上 下
32 / 33
第一章 【七罪の魔王】 カイン・エレイン編

32 最終決戦

しおりを挟む
 俺とガイウスの戦いは拮抗していた。ガイウスが『喰らう影』で影獣を生み出すならば、俺はそれを模倣する。
元々は【暴食】の魔王の御業だと言っていた。俺にそれが出来ない道理は無い。現れた二体の獣は互いに喰らいあい、そして消えていく。

「はははは、あはははははは!! 素晴らしい!! 素晴らしいよ!!」
「ふざけるな!! アルトの仇、絶対に生かしておかない!!」
「君が模倣したその御業、私が習得するのにどれ程の時間をかけたと思っているのだ? それを簡単に模倣するなどと!! その力、君の魂、ますます我が物にしたくなった!!」

 俺と完全に適合した魔力は膨大、だがこの領域に到達した事で目の前の男がどれだけ異常かが分かる。俺の魔力に匹敵する程の魔力をこの男は備えているのだ。
 この男は紛れもなく神代の魔人、魔王に匹敵すると言われている怪物であった。

「だが!!」

 今の俺はこの男に渡り合える、こんな怪物相手に渡り合えているんだ。

「なるほど、なるほどなるほど、面白い!! その剣、【暴食】と【強欲】の二つの力を感じる!! そうか、そうか、本当に面白い!!」

 そんな言葉を言える程、この男には余裕があるのだろうが、反対に俺にはそんな余裕はない。

「ああ!! 全力を出したのは何時振りだろうか!! ははは、楽しいな!! 本当に楽しい!! 全力を出す事がこれ程愉快だったとは!!」

 そして、戦いは接近戦に入っていた。だが相手は、長い時を生きてきた怪物、俺とは戦闘経験が違いすぎる。そんな相手に十年近くしか生きていない俺では剣の技術では到底届かない。魔力がモノを言う遠距離戦とは違い、徐々に追い詰められていく。そして……

「取ったぞ!!」
「くっ!!」

 心臓めがけて放たれた攻撃に対し、俺は無意識の内に魔力で無理矢理体を強化し、体を捻ってその一撃を回避した。しかし、完全に回避が出来なかったようで腹部に軽い一撃を受けてしまった。
 俺は慌てて、一旦距離を置くために後方に飛ぶ。

「ぐがっ!!」

 その直後、魔力のゴリ押しで無理矢理強化した為か、体が悲鳴を上げる。だが、気合でなんとか堪えた。

「ふむ、浅かったか」
「くっ!!」

 だが、俺の中から何かが少し減った感覚があった。あの時も感じた俺の魂、それが喰われたのだろう。

「ああ、それにしても、君の魂はなんと美味なのだろうか!! この『魂喰』を習得してから初めての感覚だ!! 今迄、数多もの人間の魂を喰らってきたが、ここまで美味しい魂は初めてだよ!!」

 ガイウスは魂の味に酔いしれ、ペラペラと喋っている。今が好機と判断した俺は、そのまま攻撃を仕掛けた。しかし、その攻撃は読まれていた様で簡単に迎撃されかける。

「甘いよ」
「いやっ!!」

 だが、俺は魔力で身体を強化し、無理矢理体を捻った。
 魔力で身体を強化する感覚は先程掴んでいる。効果は落ちるだろうが、今なら意識して使う事も不可能では無い。
 そして、もう一手。

「『強欲の魔手』よ!!」
「何っ!?」

 俺の言葉でガイウスの影から、黒い手が現れる。そして、その手はガイウスの右足を掴んだ。すると、ガイウスの右足がガクンと跪いた。

「もらった!!」

 その咄嗟の事に対応できず、俺の一撃が綺麗に入った。
『強欲の魔手』、それはオークキング戦で使った【強欲】の奪う力、それを応用、発展させたものだ。
 その力は魔力で手を生み出し、その手に触れた者から何かを奪うことが出来る。今回は右足の感覚と支えている力を奪った。それにより、右足は自重を支えることが出来なくなり跪いたという訳だ。
 即興で生み出した技だが成功してよかった。だが、即興技である為、ガイウスの右足の感覚も既に戻っているだろう。まだ熟練度が甘い為、一瞬しか奪うことが出来ないのだ。
 だが、この程度で奴が倒れるわけが無かった。それに、一度この技も晒してしまった以上二度と通用するとも思えない。

「油断していたね。私に匹敵する魔力を持っていた事で警戒はしていた。だが、自分の中に
まだ油断があった様だ。君の様な若輩者には負ける事は無いと高を括っていたようだ。もう油断はしない。全身全霊を以って相手をしよう」

 そして、戦いは次の局面へと突入していった。
 だが、油断が消えたガイウスに隙は無かった。抵抗するが成す術もなく追い詰められていく。元々、技術と言う点では向こうの方が上だったのだ。何か策を使わない限りガイウスに勝つのは難しい。

