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58話「鮮血」
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「あぐ……っ!」
梓の体は、怪物の大鎌によって腰から胸にかけて、袈裟懸けに切り裂かれた。怪物が大鎌を振るうまでの間に、梓は十分な距離を確保できなかったのだ。
「くぅ……!」
いけない。間合いを開けようということが間違いだった。梓は激痛で倒れそうになったが、歯を食いしばって、それを抑えた。
「……はあぁっ!」
全力で後ろに飛び退いたとしても、怪物は容易く梓との距離を詰め大鎌は今度こそ、梓を両断するだろう。ならば、残された手段は一つだけ。
怪物がもう一度大鎌を振り上げ、梓を切り裂く前に、梓の振り上げた薙刀を怪物に振るうしかない。
梓は出来る限りの最短時間で怪物に薙刀を振り降ろす。
――ブゥンッ!
――ズシャ!
二つの音が同時に梓の耳に響く。
「あ……がは……っ!」
梓の口から、生ぬるい赤い液体が飛び出す。
「あぐ……うあ……」
痛み、吐き気……様々な負の感覚が梓を襲う。梓はその感覚から、不快感の原因が何だかを推測した。怪物の大鎌が、背中から胸を貫通したのだ。
梓が自分の胸を見下ろすと、そこから大量の血が流れ出しているのが見えた。
「あ……」
――ドサッ!
梓が倒れた。本来ならば、アスファルトの冷たさと、生ぬるくドロッとした血の感触と、どちらを先に感じるのだろうう。しかし梓は、全身に感じる激痛の方が優先され、もはや触れる如何なる物の感触も感じなくなっていた。
梓は自分が、どうにか怪物との勝負に勝ったことを自覚した。怪物の大鎌は梓の胸を貫通したが、それだけで留まった。梓が怪物を薙刀で再び切り裂き、破魔の力で浄化するのが、一瞬だけ早かったということだ。
「あ……がはっ……はぁ……はぁ……」
どうにか動く左手で、ポケットのスマートフォンを取り出した。あとは、一刻も早く病院に行って治療を受けるだけだ。
「……」
窓の日差しに反応してか、梓は目覚めた。
「……」
周りを見る。どうやらここは病院らしい。自分の体はベッドに寝かされていて、体は治療されているようだ。
「……はぁー」
梓は仰向けのまま、ゆっくりと息を吐いた。それは完全に生き延びることができたという、安堵のひと息だった。
「神様、ありがとうございます」
梓は目を瞑って神に感謝した。怪物を一撃で仕留められなかった時点で、梓は死を覚悟していた。その上、怪物の速さを考慮せずに、恐怖心と本能によって、咄嗟に後ろに飛び退くという失敗もしたが……それでもどうにか生きているのは幸運としか思えない。
「……どのくらいやられたんでしょうか、私」
梓がそっと手を動かして、自分の体をまさぐる。そこら中に包帯が巻いてあって、体中、包帯でぐるぐる巻きにされているように感じるが……。
「やっぱり、左から斜めに斬られた傷ですか……」
包帯が保護している場所は、一つは怪物に最初に斬られた傷だ。梓は破魔の力を駆使して、いかに呪いを解呪し生き延びるかを考えていたので、傷の深さのことは考えていられなかった。今になって、どの程度の深手を負ったのか気になりだしているところだ。
「えーと……ん……っ」
梓は軽く起き上がろうとしたが、傷口から強い痛みを感じたので思わず唸った。
「……結構酷いみたいです」
梓は仰向けのまま、そっと、大鎌で袈裟懸けに斬られた傷口へと手を当てた。怪物が一撃目を仕損じたのは間違いないが、それによって受けた傷は浅くはないようだ。
