吸血鬼ちゅるる

野良にゃお

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終 幕)えぴろーぐですよ。

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 夜も明けて、いいや。


 まだ、

 夜も深い頃の事。


 しゃり、じゃり………。
 じゃり………じゃりっ。


 静粛を小刻みに消しているこの音が、時間が進んでいる唯一の証拠だと言っても言い過ぎではないであろう程に、それ以外の何の音も空気を震わしていないかのような暗闇の中、高速列車の線路を西へと向かう影が二つ、厚い雲が途切れる僅かな時間の数だけ夜空に見える月の光に照らされていた。

「このレールを走る列車は、山の中や町の外れを走る事が多いですよね? なので、このような真夜中の時間帯であれば発見されにくいです」
 清水坂のすぐ横で、カットベルは楽しそうにそう説明した。
「それに、迷子にもならないですし」
 本当に楽しいのであろう事が、その声色だけでも容易に判る。

「たしかにそうだね………」
 徒歩そのものなペースでこうして歩いていたら目的地に到着するのはいつになるのだろうか? と、いう疑問もあったので、面倒な事にはならないだろうという点にのみ同意して清水坂は返した。
「訊いても、イイ?」
 そして、そう続けた。どうやら、訊きたい事があるらしい。

「はい。何でも答えますですよ」
 カットベルは笑顔のままそう言った。

「以前さ、吸血族は2つの理由で血を望むって言ってたけど、それってどんな理由?」
 どうやら清水坂は、本当に訊きたい事があったようだ。

「えっ………と、それはですね………」
 カットベルは口ごもった。なんだか言いづらそうだ。

「………?」

「それは、その、えっと………1つは、下僕を持つ為です。実はですね、血を吸われるのはですね、あの………強烈な、その………か、かかか、快感、を、伴うです………なので、吸われた者は、そのか、かか、快感が、忘れられず、そのかか、快感を再び得ようと、言いなりになるのです………あ、それでですね、その際に、感染? と、言うのでしょうか。詳しくは判らないですけど、そのような事が起こりまして、血を吸われその、快感、に、溺れた者は再び人間に戻る為に費やす時間を作らないようなのです」
 しかしカットベルは清水坂からの質問だったので、性的な意味を持つ言葉を声にするのが恥ずかしくてモジモジしながらも、頑張って説明した。

「なるほど………それ、って言うかそういうような事は小説か何かで読んだ気がする」

「実のところアタシもそう聞いていただけでしたが、ホントだと知ったです」
 清水坂と対峙した際に。

「………あ。その、ゴメン………」
 思い当たる記憶が浮かんだ清水坂は、何だか謝った。

「いいえ、その、アタシは………」コータローから受けた事ですから、その、はうう………。

「………」
「………」

「あ、あのさ、もう1つは?」
 気まずい雰囲気ではないけれど、恥ずかしいといった心持ちになったので、清水坂はこの空気を変えようと思って話しを進めた。

「そ、そそそ、それは………せ、せ、せせ性行為、です………」

「えっ………」
 が、更に踏み込んだ内容であった。

「つまり、その、せせせ、せ、性行為は、ですね………愛する者だけと、しちゃう行為です、から………その、互いに、かかかか、か、快感を………こ、こここの場合は、一方的ではないですから、その、吸って吸われてと言いますか、血を与えあう事になるですから………どちらかが吸血族の者でなくても、やがては完全に吸血族の者になってしまうです………その、吸血族の血が取り込んでしまうくらい強く流れるようになるですから………」

「飲むと流れるようになるの?」

「はい。コータローの場合はアタシのせいで特殊ですけど、それを続けると心臓が順応して、適応するようになって、いつしかその血を生成するとか、若しくは本来作られている血を先程も言いましたように取り込んでしまうとか、そういう状態をキープするようになるみたいなのです………そそその、愛する者同士、性行為というものは、その、まま、ま、毎日のように、ですね………あの、するものでしょ? ですから、婚姻を結ぶ場合はそれを、吸血族の者になるという事を了承していただく必要が………あるのです」

「なるほど………」
 それで、あの掟なのか………と、清水坂は心の中で思った。

「説明不足のまま甘えてしまって、ゴメンなさいなのです………アタシ、舞い上がってしまいまして」それに、そんな恥かしい事とても言えなかったです………ですがあの夜、夢に見ていましたプロポーズをしてもらえて、とても幸せだったです。
 と、カットベルは心の中だけで呟いた。プロポーズとは勿論の事、清水坂が自分の服を着てもいいと告げてくれた事である。彼女にとっては、まだ。それは正真正銘、プロポーズに他ならないのだから。