「なら、ああするしかない……」

 俺は意を決し最後の勝機に掛ける事にしたのだった。
 俺は全身全霊、その全てを使い、攻撃を仕掛ける。回避など考えない。ダメージ覚悟の特攻だ。
 だが、そんな攻撃が通用する筈も無い。攻撃に合わせるかのように、ガイウスは俺の一撃を軽く避け、そのまま懐に入り、胸部に突きを繰り出してきた。

「がはっ!!」

 俺の体には魔剣が深々と突き刺さっている。心臓のすぐ近くだったが、狙い通りだ。

「ふむ、捨て身の一撃かね。だが私には届かない、これで終わりだ」
「いやっ、捕まえたぞ!!」

 開いている手で俺の体に突き刺さったままの魔剣を握り締める。慌ててガイウスは俺から剣を抜こうとするが、魔剣を握り締めている手は魔力で強化している為、簡単に抜くこと はできない。
 そして、俺の体に魔剣が突き刺さったままお互いが至近距離にいるという事は、ガイウスが魔剣を手放さない限り、俺もこの男に無条件に一撃を与える事が出来るという事でもある。

「がはっ!!」

 ガイウスの魔剣が俺の体に突き刺さっている様に、俺の七罪剣も奴の体に深く刺さっている。

「だがっ!! それでどうするつもりかね!!」
「こうするだけさ!!」

 七罪剣を介してガイウスの魂を喰らっていく。ガイウスが使う『魂喰』、俺はそれを模倣する。魂を知覚し、そして『奪い』『喰らう』事に特化した七罪剣なら模倣は不可能では無い。

「これは、まさか私の魂を……」
「そうだ!! ここからは魂の喰らい合い、相手を喰らい尽くした方が生き残れる正真正銘最後の戦いだ!!」

 あのまま続けていても、勝つ可能性は無かった。あのまま少しずつ消耗していき、いずれ負けていただろう。俺が勝つ可能性があるのはこれしかいないのだ。

「いいだろう、面白い!! 君を喰らい、新たな魔王になるのは私だ!!」

 そして、正真正銘最後の戦い、お互いの魂まで賭けた喰らい合いが始まった。



「くっ!!」
「ははは!!」

 魂の喰らい合いは、最初はお互い綱引き状態だった。互いに相手を喰らい、そして喰われる。
 しかし、そんな状態も長くは続かなかった。

「どうやら私の方が優勢の様だな!!」
「くそっ!!」

 相手はこの『魂喰』を習得した後から、長い時を使い、この技を極めてきたのだろう。対して俺はこの場で『魂喰』を模倣しただけだ。習熟度に差がありすぎる。

「どうした、この程度かね!!」

 お互いがお互いを喰らい合う状態から、段々と差が出てくる。明らかに、この男が俺の魂を喰らう速度の方が速いのだ。
 徐々に俺の魂が目減りしていき、あわやこれまでという所だった。

「だけど、俺は、俺は!!」

 俺はこんな所で死ねない!! 必ず生きる!! 生き残る!! アルトの仇を討つ!! 
 俺のそんな思いは炎となり、力となった。俺のその思いに応える様に魂の奥底から魔力があふれ出した。
 その魔力は劣勢だった状態を押し返していく。

「何故だ!? 何故押される!?」
「はあああああああああああああ!!」

 先程まで劣勢だった状態は、すでに均衡を取り戻し、更には俺の方がこの男の魂を喰らっていく。

「私は神代の魔人!! 神代より永遠ともいえる永き時を今迄生きてきたのだ!! それが、こんな若輩者に負けるなど!!」
「もう終わりだ!! 消えろ!!」
「ふざけるな!! 長年の大願がもう少しで手に届くところに来ているのだ。それがこんな所で終わってたまるか!!」

 その言葉と共に、ガイウスの最後の抵抗があったが、俺の奥底から溢れ出る魔力によって、それすらも超えていく。

「ふざけるな!! こんな所で終わる訳にはいかない!! 終わってなるものか!! があああああああああああああああああ!!!!!!!」

 その言葉を断末魔に、俺はガイウスの魂を肉体ごと一欠片も残さず全てを喰らった。
 ここに、アルトの仇、神代の魔人ガイウス・グラトニアは魂と肉体の一欠片すら残さず消滅したのだった。



「はぁ、はぁ、はぁ、アルト、全部終わったぞ……」

 ここまでの戦いで身体を無理矢理酷使し、更に最後の魂の喰らい合いだ。極度の疲労からもう動けそうもない。
 俺は地面に座り込む。腹部に開いた刺し傷など神代の魔人相手に勝った代償にしてはあまりにも軽いものだ。
 だが、唐突に頭が激しい痛みに襲われる。それと同時に見た事も聞いた事も無い俺の知らない記憶が情報として俺の脳内に流れ込んできたのだ。

「うぐっ!!」

 激しい痛みに頭を押さえるが、その頭痛が原因だろう。今気を失う訳には行かないと強く思ったが、結局、俺の意識は段々と遠のいていくのだった。
しおりを挟む

処理中です...