俺は人間じゃなくて竜だった

香月 咲乃

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29 ルシファーの任務

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 ルシファーたちは地底域へ到着した。
 ベルゼブブは名残惜しそうにルシファーから体を離し、足元にある大きな包みに視線を落とす。

「ルシファー様、この包みはなんでしょうか?」
「アンラ・マンユだ。今は気を失っている。これを見せれば、オーディンと会わせてくれるだろう」
「……本当にあの人間が倒したのですか?」
「我が主人がそう言っていた」

 いつになく優しい顔を向けるルシファーに、ベルゼブブは頬を赤くする。

「ルシファー様、念願のご主人様にお会いできたこと、このベルゼブブも嬉しゅうございます」
「はははっ。その言葉、ありがたく受け取っておく。久しぶりに舞い上がる自分を抑えるのに必死だ。ベルゼブブ、今回の会談は非常に重要だ。そんな私の舵をしっかり取ってくれよ」
「はい! 私が誠心誠意お勤めいたします!」





 二人はアスガルドの門の前に到着すると、門番の大きな女性——巨人が慌てた声を上げる。

「ルシファー!? それにベルゼブブだと!? 何用だ! ここはお前たちが来るような場所ではない!」
「落ち着け。我々は危害を加えるつもりはない。これを見てくれ」

 ルシファーは包みを巨人の前へ魔法で移動させ、覆っていた布を消し去った。

「邪神アンラ・マンユ!? こやつをどうしたのだ!?」
「私の部下が倒した。アスガルドもずっと手を拱いていただろう? こいつを引き渡す代わりに、神オーディンと面会したい。戦うつもりは一切ない」
「堕天したお前と取引などするか!」

 その言葉にベルゼブブは歯ぎしりを鳴らす。
 最も敬愛するルシファーにかけられた侮辱の言葉が許せなかった。

「ベルゼ、落ち着け」

 ルシファーはベルゼブブの肩に軽く手を添え、穏やかな笑みを向ける。

「ルシファー様がそうおっしゃるのなら……」

 ベルゼブブは拳を握りしめ、ルシファーのために怒りを堪えた。

「頼む、急ぎ伝えることがあるのだ」

 ルシファーは門番に頭を下げた。
 その低姿勢な様子に門番は驚きの表情を浮かべる。

「……私では判断できぬ。少し待て」

 門番はそう言うと、ブツブツと何かをつぶやき始めた。

 しばらくすると、数人のオーディン親衛隊——ヴァルキリーたちが門の前に現れた。
 一人のヴァルキリーがルシファーの方へ近づく。

「オーディン様が面会を承認した。ただし、ルシファーお前一人だけだ。ベルゼブブは中へ通さん!」





 オーディン面会室。

 ルシファーよりも倍くらいの身長があるオーディンは、奥の中央台座の上に座っていた。
 ルシファーは片膝を床につき、片手を添えて礼をする。

「久しいのルシファー。お前が会いたいと言ってくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「御目通り、感謝いたします」
「魔人の頂点にいる者が神に頭を下げるとは、情けないぞ」

 オーディンは、ルシファーの異常な低姿勢に不信感を抱いていた。

「我が主人からの言葉をお伝えしたく、参上仕りました」
「お前の主人? あいつ以外の誰だというのだ?」
「——我が主人はのみでございます」

 ルシファーは右腕の防具を外し、ポセイドンの紋章を見せた。





 アスガルドの門前。

「——くそっ! アスガルドのブスどもが……目障りなんだよ!」

 同行を許されなかったベルゼブブは、ブツブツと文句を言いなが腕を組んで立っていた。
 そこには十数名のヴァルキリーと巨人が陣を組んで立っており、ベルゼブブを監視している。
「絶対に手を出すな」とルシファーから強く言われているため、ベルゼブブは虫の眷属で壁を作り、その者たちが視界に入らないようにしていた。

「——待たせたな」
「ルシファー様!!!」

 ベルゼブブは目の前に現れたルシファーへ駆け寄る。

「ご無事ですか? あまりに遅いので、心配しておりました」
「ははははっ。ベルゼブブが門の前で待機していてくれたおかげで心強かったぞ」
「そんな……」

 ルシファーの言葉にベルゼブブは顔を赤くし、うっとりする。

「戻ろう、ベルゼブブ」
「はい!」

 ベルゼブブはルシファーの腕にしっかり掴まった後、二人はその場から転移した。





 七罪の隠れ家。

 戻ってきたルシファーとベルゼブブは、闘技場に来ていた。

「——離れろー!!!」

 ジークの叫び声を聞いたルシファーは、口角を上げる。

「騒がしいな……」

 一方のベルゼブブは、ジークとサタンの様子を目にして驚きの表情を浮かべる。
 ジークは後ろからサタンにしっかりと抱きつかれ、首元を舌でぺろぺろ舐めまわされていた。

「サタン! 何をしている! 鍛えているはずではなかったのか?」

 ベルゼブブの声を聞いたサタンは、ジークに抱きついたまま顔を上げた。

「あら、おかえりなさい。今はその訓練中よ~。追いかけっこしているの。私が追いかけて、ジークちゃんが逃げるって訓練。魔法も絡めているから、とっても良い方法だと思うわ~」
「舐める必要はないだろ!?」

