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十四歳の少女だった私
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息子が生まれて成長を見るたび、鮮明になる記憶がある。薄れる記憶については知っていた。鮮明になったその記憶だって、かつては薄れる記憶の一つだった。それなのに、息子の成長に合わせるみたいに、思い出は濃くなっていく。大切な今の心を邪魔しない、絶妙な距離感で──
十四歳の私が出会った一人の少年がいた。生まれ育った田舎の、誰かと遭遇することさえ珍しい寂れた公園。少年はベンチに座って本を読んでいた。季節は秋で、私は実家で飼っていたラフコリーという犬種のラッシー(名犬ラッシーをそのまま真似て名付けた)の散歩中だった。
私はまず、公園に人がいること自体に驚き、その人が近所のお年寄りではなく見知らぬ少年であったことにも驚いた。そして何よりも、少年の唇に赤いリップが塗られていることに驚いてしまった。遠くから見ても目立つほどの赤で、強い主張。私はゆっくりと近づき、少年を観察した。年下に見える少年は、言葉通り少年であるにも関わらず、唇の色だけが目立ち過ぎていた。どうして赤いリップを塗っているのかが気になって仕方がなかった。
「初対面なのに悪いとは思うけど、どうしてそんなに赤いリップを塗ってるの? 教えてくれない?」
遠慮や配慮という言葉を知らない、酷い態度の私は少年に訊ねた。
「私、気になることは訊かないと気が済まないの」
初対面の人間に対して、私は早々に喋りすぎの訊きすぎだった。少年は驚きの表情で私を見上げ、読んでいた本を閉じた。ブックカバーをかけたその本に栞を挟むこともせず、ベンチに置く。そして、こう言ったのだ。
「回りくどく言ったりしないで、ストレートに訊いてくれるんだね」
まるで、私を褒めるような言い方だった。少年は優しく微笑んでもいた。何だか不意を打たれた気分になり、私は意味も意図もなく首を傾げたのだった。
当時の私は、性格の悪い少女だった。頭と心が煩わしいほど多くの言葉で埋め尽くされていて、不満や文句や疑問ばかりが容易く思いついた。それだけなら同年代の少年少女と同じかもしれないが、私はそれらを心に留めることができずに、全てを吐き出すように生きていた。たとえば、短めの映画なら余裕で一本観ることのできる通学時間とか、元が汚いのだから磨いたって何の達成感もない教室の床とか、どうにかしてつまらない日常を盛り上げようとして作られる低劣な噂話とか。そういうものに嫌気が差すたび、私は誰かに対してや何かに対して当たっていた。言葉にしないと、反発しないと、やっていられなかったのだ。発散するというのは空っぽに近づく行為で、本当は発散せず残しておくべきこともあるはずなのに、私はしょっちゅう空っぽにしていた。
少年の一言により、私が首を傾げたまま何も言えずにいると、ラッシーが少年に近づき尻尾を振った。
「この子の名前は何?」と少年が訊いてくる。
「ラッシー」
仕方ないから教えてあげる、という態度で私が答えると、少年はそんな私の態度なんか気にならない様子で「名犬ラッシーか。良い名前だね。撫でてもいい?」と言った。少年はラッシーの前にしゃがみ、私が「いいよ」と許可を出すのを待っていた。おやつを前に「よし」と言われるのを待つ犬みたいだった。
「いいよ」
また、仕方ないという態度で言ってあげると、少年は柔らかく微笑んだ。その微笑みを受けた私は危うく、もう一度首を傾げるところだった。少年の微笑みが、私の存在の対極にあるものに思えたのだ。
「ねえ、この辺の人じゃないよね?」と私は言う。また遠慮や配慮のない態度で。
「うん。遠くから来た」と少年はラッシーを撫でながら答えた。
「遠いから、ここに来たんだ」
「遠いから?」
「そう。できるだけ遠くが良かったから」
「家出?」
「違うよ。今日だけ逃げてきた」
「どうして?」
