鬼人の恋

渡邉 幻月

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鬼ノ部 其之参 崩れ落ちた世界秩序のその先のために

九. 封印の地へと

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 アマハラ王国で禁足地とされているフシノヤマ。遷都前の旧王国領の北部に位置する森の奥、連なる山々の内の一つで最も標高が高く美しい山がフシノヤマと呼ばれている。ハヅキとミナヅキが居を構えた魔王城を出て、二代目魔王の城を通り、さらに北東へ進むと見えてくる。廃墟になった旧王国の城壁を超え、樹海と呼ばれる森を抜け、漸くその場所へ辿り着くことができる。

 フシノヤマ一帯が禁足地となった理由について、王太子も公爵も知らなかった。ただ、足を踏み入れてはならないとだけ伝わっているのだと言う。口伝はもとより、歴史書などにも残っていない。
「遷都の際に紛失してしまったのだろう。」
とは、公爵の談である。今回の忘却の呪いが原因ではないが、これでは神々の復活に関しては手探りも良いところである。だが、本来はミサキとイブキの二人で対処する予定だったことを考えれば、同行者が増えただけでなんら変化はない。何も期待しなければ良いだけだ、とミサキは思い直す。

 では、何か目新しい情報でもあるだろうか、とその日の野営の時間にミサキは問いかける。
「こちらでは一族に伝わる術の一つが失われました。忘却の呪いのようなので、何が失われたかは分からないところが問題なんですが… そちらも同じでしょうか。」
しれっとそう問うミサキに、コイツやっぱ怖いな、とイブキはこっそり考えている。
「ええ、まあ、その通りです。…しかも魔王の存在が無いというのに、瘴気は一向に収まる気配がなく…」
言い難そうに公爵が答えた。人族で失われたものは瘴気の浄化にも関係しているのだろうか、とミサキは考える。おそらく召喚系の魔法が失われている筈だが、他にも何かあるのかもしれない。二代目魔王の城で見た書物の内容を思い出しながら、ミサキは考察する。
「鬼族では、瘴気に関してはどのような対策をされているのですかな。」
「多少の瘴気には耐性があるので、特には対策していないですね。瘴気の濃い場所には近付かない、くらいでしょうか。」
公爵の質問に、ミサキとイブキは顔を見合わせる。考えてみれば、人族の国の近くの方が瘴気は濃いかもしれない。と、二人は思い至る。
「それは羨ましい限り。」
と、そう一言零した公爵の顔は、疲れを隠せていない。
「魔王が居なくなったのに、瘴気が消えないなんて!」
忌々し気に王太子が吐き捨てた。
「まあ、瘴気と魔王に関係はありませんし?」
ミサキが首を傾げる。その言葉に、人族全員が一斉に視線を向けてくる。
「なんですと?」
「魔王は、まあ、初代、二代目、三代目といらっしゃいましたが… 瘴気の発生には関わっていないはずですよ。二代目魔王はあなた方人族と交戦されていたでしょうが…」
「なんと… では、いったいどうすれば…」
ミサキの言葉に動揺が広がり、人族はそれぞれ不安を口にし始める。

「…おそらく、神々がお隠れになった影響でしょうから、まずは神々の復活を目指しましょう。」
暫く様子を見たがこれと言って結論も出そうにないと、ミサキはどよめくだけの彼らに声をかけた。
「うむ、そうであるな。今となっては、他に妙案もない。」
余計なことを言いそうな王太子の口は、彼の側近が抑えている。その様子に公爵は溜息を吐きミサキの提案に同意するしかなかった。

 まるで海のように見えるその森を抜け、一行はフシノヤマの麓まで来ていた。主に王太子の我儘のせいで思うように進行できずミサキとイブキは苛ついていた。二人だけならもっと早く到着していただろう。彼らの苛立ちに気付いていないのは、何と王太子だけで、公爵はじめ側近や捜索隊の面々は何とか二人についていけるよう腐心していた。それに気付いていたからこそ、二人は仕方なく人族の同行を許し続けていた。
 神々の御座おわしますフシノヤマ。最も神聖で穢れを嫌う唯一絶対の神域である。

「では、登りましょうか。神々がお隠れになったアメノイワヤトは中腹にあるはずです。」
山道の入り口を目の前にして、ミサキは一行に声をかけた。
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