 ジークが青い顔をしているので、さすがのベルゼブブも気の毒に感じていた。

「そうかしら~? 追いかける方も大変なの。ご褒美が欲しいじゃな~い?」
「サタン、訓練ご苦労だった」
「まあ! ルシファーから礼を言われるなんて、私幸せ~」

 サタンはうっとりとした顔を両手で多い、体をくねらせた。

「サタンは休憩してくれ。今から私が少し手合わせをする。どれくらいの強さか見ておきたいからな」
「ルシファー様が!?」
「ルシファーが!?」

 ベルゼブブとサタンは同時に驚きの声を上げた。

「私、他の七罪も呼んできます! ルシファー様、それまで待っていただけますか?」
「構わん。こいつも少し休憩したいだろうからな」
「ありがとうございます! お前たち、知らせてこい!」

 ベルゼブブは礼を言うと、急いで眷属の虫たちを使って七罪メンバーへ知らせに行かせた。

「助かった……」

 ジークフリートは首を念入りに布で拭き取りながら、側に寄ってきたルシファーに礼を言った。

「やり方に少し偏りはあるだろうが、サタンとの訓練は役に立つ。あいつはやる気のようだから、しばらくは毎日訓練を要求してくるだろうな」
「毎日だと!? 勘弁してくれ……」

 ルシファーの言葉に、ジークは震え上がる。
 サタンの必要以上のボディタッチは、ジークにとって拷問だった。

「——ルシファー様、残りの四人が集まりました」

 七罪序列四位——レヴィアタン、序列五位——ベルフェゴール、序列六位——アスモデウス、序列七位——アモンが観覧席に着席した。

「ッチ、相手は男か……」

 がっかりした声を出したのは、アスモデウスだった。
 渦を巻いたような角を持ち、無類の女好きだ。

「本当に残念」

 体が鱗で覆われたレヴィアタンも、同じく男でがっかりしていた。
 しかし、アスモデウスとは違う感情で、同性の女を痛めつけたいという欲求から出る発言だった。

 ベルフェゴールは眠そうに大きなソファーの背にもたれかかり、アモンは全指にはめた指輪の石をうっとりしながら見つめていた。

「——皆、よく集まってくれた。今日から私の弟子になったジークだ。これから毎日、皆に稽古をつけてもらいたい。ヘラ、ゼウスと互角に戦えるようになるまでな」

 席に座っていた四人は驚きの表情を浮かべ、前のめりになった。
 闘技場の中心にいるジークを凝視している。

「すでにサタンとベルゼブブには話したが、私はゼウスとヘラ、そして、それに加担する神域を滅ぼすつもりだ。皆の待ち望んでいたことがようやく叶うぞ」
「やったぜ! どの女神にをめちゃくちゃにしてやろうか……」
「フフフッ、女神たちを中心に……」
「やっと退屈な時間が終わるんだ~」
「金、宝石……ヒヒヒッ」

 後から来た四人は別の望みを口走りつつも、同じ目的——神域を滅ぼすことを望んでいたため、顔には喜びが溢れていた。


「——怖気付いたか? 今なら、ここから逃げてもいいぞ?」

 それを言われたジークは、ルシファーを睨みつけた。

「敵が誰であろうと関係ない。私は自国民を守るという責務があるからな」
「なるほど。なら、ポセイドン様を失望させるなよ?」
「当然だ」

 ルシファーは七罪の方に向き直る。

「魔人軍だけで攻め入りたいところだが、同じ志を持つ別種族が同盟を求めてきている。気に食わないこともあるかもしれんが、それについては目を瞑ってくれまいか?」
「もちろんです」
「ルシファーに反対するわけないじゃない」

 近くにいたサタンとベルゼブブは、すぐに頷いた。

「ルシがファーが気にしないなら、俺は別に良いぜ」
「まあ、人数は多い方が良いわよね……」
「私はどっちでもいいわ~」
「ヒヒヒッ……ルシファー様にお任せします」

 ルシファーに頭が上がらない他の四人も反対することはなかった。

「同意してくれたこと、感謝する。では、しばらく私たちの立ち合いを楽しんでくれ」
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