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壱章 転校生の少女

第六話 カルデラ湖の底

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今、僕は、転校生の少女と、山奥の湖で白鳥ボートに乗っている。
正確には、僕が魔法で白鳥ボートに変身させられ、転校生の少女が、漕いでいる状態だ。

帰り道の駄菓子屋で、アイス一本で釣られ、連れてこられたんだ。
湖の周囲には人影も人家もなく、水面は薄暗く、危険な雰囲気を漂わせていた。

もちろん地元の有名なデートコースではない。

「この湖はカルデラ湖で、湖の直下では、マグマが滾《たぎ》ってるの」

カルデラ湖?

そんな地元民の僕も知らない事を、なんでこの子は知ってるんだ?

「マグマが滾《たぎ》ってるって、大丈夫なの?」
「個人差はあるけど、まあ大丈夫よ」
「えっ?なに個人差って?噴火の直撃を受けて大丈夫な個人差って何?」
「恐い?」
「恐いよ!」
「帰る?」
「帰りたい!」
「私を置いて?」
「・・・」
「私1人じゃ寂しいよ」

この状況で帰れる男子が、世の中にどれだけいるだろうか?

湖を見渡すとやはり、カルデラ火山ぽい・・・大丈夫と言われても・・・やっぱ、ちょっと怖い。

僕が恐がってる間も、ボートは湖の沖へとゆっくりと進んでいた。
少女がボートを漕ぐと、彼女のお尻の柔らかさと、ふとももの躍動が、白鳥ボートの僕に伝わってきた。

白鳥ボートじゃなかったら、大変な事になっていただろう。

「えっちぃ」

彼女は言った。僕の気持は筒抜けらしい。

「今日はね、君の中の魔物を呼び覚ます為に来たの」
「僕の中の魔物?」
「そう」

彼女は頷くと、白鳥ボートの上でお尻の揺らした。

すりすりと・・・ふわふわと・・・もう・・・僕の身体は・・・

燃え上がるんじゃないかと思うほど、熱くなった。
彼女は、燃え上がりそうな僕の中で、小声で何かを唱えた。
すると僕の背中から湯気の様なものが出た気がした。

「これは!」

背後を見ると、湯気が徐々に具現化し、巨大な魔物が現れた。
突然の魔物の出現に、時空は淀み、空気が震えた。

魔物は、今にも都市文明を、破壊してしまいそうな圧迫感を周囲に放っていた。

「こんなものが、僕の中の、こんなものが暴れまわったら、僕の人生はおしまいだ」

僕の戸惑いと驚きと叫びによって、僕にかかっていた魔法は解け、僕は人の姿に戻ってしまった。

「しまった!僕は泳げないんだ!」

慌てる僕の身体を、少女は冷静に抱き寄せた。
背後を見ると、僕と同じく泳げないらしい魔物は、助けの手など差し出されず、手をバタつかせながら、カルデラ湖の底へと沈んで行った。

「あっ・・・僕の魔物が・・・」

魔物のくせ、ちょっと間抜け。

「あれが、あなたの中に潜んでいた魔物」

彼女に抱き着いている僕に少女は言った。

湖に沈んだ僕の中の魔物・・・・僕の心を大きな喪失感が襲った。

でも今はそんな事、どうでもよかった。

だって、彼女の胸がすごく優しく柔らかく、そしていい香りがした。
心の喪失感なんかにかまってる場合じゃない。

「あの魔物は、いずれあなたの元に戻ってくる。その時までにあなたは、あの魔物を使いこなせるだけの男に、なってなきゃダメだよ」

と、少女は、僕の耳元でとっても面倒な事を呟いた。


つづく
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