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茜空へ願いを

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奴隷売買から奴隷派遣に転向して早数ヶ月。
新ビジネスは見事軌道に乗り、奴隷によっては1ヶ月待ちの派遣予約が入っていたりする。
奴隷相手に週休2日を徹底しているのも予約が嵩む原因だろうが、そこはホワイト企業を自負している『ヤマルータ商会』であるから譲れない。

ともあれ、倒産の危機が迫っていた我が商会も、見事に復活を遂げる事ができたのであった。






「ただいま帰りました、ご主人様。」

リビングで葉巻をふかしていると、金髪碧眼の美人エルフが帰ってきた。

「おう、おかえりシルフィ。今日はどうだった?」

「魔術師団の方々もようやくレベルが上がってきました。もう少しで一人前と呼べる人も出てくると思います。」

「国の誇る魔術師団も、魔術特化種族のエルフにとっちゃ子ども扱いだな。」

「そもそもの魔力量からして桁違いですから。それでもよく頑張っている方だと思います。」

「魔術師団長から礼の手紙が来てたぜ。シルフィのお陰で魔術の水準が上がって、視察に来た国王陛下からお褒めの言葉をいただいたんだとよ。」

「そうですか。それは何よりです。」

上品に微笑むシルフィ。
魔術師団所属の貴族なんかは彼女に求婚する者もいるらしいが、その尽くを即答で断っているらしい。

「お前はちょっと働きすぎだよな。休日だって家事やら何やらしてるだろ?もう少し他の奴らにもやらせて良いんじゃないか?お前ほど派遣しない奴だっている訳だし。」

「私はご主人様の為に動いている時が一番幸せなのです。ご主人様のお世話をする事が人生の潤いなのです。ですからこの役目は誰にも譲りません。」

「しかしなぁ……それで倒れられたりでもしたら、俺が困るんだが。」

「家事はなるべく私がさせていただきます。」

きっぱりと言い切るシルフィ。
基本的に俺の言葉には絶対服従を貫く彼女だが、こういうところは頑固だ。

「む……なら、何か欲しいものはないか?」

「欲しいもの…ですか?」

「あぁ。毎日頑張っているお前に、俺が何かしてやれる事はないかと思ってな。」

そう言うと、シルフィは暫く考え込んでいたが、やがてハッと目を開いたかと思うと、モジモジとしながら頬を染めて俺を見た。

「で、でしたら…その………」

「ん、何か決まったか?」

「た、たまに…その……ご、ご一緒に、ね……寝ていただけると……嬉しい…です。」

頭から湯気が出そうな程に顔を赤くしたシルフィが、たどたどしくそう言った。
彼女がこういった事を願うのは滅多にない。
ミィやリリーと違って、シルフィは"おねだり"が苦手で控えめな性格だからだ。

そんな彼女が恥ずかしそうに悶えながら懇願する様子を見ていると、俺も柄にもなく胸が高鳴った。
めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか……

「わ、わかった。そんなんで良いなら、いつでもな。」

「ほ、本当ですか!」

パァッと表情が明るくなった。
この笑顔の為なら何だってできる。
本気でそう思った。



シルフィはトップクラスの冒険者パーティーから迷宮攻略の為に雇用されたり、国の魔術師団から指導員役として雇用されたり、貴族から魔術教師役として雇用されたりなど、主に戦闘や魔術指導の勤務内容で派遣している。
ヤマルータ商会でも一番の稼ぎ頭で、1ヶ月待ちの予約になっているのも彼女だった。