梓がちらりと、右の方の胸元も見る。そこにも包帯が大袈裟に巻いてある。こちらの傷は貫通しているだろう。怪人の二撃目は、確実に梓の首を切断できる距離で放たれた。その一撃が胸を貫通しているということは、そこから首に至るまで半秒も経たなかっただろうことを意味している。
「間一髪だったみたいです」
危ないところだった。今になって心臓が激しく波打ってきた。立っていたら腰が抜けていたかもしれない。
「いえ……」
危ないところだったと言うにはまだ早い。梓はそう思い直した。梓はあくまで呪いを斬ったにすぎない。一時しのぎをしたにすぎないのだ。呪いを発動させる誰かが居る限り、大鎌の怪物は、呪った数だけ現れるだろう。
呪いの性質は、まだ完全には分からないが、呪いが具現化した存在を消滅させたのだから、呪いの性質によっては、その代償は、普段よりも多く支払わねばならないだろう。例えそうでなくとも、呪いの効果は完全に無効化され、犯人は呪いの代償だけを受け入れる形になるだろう。
これに懲りて呪うのをやめてくれればよいが……梓には、その程度で犯人が呪いをやめるとは思えない。今まで連続殺人を犯してきた回数分、犯人は呪いの代償を受けているからだ。これは犯人は呪いの代償を受けることが日常となっていることを意味している。
呪いの代償がどれほど重いのかは特定できないが、人を殺める呪いの代償が、軽いはずはないだろう。しかし、代償がどれほど重いとしても、日常的にそれを受けているということは、犯人の感覚は既に代償に慣れ、麻痺していることだろう。
このことは、犯人は人を殺める呪いを発動することにも慣れ、躊躇無く呪いを発動させる神経をしている証明でもある。
「うーん……しばらく穏やかな生活とはさよならですね……」
いくら考えようと、引き出される結論は一つだけ。犯人は、今後も平然と呪いを発動させ、この連続殺人事件は終わらないだろうという結論だけだ。
となれば、私はまた、怪物と対峙しなければならないだろう。それまでに犯人が誰だか分かれば苦労は無いのだが……そもそも、この件に関しては、杏香、そして私自身が一番真相に近いだろう。そして、その二人のうちの一人である私が入院していて動けないのだから、操作が順調に進むはずはない。
「気が重いですねぇ……」
今のままの戦い方と技量で怪物と対峙していては、体がいくつあっても足りない。果たして死神に太刀打ちできるのだろうか。そんな不安もあるが、今は治療に専念しなければいけない。
梓はそっと、目を閉じた。
梓の体は、怪物の大鎌によって腰から胸にかけて、袈裟懸けに切り裂かれた。怪物が大鎌を振るうまでの間に、梓は十分な距離を確保できなかったのだ。
「くぅ……!」
いけない。間合いを開けようということが間違いだった。梓は激痛で倒れそうになったが、歯を食いしばって、それを抑えた。
「……はあぁっ!」
全力で後ろに飛び退いたとしても、怪物は容易く梓との距離を詰め大鎌は今度こそ、梓を両断するだろう。ならば、残された手段は一つだけ。
怪物がもう一度大鎌を振り上げ、梓を切り裂く前に、梓の振り上げた薙刀を怪物に振るうしかない。
梓は出来る限りの最短時間で怪物に薙刀を振り降ろす。
――ブゥンッ!
――ズシャ!
二つの音が同時に梓の耳に響く。
「あ……がは……っ!」
梓の口から、生ぬるい赤い液体が飛び出す。
「あぐ……うあ……」
痛み、吐き気……様々な負の感覚が梓を襲う。梓はその感覚から、不快感の原因が何だかを推測した。怪物の大鎌が、背中から胸を貫通したのだ。
梓が自分の胸を見下ろすと、そこから大量の血が流れ出しているのが見えた。
「あ……」
――ドサッ!
