ある日、始まった物語

どこか儚げな美少女

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転換の章

第43話

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 真夜中2時半に差し掛かる手前の時間、以前として丑三つ時が一人の少女に月明かりを向けている。


 風が幾度となく吹く中を、少女は闊歩し、静かな歩道を占拠する。


 「やはり、今日は冷えますね……」


 白い吐息。やや口元から飛び出た吐息を、周囲の冷たい空気がそれを白濁に染めては押し流す。


 「それに…、今日はいつにも増して静かすぎます」


 視界の中には誰もいない、誰も映らない。月明かりが歩道を照らし、歩く少女に道を示している。


 ___と、思われたが……、


 「んっ、そういえば……」


 少女はピタリと立ち止まり、考えるように自身の手指を顎先に触れさせる。ん~、という音がしたかと思うと次の瞬間に、はぁ~……という溜息が少女の口先から白煙を吐き出していた。


 「そう言えば私、フウタローの住んでる家の住所を全く知らないのでしたね」


 あちゃー、という擬音が付きそうな仕草で額に触れた手先。前へと傾いた首を横に静かに動かしながら、少女は現実という名の絶望に追加で溜息を漏らした。


 「せっかく外へ出たのに、とんだ無駄足になるとは……、今日の私はとことん付いていませんね」


 そんな今日という真夜中に絶望した少女の名は"伯内 愛(はかうち  あい)"と言う。そして、愛は元来た道を戻ろうとして踏み出した足先がピタリと止まった。


 耳を傾ける、すると聞こえてくるのは真夜中にエンジン音を鳴り響かせて傍迷惑な暴走バイクが奏でる疾走音。少女の瞳をライトが照らす、向こうから道路上を爆速で駆け抜けるイカしたバイクの姿を目視したのだ。


 「眩しいですね、それにうるさい……」


 目を細め、耳を両手で塞いでバイクを睨む。その真横、歩道と車道を隔てる空間ですれ違いさまに両者の目がカチ合った。しかし、目が合ったと言っても向こうはヘルメットを着用している為、一方的に愛の方だけ顔を見られたに過ぎないのだが、愛はそれを気にせず過ぎ去るバイクから目線を逸らして前を向く。


 背後へと走り去ったバイク、しかし次に聞こえたのは急ブレーキを掛けた時のタイヤが道路を摩擦する感高い滑走音である。その騒音が鳴り止むまで耳を全力で塞ぎ、そして音が止んだと同時に少し気になり、いざ後ろを振り返ると車道に焼き残ったブレーキ痕、さらには先程に走り去ったと思われるバイクが少し先の方で急停車していた。そして、バイクの運転手が私の方をまじまじと見ていたのである。


 「………?」


 私は脳内に"ハテナ"を浮かべ、視線が合った運転手と数十メートル離れた距離で見つめ合う。


 ___ガタッ…!


 運転手がバイクから降りた、そしてフルフェイス型のヘルメットを着用したまま私の方へと車道上を闊歩し、徐々に歩み寄ってくる姿が見えた。そして、あと私との距離が数メートルのところで車道から手すりを乗り越えて歩道へと飛び移ってくる。


 「………???」


 私は、さらにハテナが増えた脳内で目の前の相手を視認する。相手は女性だ、それは間違いない。そして晒しを撒いた胸部、それにこの格好は……いわゆる特攻服と呼ばれるものだろうか?、そんな奇妙な格好の存在についてヘルメットをしている状態でも分かる事が一つだけある、背丈は私より幾らか低いように思われた。


 そんな相手が、自身の着用するヘルメット越しに話しかけてくる。


 「おいテメェ…、テメェが噂の"どこか儚げな美少女"か?」


 「……………?????」


 どういう状況…???、という当然すぎる疑問が"どこか儚げな美少女"の脳内を何周にも渡って駆け巡る。そして当然、相手に対して返事を返す余裕は私の頭の中には全く以て無かったのだ。