忙しい彼女の為にできる事は全力でやろう。
それが、主人である俺の役目というやつだ。







「主、お腹すいた。」

「ミィ、さっき昼飯を食べたばかりだろう?」

リビングのソファに座った俺の膝上におさまっている銀髪の虎獣人。
ミィが琥珀色のつぶらな瞳を俺に向ける。

「もう2時間も前のこと。」

「まだ2時間、な。」

ミィが不満げな顔をする。

「あと1時間待ちなさい。そうすればおやつの時間にするから。」

「ミィは1時間も我慢できない。」

「いつも我慢してるじゃないか。」

「いつもはシルフィがいる。シルフィは怒ると怖いから我慢するしかない。」

シルフィは今日も派遣先で頑張って働いているはずだ。
ミィはシルフィと比べると予約件数は多くない為、休みの日もたまにある。

「俺だって怒ると怖いぞ。」

舐められてるのかと思いそう言うが、ミィはふりふりと首を振った。
ついでに細長い尻尾も揺れる。

「主も怒ると怖いけど、怒らない。主は優しい。」

「む……そうか。」

「ん」

とりあえず頭を撫でる。
目を細めて、ほんの少しだけ口角を上げた。

「……仕方ないな。今日は特別だぞ。シルフィには内緒だからな。」

「ん、絶対言わない。主はチョロいとか言わない。」

「お前やっぱり舐めてるよな。そうだよな。」

「舐めてない。ミィが舐めるのは主のあ「おい馬鹿やめろ!ここは大人の世界ノクターンじゃねぇ!!」……わかった。」

こいつは平気でレーティングZな事を言ったりするから冷や冷やする。
見た目は幼い系ロリなくせになんて奴だ。
…そんなミィに手を出している俺が言えた事じゃねぇな、マジで。
一応弁明しておくと、襲ったのはミィだから。
俺は被害者だから。
少なくとも最初は。

「とにかく、今日は早めのおやつにしてやるよ。クッキーとサブレ、どっちが良い?」

「まずはクッキー。そして1時間後にサブレを食べる。」

「…おい、正規の時間にもおやつを食べる気か?」

「ん、もちろん。」

「いや、駄目に決まってんだろ。おやつは1日1回だ。」

「だいじょぶ。主はチョロ……優しいから。」

「お前やっぱ舐めてんだよな!?」



ミィは犯罪捜査等の為に衛兵団から雇用されたり、貴族の護衛として雇用されたりする事が多い。
獣人の中でも特に五感が鋭く俊敏性も高い為、犯人逮捕に貢献する事が多いのだ。
貴族の護衛に関しては、あれだけ問題を起こしまくって返品されまくっていたのが信じられないほどきっちりこなしている。
やっぱり意図的にやりすぎていやがったなこいつ…。
まぁコミュ力がないのは素なんだが、リピーターなんかはそれを承知の上で雇ってくれるのだから、今のところ大きな問題はないのだろう。

また、意外にも隠居した老貴族から話し相手として雇われる事もよくある。
話もリアクションもほぼ皆無なミィを話し相手にするとは酔狂だと思うが、これがなかなかの人気なのだ。
黙々とおやつを食べながら話を聞き続けてくれるのが、隠居老人達にウケているらしい。
なんとなく孫っぽいからだろうか。

ともあれ、かつては色々と問題を起こしていたミィもこうして頑張っている。
舐められるのは癪だが、たまにはこうして甘やかしてやるのも、悪くないだろうと思う。







「ふぅ……」

「おかえり、リリー。お疲れだったな。」

「あっ、旦那様……まだ起きていらっしゃったのですか?」

「まぁ、な。」

夜も更けた真夜中。
小さな灯りだけが灯る薄暗いリビングでウイスキーを飲んでいると、疲れた様子の黒髪長身の淫魔族サキュバスが帰ってきた。

「……まさか、私が帰るのを待っていたのですか?」

目を丸くするリリー。

「いや、まぁ何というか……こんな時間に行かせて悪かったと思ってな。」

顰め面でそう言うと、リリーは口に手をやって優しげに笑った。

「ふふ…そんな事、旦那様が気にされる必要はございませんのよ。私は奴隷なのですから、旦那様はただ命令をするだけで結構です。私は喜んで従いますわ。」

「そういう訳にもいかんだろう。お前らは確かに俺の奴隷だが……家族でもあるんだからな。」

家族。
以前ならば決して言わなかった言葉。
どうせ売るのだからと、必要以上に愛情を持たないようにしていた。
少なくとも自分ではそう気をつけているつもりだった。

「まぁ……」

リリーが目を見開く。
赤い瞳が潤む。

「だ、旦那様…ついに……ついに……」

ワナワナと身体を震わせ、いまにも号泣しそうになっている。

「ついに私を妻にしていただけるのですね!?」

「いや、なんでやねん。」

即ツッコミ。
自然と関西弁になる。

「ち、違うのですかっ?」

「どうしてそんなに驚いているのか知らんが、俺がいつ求婚した?」

「だって、私のことを"家族"と……つまり、嫁ですわよね?」

「ちげぇよ。むしろお前らは娘だろ。俺は父親だ。」

「父親なのに娘を抱かれるのですか?」

「うっ……」

反論できん。
仕方ないだろ、俺も男だ。
そもそも襲ってきたのはお前らだろうが。

「旦那様がそういったプレイに興味がおありなら、私も受けて立ちますわ。ねぇ、お父様?」

リリーが隣に座ってしなだれかかってくる。
やや厚い唇から熱い吐息が漏れていた。
思わず吸い付きたくなるのを我慢する。

「や、やめろ。そういうつもりで言ったんじゃない。」

「では、近親プレイはされないのですか?」

「………そのうち、な。」

俺ってやつは…っ!!

