ある日、始まった物語

どこか儚げな美少女

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打倒の章

第38話

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 これは打倒者との死闘の果て、その少し後に起こった出来事である。









 五感を流れるは痛み、脳を潰された鈍痛が脳裏に張り付いて引き剥がせない痛みとなって俺の組み伏せられた意識を背後から犯す。頭のてっぺん、そこから強い圧力が加えられた事により亀裂の入った脳膜、その裂けた膜から溢れた物体、支えを失い、原型の崩れた大脳が頭蓋と皮膚を突き破り、両手に掬えるのではないかと思える程の白い固まりとなって地面に這い出るように染み込んでいく。それは徐々に照りつける太陽の日差しに晒された事で空気に触れた表面、次に地面に触れた箇所から段々と水分を失い、数分前まで脳内におさまっていた筈の脳みそ、ひいては脳細胞の一つ一つを破壊し尽くすように酷く傷つけていく。
 あと少し日が傾けば、劣化した細胞の大部分が活性を失って死亡する。そして時が流れ、腐敗した細胞が腐臭を放ち、地面に含まれた微生物が群れとなり"分解"という名の食事を始める頃には生きている細胞など一つたりとも存在しないだろう。


 ごく自然に大気が動く、微風が砂や塵を舞い上がらせて露出した脳の表面にパラパラと付着する。あるものは触れた側から脳の表面に残った脳脊髄液に残された潤滑性が滑剤となり、簡単に脳から滑り落ちていく。しかし、大半の粉塵はそうではなく、脳の表面に残った僅かな水分を奪って固く付着する、そのまぶされた粒がふやけて柔らかな脳の表面に深く沈み込むようにして突き刺さっていく。
 体外に反して、頭蓋骨の内側には血が溜まり、その血液の渦潮に浸された小脳と脊椎の深くでズタズタに崩れた脳神経を巡る僅かな電気信号、その行き場を失くした電流がドタバタと跳ね回る切れたトカゲの尻尾、まるでビチビチと畝った爬虫類の細く長く冷たい自切の尻尾のように電流が外部と切り離され、微かに残された神経経路を高速で旋回する。しかし、それは永遠ではない。補給の断たれた電気信号は、自らを消費して無意味な巡回経路を回るだけ、その託された暗号も誰に読み解かれるわけもない。摩耗した電流、細い切れ端となって消滅した。


 日差しが雲の流れに沿って変化する、死体を照らす輝きは失われ、先程まで日差しに焼かれた皮膚を照らす光は存在しない。死体は暗闇という名の雲影に覆われた。しかし、一つだけ色を失わない箇所がある。
 肺を砕かれた激痛、外部からの衝撃に抉れて開いた胸部。砕けた肋骨の隙間、未だ活動を止めない心臓が赤々と燃えるように鼓動する。燃えるような赤、燃えるような臓器が腐り落ちていく肉体の中で赤々とした反旗を翻し、失われていく色の全てに抗っていた。しかし、それもまた永遠ではなく有限にして短命にして一瞬の出来事、あらゆる物事に隠れた瞬く間に起きた事象のほんの一部でしかない。心臓の鼓動、既に動きが鈍くなっていた。止まるまでに残された時間は僅かなものだ。ほんの少しの赤、時間に伴い白を帯びていく。


 これが山田風太郎、そんな男の末路である。彼は"打倒"に抗い、そして負けた。そして無残にして無念にして無意味に死んだのだ。その死に意味はなく、その生は意義を失った。内臓は全てズタズタに潰れ、骨は一つ残らず砕けて散った。今の彼に抗うすべはなく、また戦う意志すら皆無だ。



 ___だが、それは真実か?、それらは紛う方なき事実だと?



 私は述べよう、違うと述べよう。



 私は告げよう、間違いだと告げよう。



 私は断言しよう、未だ死闘は終わってなどいないと断言しよう。



 加担者、それは協力者にして事の発端。始まりにして結末、開幕にして終わりを携えた愚か者の事である。



 ___立て!、私がお前に意味を与えよう。



 私は誓おう、お前に勝利を誓おう。



 この"守護者"の名において、この私は果てなき死闘の行く末を見届ける。



 地面に轟くは死した筈の肉体、それが立ち上がる凱歌のラッパ。砕けた骨が音を立てて甦る、その骨の端先まで蘇っていく。地面に腐り落ちた臓器が産声を上げる、その肉体へと這いずるように縋りつき、怒号を挙げて肉体へと回帰する。眼球が光を捉えた、敵は直ぐ目の前にいると告げる。


