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29 教室

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「駿一! 起きてよ! 駿一!」
「うん……悠……」
「もう! もうすぐホームルーム、始まるよ!」
「ああ……そうだったっけ」

 駿一は朦朧としながらゆっくりと上半身を起こし、ぼんやりした頭をどうにか覚醒させつつ、黒板の上の時計を見た。時計はもうすぐ九時を指すところだ。もうすぐ朝のホームルームが始まる。

「いや、変な夢を見ててな。中学の時に亡くなった、悠って奴が化けて出てきてさ、それで俺に憑りついて大騒動でさ」

 そう。俺は長い夢を見ていた。夢の中には悠の霊が居て、変な宇宙人が居て、変なビッグフットも居て、変な雪女も居て……そうそう、変な巫女さんも居た。不思議なことに、今でもはっきりと思い出せる。

「駿一、それ、夢じゃないよ」
「うん?」
「ほら、あたし、悠だよ。幽霊の悠っ!」
「んあ!?」
「もう、そそっかしいんだから、駿一ったら!」
「……すまん、まだ夢の中だった。もう一回寝るわ」
「寝るな! てか先生来ちゃうよ!」
「そうか。はぁ、悪夢はまだまだ続くな」

 俺ががっくりと肩を落とした時、ちょうど教室のドアが開き、先生が入ってきた。

「はい、みんな席に着いて、ホームルーム始めるわよー」

 俺はぼやけた頭のまま、日直の号令で、起立、礼、着席を一通りやった。

「さて、早速だけど、転校生を紹介するわ、入っていいわよ」

 俺は、こんな時期に珍しいなと思いながらも転校生の方に目をやった。

「うおー、随分派手なのが来たな」
「赤毛に緑髪か、いかしてるじゃん」
「次の風紀検査に引っかかるだろ、ありゃ」

 教室の中に、次々と転校生についての感想が飛び交っている。が、俺はみんなの様に、気軽に感想を口走る事が、どうしてもできなかった。今、目の前では、俺にとって恐ろしく重大な事態が起こっているのだから。

「お……お前らまさか……」

 さっきまで寝起きだった頭が、一気に覚醒した。にも拘わらず、目の焦点は逆に定まらなくなっている。

「ヴェルレーデン国際高校から転校した二口来実ふたくちくるみですプ。今日からお世話になりますポ」
「ヴェルレーデン? 聞いた事無いな」
「私立かな?」
「かわいいな」
「いや、美しいって言うんだよ。ああいうのは」

 皆がまた、口々に感想を言っている。

「じゃあ次、碇夢テイムちゃん、どうぞ」
「ティムだ! 森の方から来た!」
「アバウトな自己紹介だな」
「あだ名か?」
「田舎の子?」
「駿一、邪魔してるぞー!」

 ティムが確実に怪しまれそうな自己紹介をした後で、俺の名前を呼んで手を振った。仕方がないので俺もこっそりと手を上げて相手をしたが……正直、勘弁してほしい。

「あら、碇夢さん、駿一と知り合いなの?」

 先生がティムに聞いた。

「うむ、この三人、皆、駿一と知り合いだぞ!」
「そうなの。じゃあ席は近い方がいいわね」
「そうしてもらえると助かりますピ」
「三人……って事は、雪奈も?」

 ティムの「三人」という言葉を聞くと、俺は雪奈を探した。

「……ここに」
「あ……」

 教壇の上に立っていても存在感が薄いのか、俺は言われるまで気付かなかった。

「きゃー! かわいい!」
「お人形みたい!」

 雪奈が女子の反応に、僅かに首を傾げると、教室は更に女子の悲鳴で沸いた。
 この程度で舞い上がる女子も女子だが、こいつらが来たからには、どんな形であれ混乱は必須だろう。一体どうしてこんなことになっているのだろうか。

「ええと、じゃあ剣持君と後藤君。それから……」
「ほら、あんた、どきなさいよ。きゃー! 雪奈ちゃん、ここ座ってー!」

 女子の悲鳴がキンキンとうるさい。
 俺の周りに座っていた三人は、先生と、キンキンとうるさい女子の一言で席を移動した。

「迷惑な話だな、転校生三人が図々しく人を押しのけて、俺の周りに屯するとは」
「いきなり迷惑をかけて申し訳ないプ」

 ロニクルさんが、俺の右隣の席へ座りながら言った。

「ま、いいさ。この方がお前らが変な事をしそうになった時に、すぐ止められそうだからな」
「正式な席の配置は追々決めるから、取り敢えずその席で我慢してね。では今日のホームルームを始めます」

 先生の声が教室に響く中、俺は悠に話しかけた。

「それより何でこんな事になってんだよ」
「実は、ロニクルさんが言い出した事なんだけど……」

 悠がロニクルさんの方を向いた。

「例によってか。まあ、想像は付いてたが……」

 溜め息をつきながら、俺もロニクルさんの方を向いた。

「ロニクルは駿一との暮らしで、地球人の事については色々と知ることができたピ。ロニクルにとっても、楽しくて有意義な時間だったプ。でも、まだ知らない部分が残ってるんだポ」
「なるほどな、一理ある。が、他の二人が居るのはどういうことだ?」
「ボクも人間の生活には興味があるんだ。それに、色々勉強して、村の奴らを見返してやりたい!」

 ティムが俺の左隣から、ホームルーム中だというのに、無駄にでかい声で言った。

「あら、碇無さんはやる気満々ね。やる気のある子が来て、先生も嬉しいわあ」

 先生は呑気にそんな事を言っている。もしかすると、この学校が崩壊する危機が訪れるかもしれないというのに。
 勿論、学級崩壊ではない。いや、その危険も十分にあるが……ティムが少し暴れれば、この校舎など容易く崩してしまうだろう。

「私は……二人がやるって言うから……」

 雪奈は俯きながら、小声で言った。

「その……無理してやる必要はないんだぞ?」
「ううん、やる……」

 雪奈の目は本気だ。二人がやるから仕方なく付いてきたようなことを言った割に、実は本人もやる気満々らしい。

「いいなあ、私もやりたい」

 悠が物欲しそうに言った。

「お前はいつも来てるだろうが」
「高校生になりたいって意味だよ!」
「迷惑だ。お前は一生それでいい」

 この期に及んでまた一人増えたら、さすがに捌ききれる自信が無い。

「ええー? ……ま、いっか。駿一と一生一緒だもんね!」
「ああ、そうだな……全く……」

 あの時は、その場の雰囲気もあってああ言ったが、よくよく考えてみると、一生こいつに憑き纏われるというのは、相当にうんざりする話ではないだろうか。

「どうやら俺の悪夢はまだ始まったばかりらしい……」

 俺は悠、ロニクルさん、ティム、雪奈の顔を順々に見ると、改めてこれが現実だということを再認識して、大きい溜め息一つをついた。一体これからどれだけの苦労が俺を待ち受けているのだろうか。そう考えると、暫くは夜も眠れなそうだ。
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