「ふふっ、承知しました。そのうち、ですわね。」

見透かされたような笑み。
気恥ずかしくなって顔を赤くする。

「あらあら、可愛いですわ旦那様。食べちゃいたくなります。」

「やめろ。そんな事言われる歳じゃねぇよ。」

「男は幾つになっても少年ですわ。」

「それは男が浪漫を語る時だけ言って良い台詞なんだよ。」

「これは失礼致しました。」

「……はぁ。もういいから、とにかく風呂に入ってこい。疲れてるだろ。」

平気そうな顔をしているが、疲れを隠しているのが俺にはわかった。

「…旦那様には隠し事はできませんわね。それでは、お風呂に入って参りますわ。旦那様もご一緒にいかが?」

立ち上がったリリーが妖艶な瞳を向けてくる。
揶揄うような笑みが、俺の"男"を刺激した。

「……そうだな。久々に一緒に入るか。」

「…え?」

意外そうに目を丸くする。
そんなリリーの腕を掴み、浴室に引っ張っていく。

「えっと、だ、旦那様?」

「一緒に入るんだろ?なんだ、冗談だったのか?」

「冗談というか何というか…そうなったら良いなくらいの気持ちはございましたが。」

「嫌じゃないんだろ。なら良いじゃないか。」

「も、もちろん嫌なはずございませんわ!」

「よし、行くぞ。」

困惑するリリーを引っ張り歩く。
生意気な悪魔に、主の威厳というものを教えてやろう。



リリーはシルフィやミィと違い、戦闘が必要な労働はしない。衛兵団に雇用されて、魅了魔法を使って囚人や犯罪者の尋問をしたり、淫魔族の力で貴族の不妊治療や勃起不全の治療などをする事が多い。
特に尋問能力は国のお偉いさんからも高く買われており、急な要請が入る事もあった。
今日は他国の間者スパイを捕縛したとのことで、早急に尋問をしたいという事で既に夜であったが急遽派遣したのだった。

シルフィやミィよりも偉い人に会う機会の多いリリーは、身体的にはもちろん精神的な疲労も溜めやすくなっている。
どうにかして解消させてやりたいとは思うのだが、つまるところ、淫魔族にとって一番のストレス解消となると………そういう事である。
主として彼女のストレス解消に協力するのは当然の事である。
これは彼女の為なのだ。
決して自分の欲望の為ではない。
……ちなみに、リリーは娘よりも母役の方が似合っていた。







「お疲れ様、テル。景気が良さそうで何よりだわ。」

「おっ、エリーか。そちらこそ、ギルド内で評判らしいじゃないか。次期営業部部長の筆頭候補だって。」

夕刻。
仕事帰りにしてはやや早い時間に我が家を訪れたのは、商業ギルドの第三営業課課長を務める藍色髪の美女、エリーであった。

「それもテルのお陰だわ。貴方の新事業への協力が、ギルドで高く評価された。5年以内には部長になってみせるわ。必ずよ。」

水色の綺麗な瞳をギラギラと滾らせるエリー。
相変わらず冷静そうな顔に似合わず野心家だ。

「少しでもエリーの役に立てたのなら良かったよ。お前には返しきれない程の借りがあるからな。」

戦う力もほとんど持たず異世界に来た俺が、とりあえずの支度金を元に商売をしようとしていた若かりし頃。
当時はエリー自身も新人であったが、常に親身になって協力してくれる姿に何度励まされたことか。

「あら、それはこちらの台詞よ。貴方には返しきれない恩があるもの。どうやって返せば良いのか、教えてほしいものだわ。」

眼鏡をクイッと上げて微笑むエリー。
その笑顔に胸が締め付けられるような気がした。

「恩って言われてもな……俺がお前にしてやれた事なんて大してなかっただろ。」

「テルはいつもそう言うわよね。でも、私は忘れないわ。貴方に助けてもらったことを。決して、ね。」

「そうかい。」

何となく恥ずかしくなって後頭部を掻く。
最近、しょっちゅう照れている気がする。
もうそんな若くもないというのに。



「………なぁ、エリー。」

「なにかしら?」

「俺達、もうそろそろ良い歳だよな。」

この世界に来て10年。
エリーはあと2.3年で30歳になるし、その頃には俺は30半ばだ。

「そうだけど…なに、私が歳だって言いたいの?」

眉を顰めるエリー。
そんな表情も愛しく思ってしまう。

「ちげぇよ。そうじゃなくてな……俺はずっと、自信がなかったんだ。」

「…何の話?」

「まぁ聞け………エリーはトントン拍子に出世して、その歳で大規模ギルド本部の課長にまでなっちまうし、あと数年で部長になれる可能性だってある。お前は本当に凄い奴だよ。」

「…………」

「それに比べて俺は一介の商人だ。最初はそこそこうまく稼いでいたけど、結局はうまくいかず、あやうく奴隷のヒモになるところだった、情けない男だ。」

「………うん。」

「だが、今回の事で俺はようやく自信が持てるようになった。俺の経験だって捨てたもんじゃない。まだまだできる事はある。」

「……うん。」

リリーの瞳が潤む。

「もっと大きくなってやる。これからも稼いで、もっと奴隷仲間を増やして、更に稼いで……いつか、もっともっと大きな男になってやる。約束する。」

「……うん。」

潤んだ瞳から、一雫溢れ落ちた。

「だから…だから……」

「…うん……うんっ……」

唇を噛み締めて、それでもしっかりと俺と目を合わせてくれるエリーに、俺は優しく手を伸ばした。
さぁ、照谷丸太テル・ヤマルータ、男を見せろ!!






「俺と……けっこ『ちょっと待ったぁ!!』ぬぉぉぉ!?」

ドンガラガッシャーン!!的な音を響かせて部屋に侵入してくる3つの人影。

「ご主人様、それ以上はいけませんっ!!」

「主、騙されちゃダメ!」

「旦那様、抱くなら私を!!」

侵入して早々、俺を押し倒すように抱きついてきた3人が口々に好き勝手に物申す。


「え、ちょっ……お、お前らいつから…?」

「つい先程です、ご主人様。何やら嫌な予感が致しましたので、早急に帰宅致しました。」

「ん、ミィも。殺人鬼をぶん殴って帰ってきた。」

「私は何やら発情した雌の匂いを嗅ぎ取って。」

「な、何なのよ貴女達……ていうか、発情した雌って誰の事かしら?」

混乱したと思ったら耳聡く聞きつけてリリーを睨むエリー。
その隙を縫うようにミィが俺の腕をがっしりと掴んだ。


「主…主はそこの女に騙されている。主はミィの番つがい。思い出して。」

「いや、思い出すまでもなくそんなの初耳なんだが。」

「無念……」

「……まぁ、番になるの自体は、悪くねぇけどな。」

「っ!?」


「ご、ご主人様!」

「シルフィ?」

「ご主人様は私達を捨てられるのですかっ!?」

「何でそうなる!?そんな話は欠片もしていなかっただろう?」

「で、ですが…ですが……」

オロオロ…オロオロ…

「落ち着けシルフィ。お前らが辞めたいと言わない限り、俺がお前らを解雇する事はないから。」

「うぅ…それは嬉しいんです……でも……」

「安心しろって。……シルフィは2番目じゃ不服か?」

「え?………えっ!?」


「旦那様、私は……?」

「リリーは……うーん……」

「旦那様?…そ、そんな……そんな……」

「お、おい泣くな。冗談だから。ちゃんと考えてるから!」

「そ、そうですか……良かった。」

「お前みたいな良い女、頼まれたって手離す訳ねぇだろ。」

「だ、旦那様っ!?」


「これは……どういう状況…なの?」

「すまん、まさかこんな事になるとは思わなかった。」

「う、うん。まぁ、そうよね。」

「……話はまた今度、だな。」

「………そう、ね。」

「あ、でも……」

「どうしたの?」

「……好きだぞ。」

「そう………んぅっ!?」




「さぁ、エリーもいる事だし、久々に飲みに行くか!!」

気恥ずかしさを誤魔化すように声を張る。
赤くなった頬を見られないよう、そそくさと扉へ向かった。

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

「ご主人様!」

「ん、ご飯…行く。」

「今宵はお祝いですわね。」

4人が何やら言いながら追いかけてくる。
奴隷商人としては二流の俺だったが、こうして幸せな明日へと一歩を踏み出す事ができた。

追いついた皆の笑顔を見て頬が緩む。
これからもこうして笑い合える日々でありますように。

柔らかな夕日に染まる茜空に願う。
どこぞの教会の鐘の音が響き、白鳩の群れが羽ばたいた。
あの鳩達は、どこへ行くのだろうか。
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