30 / 57
29 ルシファーの任務
しおりを挟むルシファーたちは地底域へ到着した。
ベルゼブブは名残惜しそうにルシファーから体を離し、足元にある大きな包みに視線を落とす。
「ルシファー様、この包みはなんでしょうか?」
「アンラ・マンユだ。今は気を失っている。これを見せれば、オーディンと会わせてくれるだろう」
「……本当にあの人間が倒したのですか?」
「我が主人がそう言っていた」
いつになく優しい顔を向けるルシファーに、ベルゼブブは頬を赤くする。
「ルシファー様、念願のご主人様にお会いできたこと、このベルゼブブも嬉しゅうございます」
「はははっ。その言葉、ありがたく受け取っておく。久しぶりに舞い上がる自分を抑えるのに必死だ。ベルゼブブ、今回の会談は非常に重要だ。そんな私の舵をしっかり取ってくれよ」
「はい! 私が誠心誠意お勤めいたします!」
*
二人はアスガルドの門の前に到着すると、門番の大きな女性——巨人が慌てた声を上げる。
「ルシファー!? それにベルゼブブだと!? 何用だ! ここはお前たちが来るような場所ではない!」
「落ち着け。我々は危害を加えるつもりはない。これを見てくれ」
ルシファーは包みを巨人の前へ魔法で移動させ、覆っていた布を消し去った。
「邪神アンラ・マンユ!? こやつをどうしたのだ!?」
「私の部下が倒した。アスガルドもずっと手を拱いていただろう? こいつを引き渡す代わりに、神オーディンと面会したい。戦うつもりは一切ない」
「堕天したお前と取引などするか!」
その言葉にベルゼブブは歯ぎしりを鳴らす。
最も敬愛するルシファーにかけられた侮辱の言葉が許せなかった。
「ベルゼ、落ち着け」
ルシファーはベルゼブブの肩に軽く手を添え、穏やかな笑みを向ける。
「ルシファー様がそうおっしゃるのなら……」
ベルゼブブは拳を握りしめ、ルシファーのために怒りを堪えた。
「頼む、急ぎ伝えることがあるのだ」
ルシファーは門番に頭を下げた。
その低姿勢な様子に門番は驚きの表情を浮かべる。
「……私では判断できぬ。少し待て」
門番はそう言うと、ブツブツと何かをつぶやき始めた。
しばらくすると、数人のオーディン親衛隊——ヴァルキリーたちが門の前に現れた。
一人のヴァルキリーがルシファーの方へ近づく。
「オーディン様が面会を承認した。ただし、ルシファーお前一人だけだ。ベルゼブブは中へ通さん!」
*
オーディン面会室。
ルシファーよりも倍くらいの身長があるオーディンは、奥の中央台座の上に座っていた。
ルシファーは片膝を床につき、片手を添えて礼をする。
「久しいのルシファー。お前が会いたいと言ってくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「御目通り、感謝いたします」
「魔人の頂点にいる者が神に頭を下げるとは、情けないぞ」
オーディンは、ルシファーの異常な低姿勢に不信感を抱いていた。
「我が主人からの言葉をお伝えしたく、参上仕りました」
「お前の主人? あいつ以外の誰だというのだ?」
「——我が主人はただ一人のみでございます」
ルシファーは右腕の防具を外し、ポセイドンの紋章を見せた。
*
アスガルドの門前。
「——くそっ! アスガルドのブスどもが……目障りなんだよ!」
同行を許されなかったベルゼブブは、ブツブツと文句を言いなが腕を組んで立っていた。
そこには十数名のヴァルキリーと巨人が陣を組んで立っており、ベルゼブブを監視している。
「絶対に手を出すな」とルシファーから強く言われているため、ベルゼブブは虫の眷属で壁を作り、その者たちが視界に入らないようにしていた。
「——待たせたな」
「ルシファー様!!!」
ベルゼブブは目の前に現れたルシファーへ駆け寄る。
「ご無事ですか? あまりに遅いので、心配しておりました」
「ははははっ。ベルゼブブが門の前で待機していてくれたおかげで心強かったぞ」
「そんな……」
ルシファーの言葉にベルゼブブは顔を赤くし、うっとりする。
「戻ろう、ベルゼブブ」
「はい!」
ベルゼブブはルシファーの腕にしっかり掴まった後、二人はその場から転移した。
*
七罪の隠れ家。
戻ってきたルシファーとベルゼブブは、闘技場に来ていた。
「——離れろー!!!」
ジークの叫び声を聞いたルシファーは、口角を上げる。
「騒がしいな……」
一方のベルゼブブは、ジークとサタンの様子を目にして驚きの表情を浮かべる。
