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15 冥界宮2

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 ロディユはハデスに質問をしていた。

「——冥界クリスタルは今まで、妖気以外に吸収したものはありますか?」
「ない。赤い石の魔力が初めてだ。一度、地上へ冥界クリスタルを持って出たことはあるのだが、魔力など、別のものは吸収しなかった」
「それは赤い石の魔力をずっと吸収し続けたのですか?」
「いや、吸収したのは数日だけだった」
「その花はまだ赤色ですか?」
「赤いままだ。だが、ポセイドンの赤の石と比べれば、微々たる量の魔力しか蓄積していない」
「そうですか……。その花を見ることは可能ですか?」
「いいだろう」

 ハデスは両手にそれぞれ、一輪のクリスタルの花を出現させた。
 左手には赤色、右手には透明の花が握られている。

「透明の花を持ってみてもいいですか?」
「構わん」

 ハデスは透明の花をロディユの目の前に移動させた。

「ありがとうございます」

 ロディユはその花を手に取る。 
 すると、透明だった花は徐々に青色へ変わる。

「なるほど……予想通りだな」

 ハデスはロディユの額に視線を移す。
 ヘアバンドで隠されていたが、ハデスは最初から特別な魔力をそこから感じ取っていた。

「この花と同じ種類のものが城の入り口にありました。それは緑色でした。何を吸収したのですか?」

 ハデスは目を細め、ロディユを覗き込む。

「もう答えを知っているのではないか?」
「——腐食の森から放出されている魔力ですね?」

 ハデスは黙って頷いた。
 ポセはようやく話が見えてきたので、ロディユの言葉に反応する。

「ロディユ、その緑の花は、腐食の森にある『緑の聖石の魔力』を吸ったのか?」
「ポセさん、正解です」
「やれやれ、ようやく理解したか」
「ふははははっ! 我はやるべき時は、かならず結果を出すのだ!」

 ハデスとロディユはポセの発言に呆れる。

「ハデス、我からも聞きたいことがある」
「まともな質問だろうな?」
「馬鹿にしすぎだぞ?」

 ポセは唇を突き出した。

「すまん、すまん。つい、からかいたくなるのだ」
「まあ、いい。それより質問だ。お前はゼウス、ヘラ、アテナのことをどう思っている?」
「唐突な質問だな。どういう答えを期待しているかわからんが……。ゼウスとヘラは信用できない。アテナはお前が思っていることと同じだ」
「そうか、その言葉を聞いて安心した。……お前は気づいているだろうが、我はゼウスに殺されかけた。直接手を下したのは、アフロディテだが」

 ハデスは頷いた。

「お前に手を下せる者は数人だからな。赤の石がなくなっていたことから、容易に推察できた。あの石は強力な力を有していたからな。だから、お前が冥界に落ちて蘇生した時も神域の者には知らせていない。冥界の者にも口止めしてある」
「感謝する。我とロディユは今後、その石と同等の力を持つ石を集めなければならない。ゼウスとヘラを倒すために」

 ハデスは顔を右手で覆い、体を震わせる。
 どうやら、笑いを堪えているようだ。

「くっくっくっ……正気か? 二人で何ができるというのだ? 強大な力を持ったとしても、倒せぬのではないか? お前は以前の力を失っているのだぞ」
「——策はある」
「ほう……」

 真面目に答えるポセを見て、ハデスは真顔に戻った。
 まだその策を知らないロディユは、固唾を飲んでポセの次の言葉を待つ。

「アスガルド人、魔人、竜などを仲間にして同盟軍を作るつもりだ」
「ゼウスやヘラを倒す利点はあるのか? 世界の混乱を招くだけだと思うが?」
「利点しかない。あの二人は双子星を消滅させ、新しい星を作ろうとしているからな」

 ハデスは怪訝な表情を浮かべた。

「なぜ、そんな情報をお前が持っている?」
「竜峰山に住むゲニウスという竜を知っているか?」
「いや、聞いたことはない」
「我はその山をロディユと訪れ、その竜から双子星の起源、ゼウスとヘラの謀略を聞いた。証明はできないが……。ただ、ロディユのその手の紋章を見てくれ」

 ロディユは左手掌に刻まれた『五角形の紋章』を見せる。
 ハデスはそれを額の目で見るなり目を見開き、「聞こう」と一言ポセに告げた。

「感謝する」

 ポセは頭を下げた後、竜峰山で得た情報をハデスに伝えた。

「——なるほど……。ポセイドンの体はどこか異質だと思っていたが、そういうことか……」
「なんだ、それもわかっていたのか」
「お前が創造物だとは断定できなかったがな。実は、前から死者の池に落ちてきた神や天使たちにも何か違和感を感じていた。なぜか金色だったはずの血は、その池に落ちた瞬間、赤くなって消えてしまう。今になって思うが、それらは全て自然に誕生した生命体ではなく、実験体として作られたのだろう」
「死霊になった神域の者はいるか?」
「いない。全て同じように死者の池に溶け込んだ。証拠を残さないように何か細工でも施したのだろう。ヘラならそんなことは造作もないはずだ」

 ポセは納得するように頷いた。

「それで? その少年の紋章は、その山へ行った時に刻まれたのだな?」
「その通りだ」

 ハデスは額の目でじっくり見つめる。

「信じがたいが……双子星にはない要素がその魔法陣に組み込まれている」
「我の話を信じてくれるだろうか?」
「信じよう。よもや、マスターエルダーの子孫が目の前にいるとは……」

 ハデスはまじまじとロディユを眺める。
 その言葉を聞いたポセは、口角を上げた。

「手伝えとは言わない。冥界の立場を理解しているからな。だが、神域に手を貸すことだけはやめてほしい。お前とは戦いたくない」
「私は神の位置付けにはあるが、神界の神とは異なる。いわゆる異界人だ。そんな身分であるにもかかわらず、この双子星に干渉できる異質な存在でもある。そして私の冥界は、双子星の死者のみを扱っているが、双子星に属していない」

 ポセはハデスの話が理解できず、首を傾げる。

「要は、私は双子星と無関係の存在だと考えてくれ。たとえ双子星が存在危機にあるとしても、手を貸す気はない。はもちろんあるが……」
「その答えで十分だ」

 ポセはホッとするように笑顔を浮かべた。

「手伝えない代わりといってはなんだが……、聖石を集める手伝いをしてやらんでもないぞ?」

 その言葉に、ポセとロディユは目を輝かせた。
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