梓が倒れた。本来ならば、アスファルトの冷たさと、生ぬるくドロッとした血の感触と、どちらを先に感じるのだろうう。しかし梓は、全身に感じる激痛の方が優先され、もはや触れる如何なる物の感触も感じなくなっていた。
梓は自分が、どうにか怪物との勝負に勝ったことを自覚した。怪物の大鎌は梓の胸を貫通したが、それだけで留まった。梓が怪物を薙刀で再び切り裂き、破魔の力で浄化するのが、一瞬だけ早かったということだ。
「あ……がはっ……はぁ……はぁ……」
どうにか動く左手で、ポケットのスマートフォンを取り出した。あとは、一刻も早く病院に行って治療を受けるだけだ。
「……」
窓の日差しに反応してか、梓は目覚めた。
「……」
周りを見る。どうやらここは病院らしい。自分の体はベッドに寝かされていて、体は治療されているようだ。
「……はぁー」
梓は仰向けのまま、ゆっくりと息を吐いた。それは完全に生き延びることができたという、安堵のひと息だった。
「神様、ありがとうございます」
梓は目を瞑って神に感謝した。怪物を一撃で仕留められなかった時点で、梓は死を覚悟していた。その上、怪物の速さを考慮せずに、恐怖心と本能によって、咄嗟に後ろに飛び退くという失敗もしたが……それでもどうにか生きているのは幸運としか思えない。
「……どのくらいやられたんでしょうか、私」
梓がそっと手を動かして、自分の体をまさぐる。そこら中に包帯が巻いてあって、体中、包帯でぐるぐる巻きにされているように感じるが……。
「やっぱり、左から斜めに斬られた傷ですか……」
包帯が保護している場所は、一つは怪物に最初に斬られた傷だ。梓は破魔の力を駆使して、いかに呪いを解呪し生き延びるかを考えていたので、傷の深さのことは考えていられなかった。今になって、どの程度の深手を負ったのか気になりだしているところだ。
「えーと……ん……っ」
梓は軽く起き上がろうとしたが、傷口から強い痛みを感じたので思わず唸った。
「……結構酷いみたいです」
梓は仰向けのまま、そっと、大鎌で袈裟懸けに斬られた傷口へと手を当てた。怪物が一撃目を仕損じたのは間違いないが、それによって受けた傷は浅くはないようだ。
梓がちらりと、右の方の胸元も見る。そこにも包帯が大袈裟に巻いてある。こちらの傷は貫通しているだろう。怪人の二撃目は、確実に梓の首を切断できる距離で放たれた。その一撃が胸を貫通しているということは、そこから首に至るまで半秒も経たなかっただろうことを意味している。
「間一髪だったみたいです」
危ないところだった。今になって心臓が激しく波打ってきた。立っていたら腰が抜けていたかもしれない。
「いえ……」
危ないところだったと言うにはまだ早い。梓はそう思い直した。梓はあくまで呪いを斬ったにすぎない。一時しのぎをしたにすぎないのだ。呪いを発動させる誰かが居る限り、大鎌の怪物は、呪った数だけ現れるだろう。
呪いの性質は、まだ完全には分からないが、呪いが具現化した存在を消滅させたのだから、呪いの性質によっては、その代償は、普段よりも多く支払わねばならないだろう。例えそうでなくとも、呪いの効果は完全に無効化され、犯人は呪いの代償だけを受け入れる形になるだろう。
これに懲りて呪うのをやめてくれればよいが……梓には、その程度で犯人が呪いをやめるとは思えない。今まで連続殺人を犯してきた回数分、犯人は呪いの代償を受けているからだ。これは犯人は呪いの代償を受けることが日常となっていることを意味している。
呪いの代償がどれほど重いのかは特定できないが、人を殺める呪いの代償が、軽いはずはないだろう。しかし、代償がどれほど重いとしても、日常的にそれを受けているということは、犯人の感覚は既に代償に慣れ、麻痺していることだろう。
このことは、犯人は人を殺める呪いを発動することにも慣れ、躊躇無く呪いを発動させる神経をしている証明でもある。
「うーん……しばらく穏やかな生活とはさよならですね……」
いくら考えようと、引き出される結論は一つだけ。犯人は、今後も平然と呪いを発動させ、この連続殺人事件は終わらないだろうという結論だけだ。
となれば、私はまた、怪物と対峙しなければならないだろう。それまでに犯人が誰だか分かれば苦労は無いのだが……そもそも、この件に関しては、杏香、そして私自身が一番真相に近いだろう。そして、その二人のうちの一人である私が入院していて動けないのだから、操作が順調に進むはずはない。
「気が重いですねぇ……」
今のままの戦い方と技量で怪物と対峙していては、体がいくつあっても足りない。果たして死神に太刀打ちできるのだろうか。そんな不安もあるが、今は治療に専念しなければいけない。
梓はそっと、目を閉じた。
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