「親が──特に父親が厳しくて。できるだけ遠くで息抜きしたかった。こんな赤いリップを塗った息子に厳しくしたくなるのは分かるけど、勉強ばかりは嫌になるから」
少年が思っていたよりも教えてくれたから、私も少し教えてみたくなった。
十四歳の私が出会った一人の少年がいた。生まれ育った田舎の、誰かと遭遇することさえ珍しい寂れた公園。少年はベンチに座って本を読んでいた。季節は秋で、私は実家で飼っていたラフコリーという犬種のラッシー(名犬ラッシーをそのまま真似て名付けた)の散歩中だった。
私はまず、公園に人がいること自体に驚き、その人が近所のお年寄りではなく見知らぬ少年であったことにも驚いた。そして何よりも、少年の唇に赤いリップが塗られていることに驚いてしまった。遠くから見ても目立つほどの赤で、強い主張。私はゆっくりと近づき、少年を観察した。年下に見える少年は、言葉通り少年であるにも関わらず、唇の色だけが目立ち過ぎていた。どうして赤いリップを塗っているのかが気になって仕方がなかった。
「初対面なのに悪いとは思うけど、どうしてそんなに赤いリップを塗ってるの? 教えてくれない?」
遠慮や配慮という言葉を知らない、酷い態度の私は少年に訊ねた。
「私、気になることは訊かないと気が済まないの」
初対面の人間に対して、私は早々に喋りすぎの訊きすぎだった。少年は驚きの表情で私を見上げ、読んでいた本を閉じた。ブックカバーをかけたその本に栞を挟むこともせず、ベンチに置く。そして、こう言ったのだ。
「回りくどく言ったりしないで、ストレートに訊いてくれるんだね」
まるで、私を褒めるような言い方だった。少年は優しく微笑んでもいた。何だか不意を打たれた気分になり、私は意味も意図もなく首を傾げたのだった。
当時の私は、性格の悪い少女だった。頭と心が煩わしいほど多くの言葉で埋め尽くされていて、不満や文句や疑問ばかりが容易く思いついた。それだけなら同年代の少年少女と同じかもしれないが、私はそれらを心に留めることができずに、全てを吐き出すように生きていた。たとえば、短めの映画なら余裕で一本観ることのできる通学時間とか、元が汚いのだから磨いたって何の達成感もない教室の床とか、どうにかしてつまらない日常を盛り上げようとして作られる低劣な噂話とか。そういうものに嫌気が差すたび、私は誰かに対してや何かに対して当たっていた。言葉にしないと、反発しないと、やっていられなかったのだ。発散するというのは空っぽに近づく行為で、本当は発散せず残しておくべきこともあるはずなのに、私はしょっちゅう空っぽにしていた。
少年の一言により、私が首を傾げたまま何も言えずにいると、ラッシーが少年に近づき尻尾を振った。
「この子の名前は何?」と少年が訊いてくる。
「ラッシー」
仕方ないから教えてあげる、という態度で私が答えると、少年はそんな私の態度なんか気にならない様子で「名犬ラッシーか。良い名前だね。撫でてもいい?」と言った。少年はラッシーの前にしゃがみ、私が「いいよ」と許可を出すのを待っていた。おやつを前に「よし」と言われるのを待つ犬みたいだった。
「いいよ」
また、仕方ないという態度で言ってあげると、少年は柔らかく微笑んだ。その微笑みを受けた私は危うく、もう一度首を傾げるところだった。少年の微笑みが、私の存在の対極にあるものに思えたのだ。
「ねえ、この辺の人じゃないよね?」と私は言う。また遠慮や配慮のない態度で。
「うん。遠くから来た」と少年はラッシーを撫でながら答えた。
「遠いから、ここに来たんだ」
「遠いから?」
「そう。できるだけ遠くが良かったから」
「家出?」
「違うよ。今日だけ逃げてきた」
「どうして?」
「親が──特に父親が厳しくて。できるだけ遠くで息抜きしたかった。こんな赤いリップを塗った息子に厳しくしたくなるのは分かるけど、勉強ばかりは嫌になるから」
少年が思っていたよりも教えてくれたから、私も少し教えてみたくなった。
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