鬼人の恋

渡邉 幻月

文字の大きさ
17 / 72
鬼ノ部 其之弐 無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚

四.回想と怨嗟

しおりを挟む
 夢うつつから我に返り、魔王は呟く。
「あの時までは普通に生きていられたのに…」
思ったよりも掠れた声に驚きつつ、すぐに首を横に振った魔王はどの道無駄なことだと思い直す。

 魔王になる前、まだ人だった、否、人だと信じていた頃を思い出す。
それはまだ人と人為らざるものが慣れ合う訳では無くとも、表立って相争うことの無かった時代のこと。

 ある時までは、普通に生きた。ある時までは。
自分が人為らざるモノだと知ったのはいつの事だったか。知性も精神も年相応かそれ以上だというのに、体の発育はそれに遥かに追いつかない。長寿の鬼の子なればこそ、であるのか、時の止まった死者の子なればこそ、であるのか。事情を知る父は子の成長に不安も疑問も思わずに居たが、何も知らない当の本人はそう言う訳にもいかない。
 近所の子等に揶揄われる度に、周囲の大人たちの噂話が耳に入る度に、成長の遅すぎる自分自身を受け入れられなくなっていく。
 やがて、酒に酔った父鬼の戯言たわごとから、自分が何者なのかを知るに至る。

「まあ、鬼と屍の子じゃあな。」
成長の遅さを悩み、揺れる感情を吐露した時に返ってきた、その戯言に似た一言が心を抉る。酒に酔った父鬼は「気にするほどのことでもない」と酒をあおるだけだ。
 屍を嫁とするのも、屍との間に子をすのも、戯れだと言うのだろうか。是、と答えられてしまっては心が砕けてしまうと感じて、この話題を続けるのはそこで止めた。

 けれど、心は騒めくまま。不安が、疑念が、絶望が囁く。
『人の亡骸から生まれた、人にも鬼にも成れぬ半端モノなれば。』と。
「じゃあ、私は一体…」
一体、何モノなのか。根本にかかわるその問いに答えなど無いと察し、そうしてまた半端モノの居場所があるのか分からず、突き付けられたその現実に居ても立っても居られなくなり、その場から逃げ出した。
 何を恨んで、何を憎めば良いのかも判らぬまま、ひたすらさ迷った。生きる意味も判らず、為すべきことも判らず、折れた心のまま、行く当ても無いまま。
…否、亡骸のはらからで来たこの身は、果たして生きていると言えるのだろうか。動き、考え、話し、凡そ生きているものと同じことをするこの身は、死んではいないのだろうか。
「私はなぜ生まれてきたのか。」
そもそも、生まれてきたと言っていいのか。その問いに答えてくれるものは無いまま。

 ただひたすら彷徨さまよった果て、父鬼が禁呪を行った地、即ち母の故郷へと辿り着いたのは、何かの縁か。神の気紛れだったのか。或いは。
 この地が母の故郷と知ったのは、本当に偶然の出会いがきっかけだった。その地をそれと知らず、ひたすらに彷徨う毎日。己が人ではないと思い知らされたのは、飲まず食わずの日が続いてもびくともしないと自覚してからだ。半分死んでいる体は、喰うものが無ければないでどうとでもなってしまった。そうしてまた一つ己に絶望した先で、とある鬼に出会った。
「お前は鬼か?」
そう、声をかけられたのは、絶望の先にこれ以上現世うつしよに留まる意味も見付からず崖から身を投げようとした時だった。
 思わず振り返ると、父鬼以外で始めて見る『鬼』が居た。普通の成人男子よりも背も高く屈強な身体つきのその男を見て、鬼だ、と判ったのは何故なにゆえだったか。人里の草紙にある鬼にある角さえその額には見当たらない。
鬼を鬼として認識したことはない。人に紛れるためか、そう言えば父鬼にも角など無かった。切り取ったのか、見えないようにしていたのか。そもそも角など無いのだろうか。

予感に近い何か、おそらく彼も同じような理由で声をかけてきたのではないだろうか。
「…お前、もしかして…」
父に似た顔を見て、その鬼は誰の子なのか悟ったらしい。

「そうか、あいつは息災か。」
父鬼について聞かれたことに簡単に答えると、その鬼はどこか安心したようにそう言った。
 その後、その鬼は自らの家に招いて、色々なことを教えてくれた。鬼の一族の掟や、鬼が使う術『鬼術きじゅつ』についてなど、何もかもを。
そうして、鬼の角を見せてくれた。
「最近はな、騒ぎになるから人が居そうなところでは隠しているんだ。」
と少し疲れたような表情で鬼は言った。物珍しそうに見えたのだろうか、
「やっぱり、教えていなかったんだな。」
と困ったように眉根を下げる様に、随分お人好しな鬼が居たものだ、とこっそり思う。鬼だからお人好しとは言わないのか、と、どうでもよい事まで考えながら。
「あいつは何を考えているか分からない奴だった。子供が居るとは思わなかったが、必要なことを教えんとはあいつらしいと言えばあいつらしい。」
と鬼は言った。そうして続ける。
「人として生きるつもりなのだろうが、結局鬼は鬼だ。鬼の子のお前も、な。鬼の掟からは逃れられんよ。なんにせよ、会えて良かった。」
鬼はそう言って衣櫃から取り出した紙の束を手渡して来た。
「持っていけ。日記か何か知らんが… あいつのものだ。何が書いてあるかは分からん、流石に勝手に中身を見るのは憚られたし、処分していいかも分からなくてな。お前はあいつの子供だから中身を見ても、まあ俺が見るよりは問題ないだろう。持って帰ってもいいし処分しても良いかもしれない。その辺は任せる。」
丁寧に綴じられてはいたが、随分古い物らしく端の方からぼろぼろになっている。

「じゃあな。あいつの子をやるのも中々大変だろうが、気楽にな。鬼の一生は長い。」
最後にそう言い残して、その鬼は送り出してくれた。

 絶望はまだ、心の底にこびり付いている。それでも、あの鬼の『鬼の子』と言う言葉は覚束なかった足元をほんの少し固めてくれるものだった。
 一人になったところで、ふと思い出して渡された手記らしいものに軽く目を通す。最後の方はもう殴り書きになっていて、読み解くのに時間がかかりそうだった。どうやら嫁を亡くした心境を綴っているらしいことは読み取れた。
…ああ、それで禁呪に手を出したのか。
と、急に腑に落ちる。心の乱れそのままのようなその殴り書き、それほど当時の父鬼の胸の内は正気とは言えない状態だったのではないかと。そう思い至って、何故か少し心が落ち着く。
 きちんと最初から読んでみようと、初めの頁に戻る。

『ただ、ただ、ぼんやりとした日々を過ごすうちに、ふと、何か面白いことをしてみようという気になった。』

その投げ遣りな、自分勝手な言葉が目に入った途端にざらりとした感情がぶわっと沸き上がり、心が締め付けられるようだった。
 これか。これが全ての始まりで、この身が人にも鬼にも成れぬ理由ではないのか。

 恨むべきは、憎むべきは、ただそれだけのために理を歪めるに至った鬼ではないのか?
冷たく燃え上がる感情が、身を焦がしていく。永遠に消えることのない地獄の業火のように。

 その感情は、今も、冷たく燃え上がり、未だに魔王の身を焦がしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

処理中です...