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序章>はじめに

Log.3 提案

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 学校の始業式と言えば、校長の長話は付き物である。

 「えぇー改めてぇ……クチャッ、新入生諸君!この度は本当に入学おめでとぅっ!……クチャッチャ。えー是非本校において文武両道を目指し!ンチャ勉学に励んでもらいたい!!」

 ……入れ歯だろうか
 気をつけ、礼をさせられながら俺は唸った。
 ここは体育館。バレーボールコート4面分、バスケットボールコート2面分。公立の割に無駄に広いその体育館は全校生徒が入っても半分は空きのあるくらいだ。まだ出来たばかりで、滑りにくいその床はピカピカ反射している。
 ふと横で大きなあくびが聞こえて来る。見ると美頼がぶるぶると盛大な伸びをしている。女の子なんだからもうちょっと控えめにしろよ。控えめの胸を張って強調するその行動にダメ出ししたくなる。

 「ひゃっほほわっはーーー!」

 ちゃんと喋れてない。すると前からも同じように、

 「ひゃっほほわっはね」

 そう話しかけて来るのは千夜だ。さっきの格闘で舌を噛んだらしい。御愁傷様だ。俺は苦笑いしか返せなかった。
 全校生徒に教室への移動のアナウンスが流れる。ざわざわと喋り声が溢れる中、生徒の群れは出入口付近で詰まっていく。俺らはそれとは反対側の階段から出て、先回りする別ルートへと向かう。
 重く軋む鉄の扉を開けると、外から風が吹きこんで、桜の花びらが目に入りそうになった。

 「ほうひえばあひ、ひめは?」

 「なんて?」

 千夜がよくわからない言語をしゃべるので、咄嗟に聞き返した。すると千夜が右頬を引っ張りながら言い直す。そうすると何故か発音がよくなった。

 「んんっ……そうひえばアキ、決めた?」

 「なにを?」

 「部活動だひょ!ほの学校入ってすぐ決めなきゃダメでしょ?それにほら!毎年一年生が新ひい部活を作れるって制度もあるじゃん!」

 「あぁそういえば……部活動提案、か。なんも決めてねぇな……」

 広げてた口の中に花びらが入ってむせてる千夜を横目に、校庭脇の桜並木を歩く。穏やかに吹く風は心地よい。美頼はというと、きゃははと騒いで宙に舞う花びらをキャッチするゲームに勤しんでいて、こっちの話には耳も傾けてないようだ。

 「千夜はなんか決めたのか?部活」

 「そうだね。実を言うと新しひ部活を設立ひようかなって思ってるんだけど。それでアキに聞いたんだ。内容がアキあっへの部活だからさ」

 「ん?俺あっての部活?」

 ドサっと豪快にこける美頼。と思ったら前転してすぐに起き上がり決めポーズ。身体能力の高さはわかったからほんと変なことしないでください。気が散る。

 「まあまあ、早く教室いこ。ほれからゆっくり話そう」

 遠くに体育館の正面入口を見ながら千夜は言った。俺も振り返ると、そこから出て来る生徒の雪崩は終わり、小川くらいになっていた。こっちのコースからだとやはり遠回りなので、時間の面では明らかに遅れをとっていることになる。
 俺は千夜にそうだな、と軽く返事をして、スカートや制服についた汚れを払う美頼を急かし、教室へと急いだ。教師に初日から目をつけられたくない。




 「「すいりもんどうぶ???」」

 予鈴が鳴り響く教室の中で、俺と美頼は聞き返した。クラスの半分程の生徒は席を空けていて、その教室の中央辺りに俺らは座っている。出席番号も土岐下、仲山、柊木の順に綺麗に並んでいて、千夜が椅子に逆に座って後ろの二人に顔を向けている、そんな状況だ。
 千夜は少し得意げになって言う。

 「そ。推理問答部。ほら、アキが前探偵になりたひとか言ってたひゃん?だから探偵の修行ついでにふかつも楽しめるんじゃないかなって」

 未だに呂律が回ってないが、もう彼が頬を手で引っ張るなんてことは必要なくなっていた。
 千夜の話を聞いてなるほどと思う。
 この学校、羊嶺高校は部活動が多種多様なことで有名だ。なぜなら、毎年行っている部活動提案という取り組みのためである。これは新入生が作りたいと思った部活は大抵作れるが、大抵はすでにある部活動で事足りるので誰も提案に参加しない。参加したとしても、部員が集まらなければ意味もない。また人気がなくなった部活は廃部になる。そのようにバランスを保っているのだ。
 初期の部員人数は三人以上五人未満で同好会扱い。五人以上であれば正式な部活として部室が提供される。つまりその最低限の人数の三人は俺らで足りているので、この部活、推理問答部が採用される確率は高い。美頼が他に入りたい部活がなければ、の話だが。

 「ひーちゃんは多分アキについて来るよね」

 千夜が声のトーンを変えずに話す。俺が美頼の方へ振り返ると、彼女はキョトンとした目で紙パック入りのアサイージュースを飲んでいた。美頼がストローから口を放すと、ズズッとパックの中に空気が入る音がした。

 「なんかその言い方ムカつく。あんた達がその部活行くってんなら入るしかないじゃん。別に嫌じゃないけどさ。ふぅ……私がコミュ障を克服できればねぇ……」

 ハキハキと話す声と共に口を尖らせる美頼。
 そう、美頼は大の人見知りだ。堂々とした態度ではいるが、見ず知らずの他人を相手にするとテンパってしまう。特に俺や千夜みたいな知り合いがその場にいなければ、それはそれは残念な光景が目に見える。
 千夜があははと笑ったところを、美頼は鋭く睨みつけた。縮こまる千夜。

 「まあ俺は作ってもいいぜ。推理問答部。ほんと、特に入りたい部活とかなかったから。しかしよく覚えてたな。そんな昔のこと」

 「えっへへ。僕記憶力には自信があるんだよ。覚えといてあげたお礼にお昼奢ってくれてもいいんだよ?お?」

 調子のいいやつだ。まったく……

 「あ、じゃあ私アイス奢って」

 「いや奢らねーぞ!?!?」

 便乗するなと咄嗟につっこんでしまう。今月始まったばかりなのに小遣いを使い果たしてしまうのは困る。するとなにか千夜の雰囲気が変わる。

 「わかった。奢らなくていいから。三人で昼ごはん食べよう。今日親に食べてこいって言われてさ。頼む」

 先ほどまでのふざけた感じではない。とても必死な空気を醸し出してくる。キャラを変えてきやがった。

 「お前昼飯に命かけてんのかよ……まあいいや。仕方ないから付き合ってやるよ」

 「ありがとう。ぼっちは辛いんだ」

 切実かよ。
 美頼はというと、後ろで気だるげに頬杖をついてこちらを見ている。お前も行くってことでいいかと聞くと、やれやれと言うようにコクッと頷いた。
 同じくらいのタイミングで、担任の細井――実際の体型は太いので太井とも呼ばれている――が入ってきて、帰りのホームルームの号令がかかるのだった。
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