「2人の運命」

愛理

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第53話「涼子の優しさ」

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  研修セミナーを終えて東京に帰った俺は今でも美香への想いを引き摺ってしまっていた。
  それでも涼子と会って笑っている俺は本当にどうしようもない奴だと自分でも思う。
  だけど、美香に会ったことで俺には、はっきりと解ってしまった。
  俺はもう美香以外、本当に心から愛してるとは思えないんだと。
「章一、どうしたの?」
  今日は土曜日で仕事が休みなので涼子と会っていた。
  涼子の部屋で。
「ん? 何?」
「何か今日、ずーっと私と会ってからぼーっとしてるから」
「そうか? ごめん」
  俺がそう言うと涼子はどうしてか少しだけ悲しそうな顔をした。
  でも、その後すぐに俺に抱きついてきた。
  今、俺達は床に並んで座っている状態だった。
「涼子?」
「ね、章一、私のこと好き?」
  涼子は足が少し不自由になってしまった後は何故か絶対に聞かなかったことを今、言った。
  だから、俺は少し驚いて、でも、
「好きだよ」
  そう言った。
  涼子を好きなのは本当だ。
  嘘じゃない。
  ただ、今は―。
  その好きがきっともう一番にならないことが解ってしまってはいるんだけど。
  本当に酷い奴だよな俺。
  俺がそう思っていると、
「嘘」
  涼子がいつもとは違う鋭い声でそう言った。
  だから、俺は驚いて涼子の顔をじっと見た。
  その顔は俺がさっき少しだけ悲しそうに見えた顔よりも更に悲しそうな顔をしていた。
「涼子、どうしたんだよ」
  俺がそう言うと、涼子は俺から離れた。
  そして、震える声で、
「章一が本当に好きなのは幼馴染の美香さんでしょ」
  そう言った。
「涼子」
「本当はずっと解ってた。章一の気持ちがずっと美香さんに向いていること」
「涼子」
「でも、それでも私、章一が私と一緒にいてくれること選んでくれて嬉しかった」
「涼子」
「だけど、もう限界。私、やっぱり自分のこと一番好きになってくれる人と一緒にいたい」
「涼子」
「だからね、もう解放してあげる」
  涼子はそう言って、すくっと立ち上がり、信じられないことにスタスタと歩いた。
「え? 涼子、お前足」
「ごめんね。本当は少し前に治ってたんだ。だけど、治ったって知ったら、章一が離れてしまう気がしたの。私、章一に本当に好きな人のところへいってほしいって言ったくせに章一とこんなに一緒にいたら、やっぱり、章一が離れてしまうのが寂しくて、どうしても言いだせなかったの」
  涼子はそう言った後、泣いた。
  だから、俺は思わず立ち上がって涼子をまた抱きしめた。
「良かった。足、治って」
  それは決して俺が涼子が言うように涼子から解放されるとか思うのではなく、純粋な気持ちだった。
  それに俺が涼子の足が治っても治らなくてもそばにいると決めたんだから。
  だけど、結局、俺は涼子も美香も苦しめることになってしまった。
  本当にどうしようもない奴だよな俺は。
  そして、最低だ。
  そう思っていると、
「ね、章一、言い方変えるね。さっきは私が章一を解放してあげるって言ったけど、私が本当は解放してほしいの」
  涼子がそう言った。
「涼子」
「章一からもう解放されて、今度は本当に私だけを愛してくれる人と出会うから」
  俺は涼子のその優しさと愛の言葉に堪らなくなり、涼子をぎゅっと抱きしめた後、涼子から離れて、
「ありがとう、涼子。そして、本当に酷い奴でごめんな」
  そう言った。
  そして、俺と涼子は別れた。
  涼子は最後に、
「ちゃんと美香さんと幸せになってね。そうじゃなきゃ私が解放してもらった意味がないんだからね」
  そうも言ってくれて、俺は美香と別れてすぐに少しだけ涙を零してしまった。
  それから俺はすぐに涼子がくれた優しさのためにもすぐに美香の元へと向かう決心をした。
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