「えっ、いや、何の問題もないです………あれ? って事は………近親婚なのか?」
 そう言ってすぐ、DNAが違うからイイのか? と、清水坂は考える。

「禁、新婚7日………ですか?」七日目に何か禁止するですか?
 と、カットベルは思う。

「えっ………と、なんでもない」それにしてもかなり過酷だよなぁ………掟、か。人間なんて、って言うか動物なんて倫理的な考えを取っ払ったら誰彼構わずだし、死ななくてもイイだろうに。
 と、思うと同時に。カットベルが思い違いをした事と、自身が勘違いを起こしたあの夜の顛末を不意に思い出し、以前にも感じたまるでロミオとジュリエットのような展開の早さに我が事ながら驚きも覚える。


「………?」人間のみなさんだけのお話しですか?

「変な事を訊いちゃってゴメン」

「いえ、あの、アタシの方こそゴメンなさいなのです」

「いやいや、オレの方こそ」カットベル………ゴメンね。

「いいえ、悪いのはアタシですから」コータロー………ゴメンなさいなのです。

「いや、オレが」
「いえ、アタシが」


「「………」」


「迷惑をおかけして、ゴメンなさいなのです」
 暫しの沈黙の後、カットベルはそう言って更に肩を落とした。

「何の問題もないよ。オレの方こそ、ゴメン」
 いつまでも続いてしまいそうなこの雰囲気を打開しようと思った清水坂は、努めて明るくそう言った。

「ですが………コータローに甘えてばかりなのです」
 が、カットベルは沈んだままだ。

「そんな事ないよ。ホントに大丈夫だって」

「そんな事あるですよぉ………アタシが吸血族の者、いいえ怪異の者でなければ、コータローに迷惑をかける事もなかったですし」

「怪異って………人間だろうと怪異だろうとイヤなヤツはイヤなヤツだし、ダメなヤツはダメなヤツだよ。それに、人間なんて何でもかんでも食うしさ。あのさ、全知全能って言葉があるでしょ? するしないを別にして、人間なんて少なくとも悪いことならまさに全知全能なんじゃないかって思うよ………神様ってさ、何で人間を造ったんだろう? オレなんてさ、産まれたから生きてますって感じだし、何の役に立ってんのか判んないよ………」
 人間に対してコンプレックスでもあるのだろうかと思った清水坂は、励まそうとしてそう言った。

「コータローは、アタシを助けてくれたです。守ってくれたですし、その………愛して、くれているです。きっと、人間のみなさんも助けられたりしてると思います。コータローは優しいですから。だから、アタシを受け入れてくれたです」
 しかし、カットベルは立ち直らない。

「それを言うなら、カットベルもオレを受け入れてくれてるじゃん。人間だからとか怪異だからとかなんて、とにかく何かで優劣をつけようとしなきゃ気が済まない人間社会みたいだよ。少なくとも、好きって事にだけはそういうの考えたくない。脳より心、みてくれより気持ち、みたいな………上手く言えないけどさ。カットベルはそのみてくれも綺麗だから」
 清水坂は方向を変えようとした。

「アタシ………綺麗なのですか?」
 カットベルは戸惑う。しかし、清水坂に綺麗と言われた事が嬉しくて、笑みが零れた。

「ねぇ、カットベル………」
 清水坂の表情が沈む。言わなければと思っていた事を言おうと思ったから。

「………コータロー、どうしたですか?」
 その変わりように、カットベルは心配になる。

「オレさ、まだカットベルに謝ってない事があるんだ」
 清水坂は、カットベルに謝りたい事があった。

「コータローが、アタシに謝るですか?」
 カットベルは記憶を探るが、そのような覚えは見当たらなかった。

「カットベルはさ、これまでに怪我したりしてきたでしょ?」

「はい………しましたです」

「いくら、自然治癒力に優れてるとはいえ、痛いもんは痛いよね?」

「はい………痛いのです」

「ゴメンね、カットベル」
 唐突と言えば唐突に、清水坂は謝る。

「えっ、えっ?」
 当然と言えば当然だが、カットベルは戸惑う。

「教団の口車に引っ掛かって、何度も殴ってゴメン! オレなんかの攻撃でも、カットベルの血が流れてるんだから………痛かっただろ?」
 清水坂は深く頭を下げた。

「コータロー………その事でしたら、何の問題もないですよ。だってコータローは、教団から聞かされた時、そんなのウソだと思ってくれたですよね?」
 清水坂が言いたかった事が判ったカットベルは、心の内を告げる事で清水坂を笑顔に変えようと思った。全く怒ってなどいなかったし、悲しんでもいなかったから。

