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第2章>仔羊の影踏[ゾンビ・アポカリプス]

Log.31 uncomfortable feeling

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 三時間前。たぶんそのくらいの時間。俺達は薪原麻尋の家に向かっていた。

 なぜかと言うと、図書館で俺があの写真を見た後、あの父の顔を見た後、案の定俺は気絶した。そしてもう1人の俺、シロの方が出てきて、言ったのだという。

 「たぶん、薪原さんだっけ?あなたの家に行けば少しは真相に近づけるかもしれない」

 シロはそれ以外何も語らなかったという。みんなの制止を振り切って家に帰ったという。全くもって役立たずな奴め。

 そして今日。4月30日日曜日。俺と美頼は薪原にもらった地図を頼りに、交通量の多い国道沿いを歩いている。脇には街路樹と、様々な店が立ち並ぶ。ちょうど学校に対して俺らの家とは反対側。

 残念ながらあのやかましい千夜君は風邪で寝込んでしまっている。本当に残念だ。休日なので、美頼はもちろん、黄色いダボシャツにダメージジーンズといった私服姿である。

 「ほんっと……意味わっかんないよね。あんたの人格はっ……よっと」

 そう言いながら彼女は、先に進む俺の後ろを、道路の色つきタイルをたどって左右にジャンプしている。よく俺も小学生の頃やったなぁ……。人通りが少なく、誰にも迷惑をかけてないし黙っておこう。

 「あぁ」

 短く返事をして俺は地図をもう一度見る。学校を通り過ぎてからかれこれ15分が経つ。ようやく薪原の家が見えてくるらしい。

 「って……なんだこりゃ?」

 「ぶわぁっ!」

 俺が驚きの声をあげて立ち止まると、美頼は俺の背中にぶつかった。後ろからいらだちを隠さない声が聞こえる。

 「ちょっとアキ!急に止まんないでくれる?!」

 「いや、お前も見てみろよ。ここが薪原の家らしいんだが……」

 そこにそびえ立っていたのは、豪邸だった。それこそあれだ。英語で言う「mansion」だ。

 声がしなくなったので見てみれば、美頼は口を開いたまま塞げなくなっていた。

 「とにかく門まで行こうか」

 大きな柵に囲まれているが、門までは少し路地に入らないといけないらしい。トラックが通る大通りから脇道にそれて、俺らは閑静な住宅街に来た。門まで一分はかかった。

 「薪原……だね」

 表札の字を確認して美頼が呟く。俺は半信半疑でインターホンを押した。しばらくして高貴そうな声が聞こえてくる。

 『はい。薪原です』

 「あ、あの……な、仲山、秋です」

 『あぁ、秋山君ね。少々お待ちください』

 プツッとスピーカーが切れる音がする。あいつは俺のことを秋山として家の人に話しているのか……全く。なんか無駄に手汗が気になってきた。横を見ると、美頼は携帯を手鏡代わりにして髪を整えたり、服装をチェックしたりしている。

 「私、もっとおしゃれな服着てくればよかった……」

 残念そうに言うので、俺は笑って返した。

 「お前っぽくていいじゃねーか」

 「どういう意味よ」

 美頼に喧嘩を売ったところで、ちょうど玄関の戸が開いた。どちらかと言えば開くのが見えたと言う方が適切だろう。門から玄関までは数十メートルはあるのだから。

 そこから出てきた人物は、ゆっくりと姿勢良く歩いてくる。使用人だろうか?こんな屋敷なら何人かいてもおかしくないが……いや、メイド姿というよりは、綺麗な服を着ている。長い黒髪に、白のワンピースだ。薪原のお母様か?もしかして姉とかいるのかな?

 そこまで考えたところで、その人物の顔がはっきりと見える位置に来た。紛れもなく薪原麻尋本人だった。

 「マヒロンじゃんあれ!おはよーマヒロン!」

 美頼も気づき、元気に手を振る。するとにっこり笑って、門まで来ると鍵を開けてくれる。なんだか様子が変だ。そして息を吸って彼女はこう言った。

 「本日はようこそおいでくださいました。わたくしの家へ」

 先ほどの高貴そうな声だ。瞬きしてもう一度顔を確認する。だがしかし、愛想よく笑っているのはどう見ても見慣れた麻尋の顔だった。
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