ジークは後ろからサタンにしっかりと抱きつかれ、首元を舌でぺろぺろ舐めまわされていた。
「サタン! 何をしている! 鍛えているはずではなかったのか?」
ベルゼブブの声を聞いたサタンは、ジークに抱きついたまま顔を上げた。
「あら、おかえりなさい。今はその訓練中よ~。追いかけっこしているの。私が追いかけて、ジークちゃんが逃げるって訓練。魔法も絡めているから、とっても良い方法だと思うわ~」
「舐める必要はないだろ!?」
ジークが青い顔をしているので、さすがのベルゼブブも気の毒に感じていた。
「そうかしら~? 追いかける方も大変なの。ご褒美が欲しいじゃな~い?」
「サタン、訓練ご苦労だった」
「まあ! ルシファーから礼を言われるなんて、私幸せ~」
サタンはうっとりとした顔を両手で多い、体をくねらせた。
「サタンは休憩してくれ。今から私が少し手合わせをする。どれくらいの強さか見ておきたいからな」
「ルシファー様が!?」
「ルシファーが!?」
ベルゼブブとサタンは同時に驚きの声を上げた。
「私、他の七罪も呼んできます! ルシファー様、それまで待っていただけますか?」
「構わん。こいつも少し休憩したいだろうからな」
「ありがとうございます! お前たち、知らせてこい!」
ベルゼブブは礼を言うと、急いで眷属の虫たちを使って七罪メンバーへ知らせに行かせた。
「助かった……」
ジークフリートは首を念入りに布で拭き取りながら、側に寄ってきたルシファーに礼を言った。
「やり方に少し偏りはあるだろうが、サタンとの訓練は役に立つ。あいつはやる気のようだから、しばらくは毎日訓練を要求してくるだろうな」
「毎日だと!? 勘弁してくれ……」
ルシファーの言葉に、ジークは震え上がる。
サタンの必要以上のボディタッチは、ジークにとって拷問だった。
「——ルシファー様、残りの四人が集まりました」
七罪序列四位——レヴィアタン、序列五位——ベルフェゴール、序列六位——アスモデウス、序列七位——アモンが観覧席に着席した。
「ッチ、相手は男か……」
がっかりした声を出したのは、アスモデウスだった。
渦を巻いたような角を持ち、無類の女好きだ。
「本当に残念」
体が鱗で覆われたレヴィアタンも、同じく男でがっかりしていた。
しかし、アスモデウスとは違う感情で、同性の女を痛めつけたいという欲求から出る発言だった。
ベルフェゴールは眠そうに大きなソファーの背にもたれかかり、アモンは全指にはめた指輪の石をうっとりしながら見つめていた。
「——皆、よく集まってくれた。今日から私の弟子になったジークだ。これから毎日、皆に稽古をつけてもらいたい。ヘラ、ゼウスと互角に戦えるようになるまでな」
席に座っていた四人は驚きの表情を浮かべ、前のめりになった。
闘技場の中心にいるジークを凝視している。
「すでにサタンとベルゼブブには話したが、私はゼウスとヘラ、そして、それに加担する神域を滅ぼすつもりだ。皆の待ち望んでいたことがようやく叶うぞ」
「やったぜ! どの女神にをめちゃくちゃにしてやろうか……」
「フフフッ、女神たちを中心に……」
「やっと退屈な時間が終わるんだ~」
「金、宝石……ヒヒヒッ」
後から来た四人は別の望みを口走りつつも、同じ目的——神域を滅ぼすことを望んでいたため、顔には喜びが溢れていた。
「——怖気付いたか? 今なら、ここから逃げてもいいぞ?」
それを言われたジークは、ルシファーを睨みつけた。
「敵が誰であろうと関係ない。私は自国民を守るという責務があるからな」
「なるほど。なら、ポセイドン様を失望させるなよ?」
「当然だ」
ルシファーは七罪の方に向き直る。
「魔人軍だけで攻め入りたいところだが、同じ志を持つ別種族が同盟を求めてきている。気に食わないこともあるかもしれんが、それについては目を瞑ってくれまいか?」
「もちろんです」
「ルシファーに反対するわけないじゃない」
近くにいたサタンとベルゼブブは、すぐに頷いた。
「ルシがファーが気にしないなら、俺は別に良いぜ」
「まあ、人数は多い方が良いわよね……」
「私はどっちでもいいわ~」
「ヒヒヒッ……ルシファー様にお任せします」
ルシファーに頭が上がらない他の四人も反対することはなかった。
「同意してくれたこと、感謝する。では、しばらく私たちの立ち合いを楽しんでくれ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる