鬼人の恋

渡邉 幻月

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人ノ部 其之壱 神々の黄昏を先導する神の子

三. ホオリとハヅキ

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 ホオリが目覚めた時、真っ先に目に入って来たのは見知らぬ天井だった。
「あの世は存外、質素なものだな。」
思わずホオリは呟いた。そうして傷の痛みに顔を顰めた。
「死んでも傷が痛むのか…」
溜息と共に、記憶を辿る。
 魔王討伐に出発してしばらくは順調だった。順調だったからこそ、油断してしまった、とホオリは歯噛みする。一個師団を率いてのことだったが、兄が一枚噛んでいることを知っていたというのに。殊の外従順だったものだから、疑うことを止めてしまった。
 まさか、魔王の城を目前に裏切られるとは。何人生き残れただろうか。兄の手の者以外は、助からなかったのだろうか。そうだとしたら、申し訳ないことをした。帰りを待つ家族にも。そうして、自分も残してきた両親と、最愛の許嫁を思い出す。
「トヨタマ…」

「目が覚めたのか。」
扉の悪音がして、続けて声を掛けられホオリは驚く。そこには角のある男がいた。亜人、それも鬼族の男かと認識したところでホオリは疑問に思う。よくよく見れば自分が居る場所は、少し古めかしく簡素ではあるが鬼族が好んでいる建築様式である。
「ここは…?」
「ここは西の果てだ。」
「西の果て… いわゆるあの世と言われているところですか?」
「…ここはまだこの世だ。」
「まさか、魔王の城、でしょうか?」
恐る恐るホオリは尋ねた。あの世ではないのなら、西の果てにあるのは魔王城しかないではないか。
「魔王の城? なんだそれは。ここはおれの住処だ。」
ホオリの不安をよそに、鬼族の男は首を傾げている。
「…申し遅れました、わたしはアマハラ王国のホオリと申します。助けていただきありがとうございます。先ほどは不躾に質問してしまい申し訳ない。幾つか質問したいことがあるのですが、構いませんか?」
冷静さを取り戻したホオリは、礼を欠いていたことに気付くと慌てて居住まいを正した。
「ああ、おれはハヅキだ。答えられることだけでいいなら、質問してくれて構わない。」
ハヅキと名乗った鬼の言葉に、ホオリはありがとうと一言謝意を伝えて早速質問に移った。

 ハヅキによると、一命を取り留めたのはホオリだけとのことで、そのホオリ自身も昏睡状態が暫く続いていたとのこと。兵士たちの遺体は放置しても腐るか魔獣の餌になるかのどちらかだったので、既に敷地内に埋葬したと説明されホオリは肩を落とすとともに、安堵もしていた。少なくとも、野ざらしで放置されていなくて良かったと、そう思うと涙が一筋こぼれた。
 そうして、やはりここが魔王の城なのだと確信する。ただし、それは人が勝手に呼んでいるだけだとホオリは知った。魔王であるはずのハヅキは何も知らないのだ。
「…人に係わるつもりはもとより無い。だからここにいる。」
ハヅキのその言葉に、ホオリは恥ずかしく思う。何も知らず、知ろうともせず、ただ勝手に魔王などと呼び討伐しようとしていたのだ。深く恥じ入り事情を説明し、謝罪すると、本当に関心が無いのか気にするな、と返されてしまう。
「それより、ホオリ、この後どうするつもりだ? 殺されかけたんだろう?」
「そう、ですね。継承争いから手を引いていると伝えていたはずが、どうしてこうなったのか… 何か分かれば対処のしようもあるのですが。」
圧倒的な力の差が有る自信からか、ハヅキはホオリが討伐しに来たのだと告白しても気にも留めず、逆にホオリの身の振り方を心配している。その状況にホオリは苦笑しつつ、腕を組み思案する。兄・ホデリが何を考えているのか分からないことには。
「いや、まさか…」
ホオリは呟いた。まさかそこまで愚かなことを? ホオリの眉間にしわが寄る。

「水鏡の術と言うのがある。」
ホオリが唸っているのを暫く見ていたハヅキが声をかけた。
「水鏡の術、ですか?」
「ああ。術を展開した時点から過去にあった出来事を垣間見ることが出来る術だ。どれくらい過去に遡ることが出来るかは、術を展開する際に使用した魔力量に比例する。人族はあまり魔力量がないから、今回はおれが代わりにやってやろう。」
と、ハヅキが提案した。
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