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01:『出発点、そして終着点となる時刻』

:02 帰ってきたのは、魔女だった

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 『本日はようこそおいでくださいました!私、東京時空間研究所の所長、時藤叶枝ときとうかなえと申します。まあ、初めましての方は初めまして。えー、早速!時間になりましたので、私たちの発明、タイムマシンについて、ご説明させていただきたいと思います!』

 円形のホールの真ん中に、円形のステージ。その上に長い黒髪の女が立っている。タワーの最上階には初めて来たが、とてもシンプルな作りだった。会場はスーツを来た人が大半。僕達のように何も考えずに私服で来ているのは、ほぼ皆無と言ってもいい。何も考えていなかった。目立つぞこれは。

 めくりはというと、目を輝かせてステージの方を見ている。若干背伸びしながら。周りの人など視界に入ってないようだ。

 『私たちは長年、時間を超えることができないか夢見てきました。皆さんはご存知でしょうか。およそ400年前、時間逆行できるという奇跡の少女が現れたことを』

 ホログラムスクリーンに少女が映し出される。そんな話があったような気もする。確かどこかの機関が研究のためと捕らえて問題となったんだっけな。突然失踪したと聞いたような……。

 「おい、何だお前は!」

 「聞いたこともない言語を話すな……捕らえろ」

 何やら後ろが騒がしい。声のする方を見てみると、ホールの端の方で警備員が数人、何かを囲んでいた。

 「ユウダサムクラ?!」

 「たまご……?」

 よく見ると、何を言ってるかわからないそいつは大きな卵のような形をしていた。おそらく着ぐるみかホログラムか何かだろう。ピエロに雇われた外人がここをパーティ会場か何かと間違えたか。

 「ねえユヅ!もっと前に行きましょう!」

 「うわっ。待ってよ」

 唐突に巡に引っ張られる。ステージを見ると、叶枝さんがタイムマシン完成への道のりについて語っていた。まもなく終わる頃だ。

 『そしてこちらがその実験の集大成。タイムマシンでございます!!』

 人混みに揉まれながらも段々とステージが近づく。周りの人々の隙間から、ステージの真ん中で何かが出てきているのが見えた。人1人入れるくらいの、灰色のカプセルだった。湧き上がる歓声。拍手喝采。

 「うおっ」

 盛り上がる群集の中で、つい躓いて転んでしまう。その拍子に、巡の足首が包帯で巻かれていることに気がついた。くるぶし辺りが特に入念に巻かれていた。

 「大丈夫?ユヅ」

 「転んだだけだよ。巡こそ、その足、どうしたんだ」

 僕が問いかけると、巡はああこれ?と足を軽く上げてため息をつく。

 「なんかよくわからない虫に刺されたみたいでさ。キュアドールはなんともないって言ってたからとりあえず応急処置したんだけど……めっちゃ腫れてんのよねえ。跡残らないといいんだけど」

 ほんと、嫌になっちゃう。と彼女は首を振った。

 「って!そんなのどーでもいいじゃない!!タイムマシンよ!!!」

 巡の声でステージを見上げると、既に叶枝さんが乗り込むところだった。タイムマシンにカメラを持った賢い猿を積んで、なんと過去の写真を撮ってくることに成功したらしい。そしてついに次は人間の番だという。

 「死んだりしないといいな」

 何を思ったのか、僕はついそんなことを口に出してしまう。すると巡は、さらに驚くことを言う。

 「何言ってんのよ。死ぬなんて生温い」

 「え?」

 「過去が変わったら消えちゃうかもしんないのよ?ほんと、よくやるわよねあの人」

 巡らしくない。とても現実的な一言だ。

 「巡ってそんなことまで頭回るやつだったんだな」

 「はぁ?!馬鹿にしないでちょーだい!私だって考える時は考えるのよ!!」

 『では皆さん、数秒後に帰ってきます。向こうの動画をこのカメラに収めて!!!』

 【電気パルス更新。アルファ値ベータ値良好。ワープ空間に移行します】

 機械のナビゲートが叶枝さんの声に続いて無機質に響く。青い光と共にカプセルが浮き上がる。強い風がホール全体を包み込んだ。

 「うわっ、すごいなこれ」

 「歴史が変わる瞬間よ!!」

 手で風から顔を庇いながら、僕たちはその世紀の大発明を見守ることしかできなかった。そしてすぐにカプセルは、大きな音を立てて消えた。まるで雷が落ちた時のような衝撃波と共に。

 「あ、もう帰ってきた!」

 巡が興奮した声を出す。だが顔は強張ったままだ。僕も同じ。目の前の情報量が多過ぎて、処理が追いついていなかった。得体が知れなかった。青白い光が先ほどのステージ上と同じ場所に現れて、すぐにカプセル型の灰色の球体が目に入る。その扉が開くまで、僕たち観客は唾を飲み込み目を見開き様子を伺っていた。

 「ん……?」

 おかしい。一向に開く気配がない。

 「何があった!早く扉を開けろ!!」

 試乗会の進行役の男が叫ぶ。周りがざわつき始めた。

 「ドアポッド解錠ボタン押しました!」

 「よし、合図で一気に開けるぞ。いまだ!」

 ドゴンンンッッ!!

 そんな音がした。僕は自分の目を疑った。カプセルほどある鉄の塊が、扉を開けようとする警備員もろとも扉を突き破ったのだ。目の前に血飛沫があがった。警備員たちの上半身は鉄の塊によって砕け散っていた。

 「きゃぁぁぁぁあ!!!」

 どこかでそんな悲鳴が上がる。巡はというと、固唾を飲んで固まっている。扉は開かなかったが、扉に穴が空いた。その中から人影が出てくる。

 僕は急いで巡の手を取った。

 「なんかやばいぞ巡!!逃げよう!!」

 「待って!!あの人!!!」

 「ええ?」

 巡が指差した先には、扉から出てきた黒い人影が佇んでいた。血塗れになったステージ上で、物憂げな視線をこちらに向ける。

 「ユウダサムクラ……?」

 「あの人、叶枝さんじゃないの??顔が……」

 巡が小さくこちらに囁いてくる。顔は先ほど過去へ飛び立った叶枝さんと瓜二つ。だが容姿が違いすぎる。額に白い突起物が現れ、長い黒髪にやつれた顔。身体中黒いマントのようなもので覆われていた。

 「サムクラァァ!!?」

 そして謎の言語を繰り返すばかり。生き残った警備員は銃を向ける。

 「何者だ!!今すぐ動きを……」

 しかし次の瞬間、その女の額から炎が現れ、警備員の全身を一気に包んだ。

 「ゔわぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 すると急に巡に手を引かれる。次の瞬間、俺がいた場所に炎が落ちていた。あたりを見回すと、火の球の雨がホール中に降り注いでいた。

 「あ、ありがとう巡……」

 「絶対私のそばを離れないでね」

 なんて頼もしいんだ。

 「あいつは一体……」

 「魔女みたいなもんじゃないの」

 巡がぶっきらぼうに呟いた。その魔女は額から炎を出しながら、僕たちの方をじっと見据えていた。

 さて一体どうしたものか。逃げられるかな。

 そう思った次の瞬間、魔女はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
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