 痺れを切らしたのか、相手が怒ったように自身のヘルメットを掴んでは歩道に投げ出すと、その際に露になった可愛らしい顔、そして懐から眼鏡を取り出すと素早く掛けて怒鳴り声を挙げる。


 「テメェが…!、ジイさんの玉を砕いた張本人かって聞いてんだよ、このクソアマッ!!」


 「___はい…???」


 ジイさん?、玉?、砕いた??、この目の前にいる少女……と、呼んで差し支えないのか分からないが、少女が怒鳴り声を挙げて私へと躙り寄ってくる。思わず足がすくみ、背後へと私は数歩ほど後退するしかなかった。


 「待って、話がなんだか私にはさっぱり……」


 私からの返答、そんなのお構い無しに繰り出された拳が眼前へと迫り来る。


 ___ッ!?


 私は咄嗟に後ろに飛んで避けると、続け様に放たれた次の拳、その手首を捻り上げるように掴むと相手の力任せな動きに合わせて、私の突き出した脚部から一気に相手の体勢を崩して歩道へと薙ぎ倒す。


 ___ドシン…ッ!


 倒れた相手の手首を離さないまま両腕を用いて固定する、これで相手は動けない筈である。


 「グッ……、クソ痛ぇな!、放せよバカ野郎!」


 相手は手足をバタつかせ、先程以上に暴れてみせたが私からの拘束は、そう簡単には剥がせない。


 「あいにく、私は"ヤロウ"でもなければ、先程から貴女がすごく抵抗するから、私は仕方なく強く抑えているだけの事なのですが…?」


 歩道に投げ出されて拘束された少女と目が合った、その瞳には憎悪が露出する。どうしてこんなに私を恨んでいるのか、とても理解に苦しんだ表情で私は相手を見下ろした。


 「どこか儚げな美少女ッ!、うちとタイマンで勝負しろ!」


 「いや…、それで勝負したから今こうして倒れているのでは……?」


 「うるせぇ!、放せよクソアマッ!」


 「まったく、仕方ありませんね……」


 私は、さらに力を込めて相手の抑えた片腕を捻っては反対方向へ折り曲げようとする。


 「これ以上、私に関わらないで下さい。私は
貴女の腕をへし折りたくはありません」


 ___ギギギッ……!


 片腕が軋みを挙げると同時に眼下の少女もまた肘から腕にかけて走った痛みに微かな悲鳴を漏らす。


 「ぐっ……、誰が…テメェなんかに…」


 ___ハァァ…、、、


 私は、短い溜息を漏らしていた。


 「そうですか、なら遠慮なく…」


 ___ゴキッ…!?


 間違いなく肩が脱臼したと確信できるだけの手応えが、眼下の少女から悲鳴となって報せてくれる。


 「グアァッ!?、い…痛ェェェ___ッ!!」


 今回に限りお情けで"脱臼"程度で済ませてあげます、これで懲りたと心から願う事にして、あとは立ち去ろう。まだ朝までは遅い時間帯とは言えども、人目を惹くのは避けなければならない。


 そう考えて、愛は一目散に退散していく。


 「ま……待ちやがれ……、どこか……儚げな…美少女…!」


 そんな悲痛な叫びを無視して私は駆け足気味に立ち去っていく。しかし、脱臼した腕を掴んでは暗がりに這い上がり、そして立ち上がる人影。遠くへ離れていく愛の背中を睨んでは追いかける。


 「待ちやがれ!、どこか儚げな美少女ォ…!!」


 そんな怒号が、私の背後から迫っては追いかけてくる。そして私は、この面倒事に巻き込まれた事を心から後悔していた。


 「もぉ~!、ただ私はフウタローの家を訪ねようとしただけなのに!、何でこんな面倒な事に巻き込まれちゃうのよ……!?」


 両腕を全力で振り、逃げ去るは儚げな容姿の美少女。そして、そんな心からの叫び声が、儚い美少女の喉元を通して夜空に響いたのであった。












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