上 下
1 / 1
1章

プロローグ︰国の終わり1

しおりを挟む
「ねえ、キース様?」
「何でしょう?アリス王女」

庭に出て話がしたいと言われた。今日のパーティは僕たち二人の婚約発表だ。主役である僕たちが庭で話をするのは少しばかり問題があるはずだが、母様と父様が気を利かせてくれた。
去り際に父様が、「襲うのはまだダメだぞ?」と何やらおかしなことを言っていたが気にすることは無い。たまにおかしなことを言うのだ、父様は。この前なんて「もう一人作ろうかな~」などと母様の後ろ姿を見ながら言っていた。作るってなんのことだろ?と思っていると、母様が聞いていたらしく、「子どもの前でそんなことは言わないでください!」と怒っていたからきっと碌でもないことなのだろう。きっとそうだ。いつもは一緒に寝てくれる母様がその日は寝てくれなかったことからもそうだと思う。

「キース様?大丈夫ですか?」
「あっ、は、はい。何でしょうか、アリス王女?」
「いえ、キース様の体調が優れないのではと思いまして」

あの日のことを思い出して父様の悪口を心の中で吐いていた僕の様子が体調が優れないと勘違いしてしまったようだ。

「いえ、大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます。」
「お礼などいいのです。心配するのは当たり前なのですから。」

社交界に出て人の嘘には敏感だからこそ、彼女の言葉に偽りがないとわかる。そして、それが嬉しい。彼女が僕に本音を言えるのだということが、僕と彼女の壁をなくしている気がして嬉しい。


ん、?そういえば、

「アリス王女、話があるのではなかったですか?」

和んでしまって危うく忘れるところだった。

「ええ、そうでした。はなしが......ある、ん、でした。」
「アリス王女?大丈夫でしょうか?もしかして気分が優れないのでは?」

アリス王女は僕の問いかけにすぐには答えなかった。幾分かの間が空いたあと


「いえ、大丈夫です、それでお話でしたね。」
「え、ええ、そうです」
「あなたへのお話というのは.........」

勿体つけたように話さない彼女。もしかして言いづらいことなのかもしれない。無理に言わなくていい、そう僕が言おうとしたよりも少し早く、彼女が口を開いた。

「私があなたのことを心底嫌っているということですわ。あなたといるだけで虫唾が走るのです。だからどうにかならないかとお父様に話しましたら、ふふっ、いいことが聞けたのです。お父様の国、スルターヌはあなたがたの国、アステリアを攻めるおつもりだと。」

青天の霹靂、とはこのことだろうか。さっきまでの優しい彼女とはまるで違い、自分のことを見下した目、そして、暴言。さらには、最後になんと言った?スルターヌがアステリアに侵攻する、と?ありえない、そんなはずはない。頭が混乱してまともな思考ができない。そこに追い打ちをかけるアリス王女の言葉。

「もう始まっているのよ、お父様もせっかちな人だから。」
「は、始まっているとは?」

あまりの動揺に言葉が震えてしまいそうになるのをこらえて、問いかける。

「あら、分からないの?この国は王が愚かであればその子どもも愚かね。決まってるじゃない始まりなんて。進軍、よ」

聞きたくなかった、できれば聞かずにいたかったその言葉は、罵倒のおまけ付きでさらに僕の心をえぐる。

「あなたを切るおつもりなのですか。そちらの王は。」

仮面をかぶって相手の腹を探る。今すぐに叫びだしそうな僕の心を抑えて今できる最善を見つける。それが王子である僕にできること。それに、もしかしたら彼女の悪戯なのかもしれない。そう思いたい。ごくり、つばを飲み、彼女の返答を待つ。




しかし、

「キース王子!国王陛下がお呼びです。」


父様からお呼びがかかってしまった。話の内容はもしかしたら、と、まだそうと決まった訳では無いのに心はどんどん沈んでいく。
王女の話をもっと詳しく聞きたいがまたあとにと思って王女の方を振り返ると

いない。

「えっ.........っ」

僕が騎士の方を振り返ってからそんなにたっていないはずなのにいつの間にかアリス王女はいなくなっていた。

「王子、王女はどちらへ?」

「王女は......先程気分が優れないと部屋へ戻った。」

咄嗟に嘘をつく。もしかしたらもう城内にはいないかもしれない。しかしそれでもいい。いや、その方がいい。彼女の顔を見てしまうと否が応でも先程のことを思い出しておかしくなってしまいそうだ。普通の子供であれば九歳の身でここまで自制できるものはそうそういない。だが、キースは普通ではない。王子なのだ。だからこそ、心に蓋をして泣き出してしまいそうになるのをこらえる。

仮面をかぶって。



─────────────────────




「国王陛下、王妃殿下、至急お話したいことが。」

アリス王女とキースが庭に出て数分の頃のことだ。将軍に呼び止められた国王と王妃は国王の私室へと向かう。

「全く、こんなにもめでたい日だと言うのに水を差すやつがいるとは」
「そんなこと言わないのよ、アレク。大事な話だというのだから。」

国王が愚痴をこぼし王妃がたしなめる。二人とも口調は軽いが表情は硬い。それもそうだろう。今日はよほどのことがない限り仕事はしないと予め伝えていたのだから、それでも話がしたいということはそのよほどのことが起きたということだ。
部屋につくと早速話を始める。

「陛下、スルターヌの軍が侵攻してきているとの報告が入っております。」
「なに、それは本当か?」
「はい、確認は取れています。軍の数は全部で十万人程かと」
「話し合いができればいいのですが......」
「王妃殿下、それは出来かねるかと」

王妃の提案は間違ってはいないが今回の場合は別だ。国同士の争いの場合はまず話し合いから入る。そして、そこから戦争という流れになる。しかし今回の場合はそれがない。つまりこれは完全なる侵略行為に当たるのだ。侵略者には話し合いは必要ない。これは、国同士の条約で決まっていることなのだ。スルターヌはそれを知っていてなお向かってくるのだ。ならばこちらがとるべき対応は一つなのだが。

「スルターヌとは友好な関係を結べていると思っていたのだが、それは残念だ。仕方が無いと言える。しかし、よりにもよって、なぜ、この日なのだ!」

そうなのだ。今日は息子の婚約発表の日、しかも相手はあのアリス王女。父親の勘だがキースはアリス王女のことを好ましく思っているはず、それを破棄し戦争までしなくてはならない。アレクサンダーは心の内で詫びる。こんなことになってしまったことを。

「いつまでも悩んだ至って仕方が無いな。よし、兵に準備をさせよ。此度の件、スルターヌには詫びてもらわねばならぬ。」

「はっ!」

敬礼をしたあと、将軍は足早に部屋をあとにした。そしてそれと入れ替わる形で第一王子のウィリアムが入ってきた。

「父上、何かあったようですがどうしたのですか。」
「ウィリアムか、スルターヌが、攻めてきたそうだ。」
「そ、それは真ですか!」

ウィリアムは信じられないという思いを顕にした。それもそのはずだ。スルターヌとは友好国、それは当たり前の事実であったから。

「ああ、今兵の準備をさせた。これからここは戦果の渦となろう。」
「そうですか......分かりました。しかしこのことキースにはなんと?」
「ありのままを話すつもりだ。あの子は聡い。はぐらかすのは無理だろうよ」

そう言ってアレクサンダーは部屋の前にいた騎士にキースを呼びに行かせた。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...