「………うん」ゴメンね、カットベル。優しい嘘をそのまま受け取って。

「ですがアタシは、事実だと言いましたです。そしてコータローは、それを信じた。違うですか?」コータロー、そうですよね?

「違わないけど………」だからそれで、俺はカットベルを………ゴメン。

「もしもあの時、違うとアタシが言っていれば、きっとコータローはそれを信じてくれたですよね?」ですよね、コータロー?

「勿論だよ」カットベルがそんな筈ないのに、それなのに、俺は………。

「ほら。コータローはアタシを信じてくれたです。教団ではなく」ウソだろ? って、言ってくれた時、凄く嬉しかったですよ、アタシ。

「でも、あれはオレの為に」カットベルが犠牲になろうと………。

「コータローの望みでしたら、天使にでも悪魔にでも喜んでなります………と、言ったですよ、アタシ。覚えてはいないですか?」 コータローはアタシの全てなのです。

「カットベル………どうしてそこまで」俺なんかの事を………出逢って間もないのに。

「それはですね、当ててみてくださいですよ」と、言っても………判らないですよね。
 そう言ってカットベルは、清水坂の正面に立ってくすりと、悪戯っぽく微笑んだ。

「当ててみろって………」言われても………。
 何故だか楽しそうに微笑むカットベルに正面から見つめられた清水坂は、困惑の表情を浮かべた。


 どうして、そこまで………。


 清水坂が困惑するのは仕方がない事であった。清水坂に判る術はないからである。カットベルが初めて清水坂を見つけたあの夜、あの夜のあの時、震えながら泣いていた仔猫を抱きかかえた時の表情を、清水坂本人が見れる筈がないからだ。カットベルはあの時、その表情に清水坂の心を見たのだ。そう………心は見える。表情となって表れるから。そこに感情の全ては宿らないまでも、その心根にある源泉は必ず、表情を支配する。それはもう、どうしようもないくらいに。隠そうとしても、隠す事に成功したとしても、いつか必ず露見する。誰かを意識する必要がなければ尚更に、意識が向いていなければ事更に、である。あの夜の、あの時の、清水坂のように。
 もう誰も愛せず、このまま誰からも愛されずと悲観していたカットベルは、清水坂の胸に抱かれて安堵する仔猫に自身を重ねた。清水坂なら優しくしてくれるかもと思った。期待した。願った。そして………清水坂を愛し、清水坂に愛される事を夢見た。
 楽しい事は少しはあった。嬉しい事も少しはあった。しかし、両親を亡くしてからの毎日を、幸せだと感じた事は一度もなかった。それは、清水坂がいなかったから。出逢っていなかったから。
 でもこれからは違う。清水坂は傍にいる。清水坂が傍にいてくれる。だからこんなにも幸せなのだ。こんなにも………。

「………判りましたですか?」
 カットベルは訊く。

「判んないよ………」
「そうですか………残念です」
 しょんぼりしたフリをしてみる。

「ゴメン………」
「愛してるですか?」
 甘えてみる。

「えっ?」
「これからもずっと、愛してくれるですか?」
 更に甘える。

「………うん」
「アリガトウなのですよ、コータロー」
 清水坂に愛されていると感じたカットベルは、幸せに満ち溢れた表情で寄り添う。

「………」
 カットベル………。

「………」
 コータロー………。


「「………」」大好き。


「………」だよ。
 清水坂と、

「………」です。
 カットベルは、

「ふふっ………」
「くすっ………」
 暫しの沈黙を続けた後で、

「「あはは」」
 どちらからともなく笑った。


「カットベル………手、繋ごっか」
「はい!」

 とても、幸せそうに。

 ………、

 ………、

 ………。



              終 幕) 完
          吸血鬼ちゅるる 終わり
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