 踏み出した一歩、その一歩の間に空間が歪む。立ち止まった時には憎き打倒者、その真横に立っていた。


 打倒者は振り返る。しかし、驚く暇さえなく、顔面に受けた拳一発。打倒者から噴き出した血飛沫、かち上げられた顔面に伝わる衝撃に皮膚が裂け、切れた血管から盛大に血液が飛び出した。加担者、更に拳を握り締める。


 ___ドッガアァァン……!


 更なる一撃、打倒者の顔面に爆ぜた一撃が打倒者の意識もろともを吹き飛ばす。地面に跳ねた肉体、何度も地面に打ち付けられては跳ねて回る肉体が瓦礫の山へと突っ込んでいく。


 ___ガッシャン…!


 背後から勢いよく突っ込んだ矢先、打倒者の腹部に伝わったのは痛み、そして視界に見えたのは背中から腹部にかけて飛び出した鉄棒、コンクリの残骸に紛れた異形鉄筋である。大腸の一部を貫いた鉄筋、その痛みに打倒者は表情を歪ませ、出血の止まらぬ腹部から鉄筋を必死に引き抜こうと両腕で掴んだ。
 しかし、敵は既に目の前まで来ていた。打倒者の動きが止まる、冷や汗が頬を伝った。


 ___メキャ…!


 敵の蹴りが腹部を蹴り上げる、肋骨を破壊した一撃。損傷した内臓を更に傷つける。衝撃に肉体が揺れ動き、鉄筋の突き刺さったままの腹部も揺れる。鉄筋は、今この瞬間に突き刺さった箇所から少しズレて腹部を真横に切り裂いた。打倒者は更に痛みで苦悶する。抜けない鉄筋、それが刺さった腹部から更に溢れた出血が止まらない。


 ___打倒者は叫ぶ。


 「{ 打倒 }……ッツ!!!」


 もはや藁にも縋る思い、上擦った大声で己の権能を行使する。途端に権能が打倒者を後押しする、打倒者の拳が敵へと放たれた。


 ___バァアアン…ッ!!


 周囲を吹き飛ばす程の一撃、立ちこめた煙の中で打倒者はふらつく足取りで立っていた。鉄筋の抜け落ちた腹部、その損傷を受けた腹部を庇うように片手で傷口を押さえていた。出血が止まらない、痛みに屈して瓦礫の上で片膝をつく。息も絶え絶えに無理矢理に呼吸を繰り返す。脂汗が額から溢れた、次第に粘性を帯びて下へと頬を伝って落下していく。


 「ははっ……、計画は成された…。これで彼は__」


 ふと打倒者は意識を前へと向ける、煙の中で蠢く存在。不意に視界が晴れた、打倒者は目を見開く。眼前に迫り来る手、打倒者の顔面を捉えた。


 ___ダァン!


 打倒者の頭部、それを瓦礫に埋もれた地面へと叩きつけた存在。"加担者"、奴の伸びた手が打倒者の頭部を握り潰すように力が込められる。


 「グッ……ア…カ」


 打倒者は悶えた、頭蓋から奴の手を引き剥がそうと両腕を用いて抵抗した。しかし、引き剥がせない。更なる力が打倒者を襲い、その肉体を更に地面へと沈ませる。痛みに苦しむ打倒者、もはや希望など……勝ち目など有りはしない。


 ___だが…、


 しかし、だからこそ打倒者は笑った。


 フウタローへと笑う、いや……今の奴の名は


 「加担者……ッ!!」


 打倒者の声、喉元から血を吐いて叫んだ。打倒者は歯を見せて笑う。それは猟奇的にして狂気的、自身を賭した大一番である。


 最後の力を振り絞り、打倒者は叫んだ。


 「{ 死闘の果てに }……ッツ!!!」


 加担者を吹き飛ばす一撃。己は打倒者、私は打倒者、私こそが打倒者である。地面から起き上がるように立ち上がり、遠くに吹き飛ばした相手を睨む。


 打倒者、己の拳を硬く握る。これが最後の一撃になると確信した。だから躊躇はなく、後悔はなく、迷いはない。構えた拳、敵を見据える。


 「加担者、あなたに死闘の果てに栄光があらん事を」


 奴もまた、構えていた。双方の拳、同時に敵を捉えた。


 踏み出した一歩、それは大きくも小さい始めの一歩である。加担者の方が速い、打倒者の眼前に迫り来る拳。


 だけど、打倒者は笑っていた。


 打倒者の拳、今こそ渾身の一撃が放たれる。


 死闘の末に誰が勝利を得るのか___、


 死闘の果てに、今こそ決着の時である。











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