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9 イリアの二重人格の秘密

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 アレックスはアイリスの魔術訓練部屋から出た後、自分の執務室に戻ってきていた。

 デスクの椅子に深く座り、窓から庭を眺める。

「——イアン、本当にいいのかい? 彼女に魔術の教育を任せて」

 デスクの前には、王家とハミルトン家に使える仮面使用人——イアンが立っていた。

「仕方ないでしょ? 私は仕事をいっぱい抱えているのよ。アレックスの仕事をね」

 イアンは男の低い声だったが、どこか女性的な口調になっていた。

「そんな嫌味な言い方はよしてくれよ。魔術を排斥しようとしていた兄上たちを説得したのは誰だと思ってるんだい?」

 アレックスは氷のような視線をイアンに送る。

「それは……感謝してるわ」
「わかってくれてるならいいけど。まあ、アイリスを頼んだよ。僕のためにも……」
「アイリスさんを変なことに巻き込まないでね?」
「それは君次第だよ。さあ、そろそろ時間だよ? 今回は特例でを探す時間を設けてもいいから」
「感謝するわ。しばらくここを離れるから、頼んだわよ」

 イアンはそう言うと、魔法陣を起動してその場から消えてしまった。

「フフフッ。今度は何を見つけてきてくれるかな~」

 アレックスは口角を上げた。


***


 圭人の世界。
 圭人の高校、職員室。

 1人の男子高校生が圭人の担任に質問をしていた。

「先生、一ノ瀬圭人君のことですが……」
「え? イチノセ? 誰のこと言ってるの?」
「あ、すみません……。失礼しました」

 その男子は慌てて職員室から出て、男子トイレの個室に駆け込んだ。

 ——高校で一ノ瀬君の存在が消えてる……。次は家を調べないと……。

 その男子は転移魔法陣を起動し、ある場所へ移動した。




 先ほどトイレにいた男子は、圭人の家の前に移動していた。
 笑顔を作り、インターホンを鳴らす。

「はい、どちら様?」

 インターホンから母親らしき人物が応答した。

「こんにちは。圭人君はいますか?」
「は? ケイト? うちに子供はいませんよ?」

 そう言い終わると、インターホンの通話が切れた。

 ——やっぱり……。なら、痕跡を探さないと……。

 その男子は周りに人がいないことを確認した後、魔術で姿を隠した。
 そして、探索魔術を発動する。

 ——この家の2階……私の召喚魔法陣の痕跡がある……。やっぱり一ノ瀬君は向こうの世界に移動したのは間違いない。でも、どこへ? そのまま召喚されれば絶対目立つはずなのに……。戻ってから調べるしかないかー。

 その男子は再び転移魔法陣を展開し、別の場所へ移動した。





 スーパーマーケット。

 ——あった! よかったーラストだったー! これ買ってこないと怒るんだよねー、アレックス。

 男子は買い物かごいっぱいにお菓子を詰め込んでいた。

 ——今回でお金なくなるなー。またこの世界でバイトしないと……。本当にアレックスの仕事って面倒。私は魔術師なのに……。アイリスさんの魔術だって私が教えたいのにー! アレックスのバカ!


***


 アイリス魔術訓練部屋。

「——お前、ちょっと制御が上手くなったからって調子にのるなよ? じゃあ、今日はこれで終わりだ。3日後にまた来いよ」

 イリアは鞭をしならせ、最後に威嚇した。

「は、はい! ありがとうございました! またお願いします!」

 数時間のスパルタ特訓を終えたアイリスは、半泣きで深々と頭を下げた。

 ——この前のイリアさんは褒めることしかしなかったのにー! この差は激しすぎだろ!?

 しかしその甲斐あって、アイリスは『異空間収納』を習得していた。
 その中に大量の魔導書を詰め込みながら、あることを思い出す。

「あの……この前お借りした魔導書は、まだ持っていていいですか? まだ半分くらいしか読んでいないので……」

 アイリスは恐る恐る聞いた。

「え? なにそれ?」
「え……?」

 ——早めに返して欲しい、って言ってたのに……。まだ全部読んでないのか、って怒られるかと思ったんだけどなー。
 
「あ……まあ、まだ持ってていいから。気が向いたら返して」
「はい……」

 ——なんか……不自然な反応だよな?





 イリアはアイリスの魔術訓練部屋から出ると、アレックスの執務室を訪問した。

「——アレックス様、イリアです」

 執務室の扉をノックした後、イリアはそう告げた。

『入って』
「失礼いたします」

 イリアは部屋に入って扉を閉めると、その場に片膝をついた。

「——、お疲れ様。アイリスの調子はどう?」

 アレックスはイリアのことをあえて別の名前で呼んだ。

「はい、素質はあります。しかし、根性がないというか……」
「はははっ。最初はそんなもんだよ。しばらくイリアは僕のおつかいであっちの世界に行ってるから、アイリスの教育は頼んだね」
「はい、お任せください。姉上の代わりにアレックス様のご希望通りの娘に仕上げてみせます」
「頼んだよ。しばらくイリアとして大変だと思うけど、それなりに振る舞いには気をつけてね。ミラの荒々しい性格は悪目立ちするから」
「申し訳ございません。慣れておりませんので、つい……」

 公にはされていないが、イリアとミラはハミルトン家の双子の姉妹で、2人ともアレックスの従者だ。
 イリアはアレックスの命令で『イアン』という架空の使用人に変装し、いろんな仕事を請け負っている。
 一方のミラは、イリアがイアンとして行動している間だけ、イリアの身代わりになり、それ以外は自由気ままに生活している。
 ミラは主人のアレックスの前だけでは丁寧な振る舞いを見せるが、それ以外は悪役令嬢そのものなので、イリアは手を焼いていた。

 2人の秘密を知っているのは今のところ、ハミルトン家とアレックスだけだ。
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