うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)

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 厳しい冬を越え、春の気配が漂い始めたころ、ニールスは二度目の掃討戦にり出された。



 戦後の荒れた小さな町の人々は、窓を鎧戸よろいどまでしっかりと閉め、こちらの様子を窺っている気配は感じるが、決して姿を見せることはない。

昨夜、この町に着いてすぐ、みっともなく揉み手をしながら出てきた太鼓腹たいこばらの代官はニールス達が来たことで、わざとらしい笑顔とは裏腹に自分の権限に影響が出ることをきらっているようだった。

『ここには残党兵はもういませんよ、ただ悪ガキどもが生意気にごろつきの真似事をしていて手を焼いていますがね。』

代官は引きった顔で笑った。

『この国の大人は子供を甘やかしたりはしませんよ。きちんと締め上げて、二度と逆らえないようにすれば、じきにおとなしくなります。』

ニールスは目の前の代官だという男につばを吐きかけたくなった。




 一日中、残党の情報をしらみつぶしに当たった。

そのどれもが空振りに終わり、日が暮れる頃にはどっと疲れが出てくる。

掃討戦とはこういうものと、わかっていても、普段の何倍も体が重くなったように感じた。

ニールスが借り受けた空き家の二階の窓から、暗い通りを眺めていると、部下らしき兵士が子供を引きずってくるのが見えた。

子供の手から何かが落ちた。

子供は兵士に引きずられているにもかかわらず、細い腕を目一杯伸ばして落としたものを拾い上げた。



急いで階下へ降り、この空き家の中庭まで行くと兵士の怒号が響いてきた。

「このコソ泥! お前子供兵の一味いちみだろ!」

「耳でもそぎ落とせば、素直に話す気になるか?」

ニールスが慌てて声のする方へ行くと、まだ八歳くらいの痩せた少年が、おそらく軍の食糧倉庫から盗み出したのだろう、泥のついたパンを大事そうに胸に抱えて、兵士をにらみつけている。

兵士の手には小刀が握られている。


「何をしている!子供に拷問を加える気か?」

ニールスの低い声が、元は商家の倉庫だった簡素な建物を揺らした。

「伯爵様!そんな…まさか…少し脅しただけで…きっとこのガキは子供兵の一人です。隠れ家を知ってますよ!」

若い兵士は、顔色を青くしながら必死で言いつのった。

「腹を空かせただけのただの子供だ。適当に食い物を渡して帰してやれ!」

子供は大きな茶色の目でニールスを睨みつけた。


太鼓腹の代官は『食料はきちんと行き渡るように配っている』などと言っていたが、この様子では均等には分けられていないようだ。

「泥棒はお前達だ。」

子供の声はか細かったが、その場にいた全員にしっかり聞こえた。

兵士が自分の体の半分もない子供を殴りつけようとするのをやめさせ、もう一度、解放するように言いつけてニールスは仮眠を取るために二階の部屋へ戻っていった。



『泥棒はお前達だ。』

子供の高い声が耳に突き刺さるようだった。

(もっともな言い分だな)

先代の国王の時分からこの地の、鉱山を巡る争いは絶えず、どんどんと激化していった。

しかし、もっと昔を辿たどればこの山は隣国の、この国のものだった。

武力でもって山を奪った張本人が、親切面しんせつづらをして食べ物を分けてやるなど、どこの詐欺師のやり口だと、幼い子供でもそう思うのだと、ニールスは改めて自分の罪深さを思った。





 次の日の朝はよく晴れていて、分厚い外套を着ていては、汗ばむほどだった。

武装した子供達がたむろしていると情報のあった古い教会に行けば、少し前まで誰かいたような形跡と、折れた矢、さびびて大きく欠けた剣が残されていた。

兵士達は口々に「逃げられた」と悔しそうにしている。

ニールスは足元の黒い粉を指先ですくい、匂いをいだ。

「火薬か…」

「厄介だな。」

隣のアルヴェがニールスに相槌を打つように言った。



子供を捕まえるのは気が進まない。

さりとて、武装している以上は捕えないわけにはいかない。

しかも、子供達は火薬を手に入れている。

使い方を正しく知っているとも思えない。


かつて戦場で、体にお粗末な仕込みの爆薬を巻きつけて、大軍に突っ込んできた少年を思い出した。

子供は思い込みが激しく、大人よりも怖いものが少ない。そして、大人が思ってもいないような大胆な行動に出る場合がある。

戦場では危険な存在になりうるのだ。


ため息を抑えているところへ太鼓腹の代官が現れた。

「悪ガキどもはどうせそう遠くへは行けませんよ、すぐ見つかるでしょう。まったく、じいさんの水虫よりしつこい…」

嫌悪感しか抱けない男から離れようと、ニールスは何も答えず背を向けた。

「ああ、昨夜ゆうべのコソ泥はこっちできちんと処理しておきましたよ。」

背中にかけられた声に、痩せた少年の細い腕と泥に汚れたパンが蘇った。

「処理、だと?」

ニールスに胸ぐらを掴まれて、代官の足が浮く。

「こっちの法にのっとって、指を何本か切り落としただけですよ!」

ニールスは代官を地面に叩きつけた。

「何が法に則ってだ!もっともらしいことを。自分ばかりぶくぶくと太りやがって!恥を知れ!」

鉱山の権利はヴァルスト王国に移っても、統治しているのは隣国だ。

ニールスにこの国の法に口を出す権利はない。

それでも腹の虫が治まらず、代官に蹴りを入れそうになったところを、アルヴェに止められた。

「子供はどうした?」

尻餅をついて、青い顔でニールスを見上げている代官にアルヴェが聞いた。

「まだそのまま牢に入れています。あのガキは生意気で──」

ニールスはまだ何か言っている代官を無視して、古い教会を出ていった。



子供の様子を見に行くために、ニールスが教会を出て歩き出した途端に、ニールス達エルムンド軍が駐留している、商家だった空き家の方角から、爆音が轟き、真っ黒な煙が上がり、間をおかずに火の手が上がった。

兵士達は一斉に走り出した。



 爆発は少年たちが爆薬に誤って点火させたことで起こったものだった。


武装化した少年たちの隠れ家は、エルムンド軍の駐留先の目と鼻の先にあった。

焼け跡からは、少年の遺体が多数見つかり、近隣の住民にも死傷者を出した。


一通り後始末をつけた後、ニールスは指を切られた少年の様子を見に牢へ向かったが、爆発のどさくさに紛れて姿を消した後だった。





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