鬼人の恋

渡邉 幻月

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鬼ノ部 其之壱 運命を覆すため我は禁忌の扉を開く

二. ホヅミと人ども

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 広場でひとしきり遊んでから、ホヅミはハヅキと相談しながら野の花を摘む。綺麗な花が摘めたと、ホヅミが満足そうに笑うとつられてハヅキも笑う。
「今日は帰るか?」
笑い合って、そうしてハヅキはホヅミに聞く。お祝いしたいんだろ? と、続けると、ホヅミは楽しそうに頷いた。
「じゃあ、今日はこれで帰るかあ。」
そう言ってハヅキが手を差し出す。当たり前のようにホヅミはその手を取って、手を繋いでホヅミの家へと戻る。

 ホヅミが最初に“それ”に気付いたのは、いつだったか。ホヅミの住む集落、イナホの里に流れ者がやってきた。それ自体は特別珍しいことではない。実り豊かなこの世界では、着の身着のまま旅に出たとしても、飢えに苦しむことは無い。山奥の、人も亜人も住まないような僻地に入り込まない限りは野垂れ死にするような目にも合わないので、時折ふらりと旅に出る者がいる。
 ただ、この時流れ着いた旅人が、多少変わっている、ただそれだけのこと。それだけのことだと、ホヅミや里の者たちは思っていた。

 流れ者が、“多少変わっている”のではなく問題をおこす“厄介者”だった。そう認識したのは、この日。隣のお姉さんの結婚祝いにと、ハヅキと花を摘んで帰った日のことだ。
 喜んでいるお姉さんの顔を思い浮かべて、自分も微笑みながらハヅキと連れ立って里へ戻ったのも束の間のこと。里がおかしな雰囲気に包まれていると先に気付いたのは、ハヅキだった。
「? なんか、騒がしい? ような?」
「そう、か… な?」
二人が居る場所からは特に変わったものは見当たらない。強いて言えば、まだ日はあるのに、妙に人気が無いということくらいか。それなのに、ハヅキは騒がしい、と感じた。
「どっかでケンカしてるかも。巻き込まれないように、すぐに家に入った方がいいぞ。」
「え? ハヅキは?」
「ん-おれはこのまま走って帰る。ヒトの大人より速く走れるからヘーキだ!」
心配そうに見詰めるホヅミに、にかっと笑いかけてハヅキは言った。そうして、ほら、早く家に戻った方がいい、とホヅミの背をぽん、と叩く。ホヅミは頷いて、少し先にある自身の家に駆けていく。ホヅミが家に入ったのを確認してからハヅキはきびすを返して自分の集落へ戻った。

 ホヅミが家に入ると、困った様子の母と兄弟たちが居た。
「お帰り、無事でよかったわ。」
「ほら、ハヅキが一緒なんだから大丈夫だって言った通りだったろ。」
「そうだけど… でも、あの子もまだ子供でしょう?」
母親と兄弟が口々に話しているのを聞いて、
「何かあったの?」
ホヅミは不安になって尋ねた。そう言えば、父はどこにいるのだろう。
「ほら、ちょっと前にここに来た流れ者だよ。訳の分からないこと言って、暴れてるんだ。」
「今はそいつの家に押し込んで、宥めたりしてるんじゃないかな? 父さんたち、力がある大人はみんなそっちに行ってる。」
「ホヅミ、近付いちゃダメよ。」
家族に口々に言われ、圧されつつもホヅミは頷く。
「近づかなきゃ、ハヅキと遊んでもいい?」
「そうね、ハヅキが一緒なら、まあ… あなたたち、いつも里の外へ遊びに行くものね。」
少し考えて母親は答える。

「早く決着すればいいのだけど。」
不安げに、かの流れ者のいる方向に視線を向ける母親の姿に、ホヅミも一抹の不安を覚えるのだった。

 翌日以降、里の雰囲気がおかしくなった。どこかピリピリとした空気が流れ、お互いを警戒しているような、嫌な緊張感が漂う。今までは寛容だったはずなのに、里の者以外への風当たりが強くなっていく。見知ったはずの、ハヅキに対してまでも。
「流れ者、まだいるのか?」
里の外で待ち合わせて遊ぶようになって、しばらくのこと。ハヅキが尋ねる。
「…うん。ごめんね。」
俯くホヅミに、
「違う違う、大変そうだなって思っただけだ。ちらっと見たけど、他の子供たち、つまんなそうだったからさ。」
慌ててハヅキが言わんとしたことを説明する。
「あ、うん。そうなんだよね。たまに、暴れるんだ。危ないからって、遊べる場所少なくなってさ。」
「追い出さないのか?」
「なんかね、居座ってるみたい。詳しいことは、子供には教えてくれないから良く分かんないんだけど。」
「そうかあ。早く元に戻るといいな!」
元気のないホヅミを元気付けようと思っても、どうにも良い案が思い浮かばない。薄っぺらい言葉だな、と言ってから思うがそれ以上の言葉も思い浮かばない。
「うん。ハヅキ、嫌いにならないでね?」
そっと手に触れてホヅミが言った。
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