうでしたか?」
「あ、いや、なんて言うかその・・・・・・」
「ゆっくりした動きに見えたでしょう?」
口ごもるヤイガニーさんに助け船を出す様なつもりで俺と美咲の動き方を思い返す。
 駆けるにはゆっくり。拳を突き出すにしてもゆっくりに見えるそれらは、実は全てフェイントで構成されている。
 虚にして実、実にして虚と言う体系だ。ゆっくり動くが、そこには相手が対応し動くのに対して幾らでも変化できるような術が詰め込まれており、そして更には当たっただけで相手を吹き飛ばすような力をも込められて放たれた高度な技術の塊と言える。受けた相手からはどう対処して良いか分からず動けない間に拳が体に当たって吹き飛ばされるほどのダメージを負うという必殺の一撃。対応できるのは、余程熟達した達人の域まで達したものか、或いは同じ攻撃を繰り出せる者だけである。
 今回は初期位置が遠かったために俺が勝ったが、後二、三十センチ近づいていたら俺が負けていただろう。
 掻い摘まんで説明をすると、ヤイガニーさんはポツリと「戦神様・・・・・・」と呟いていたが、あえてそこにはつっこまず、美咲を助け起こしてやった。
 美咲は「ふにゅうぅぅぅぅぅ」とよくわからない気の抜けたうなり声とともに、俺にしだかれて来て動きづらい事になってしまった。・・・・・・こう言うことは平気でしてくるのに、お姫様だっこをしようとすると恥ずかしがって暴れるもんだからオンナゴコロと言う物は理解に苦しむ。
 無理やりお姫様だっこで抱き上げて、今日のお礼ですともう一枚金貨を渡す。金貨をさっきからぽんぽん出すものだからヤイガニーさんも感覚が麻痺して素直に受け取ってくれたのは幸いだ。気付いて返される前に退散すべく、ヤイガニーさんとシミュリストルに挨拶をしてから逃げるように領主の屋敷を後にした。
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