【完結・R18】結婚の約束なんてどうかなかったことにして

堀川ぼり

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初恋の話

4-1.政略的な結婚相手

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 外には出せないなんて言い方をされたけれど、リーシャが想像していたような窮屈な監禁生活にはならなかった。
 事前に話が通っていればリーシャの部屋に客人が来ることも許されたし、何か欲しいものがあれば即座に用意してもらえる。食事や就寝をダニスと共にすることも今まで通りで、ダニスと一緒であれば城の外にも連れ出してもらえた。
 リーシャに不自由がないように、一応は気を遣われているのだろう。気が塞いだ状態で婚約パーティーに顔を出させるわけにはいかないからと、これはそういう配慮なのだ。
 適度に息抜きさせて、健康的に食事と睡眠を摂らせて、問題なく婚約するために日々を過ごさせるという、そういう生活。一人で自由に出歩くことが叶わなくなっただけで、生活のリズムが大きく変わったわけではない。
 きっと、本来はこれが普通なのだ。貴族の間でよくある政略結婚はこういうもので、こんな結婚生活を送っている夫婦が世にはありふれている。むしろリーシャの結婚は、最上級に恵まれたものだと言っても過言ではないだろう。
 相手が自分より随分と歳が上であったり、普段は放置しているくせに夜の奉仕だけは強制してきたり、そういう相手との結婚を断れない人だって大勢いるのだ。そんな話がいくらでもある世の中で、好きになった人と結ばれるなんて、それ以上の贅沢があるだろうか。
 誰の目から見ても素敵で、不自由ない生活をさせてくれて、初めての恋を教えてくれた人が結婚相手なのだ。最初から何も知らなけば、こんなに悲観的になることはなかった。
 ――好きになんてならなければよかったと、最近はそんなことばかり考えてしまう。
 ダニスの行動を今までと比べてしまうせいで、毎日少しずつ心が擦り減っていくような感じがした。
 あの日を境に、ダニスがリーシャに触れる回数は極端に少なくなっている。
 毎日一緒に寝てはいるけれど、抱かれるついでに同じベッドで横になっているだけ。眠る前に口付けたり、抱き締めてもらったりと、そういう接触は一切ない。
 夜の行為も最低限というか、随分とあっさりしたものに変わってしまった。会話もなしに淡々と触って挿れて終わる行為は、ただ子供を成すためだけにしているのだと言外に伝えられている気分になる。
 痛くはないし、怖くもない。ただどうしても虚しくて、嘘でいいから以前のように振る舞って欲しいと、そんな自分勝手なことを考えてしまう度に自己嫌悪に陥った。

(ダニス様には好きな子がいて、魔法が使える相手を選ぶなんてしがらみがなければ、本来は私を抱く必要もないのに……)

 したくもない行為をしているのは、ダニスの方も同じなのだ。
 たくさんイカされるのは怖いと泣いて嫌がったくせに、事務的に進む行為はやめて欲しいなんて、どうしてそんな勝手なことばかり考えてしまうのだろう。
 ダニスがいつからリーシャに嘘をついていたのかは、まだしっかりと聞けていない。
 そういう話をしようとする度に言葉を濁されてしまうし、食い下がろうとしても、「過去の話なんてもういいでしょ?」と言われて終わってしまう。
 ただ、ダニスが他の女の子を今でも想っていることだけは確定事項で、それを考えると胸の辺りが苦しくなる。
 勝手に好きでいることくらい許して欲しいと、苦しそうに笑いながらダニスが言っていたことをまた思い出した。
 王族だから仕方ないと割り切って望まない結婚を決め、ただ静かに初恋の相手を想い続けることだけが心の守り方なのだとしたら、あまりにも居た堪れない。
 しかしそんなダニスに対して、今のリーシャにできることは何もないように思えた。

(子供を産んだら、その瞬間から私は本当に必要なくなるのかな……)

 ダニスがそんな事をする人ではないと分かっているのに、ダニスのためにはその方がいいのかと考えてしまう。
 ここ数日、自分の気持ちを考える時間は十分にあったが、リーシャがダニスを好きだと思う気持ちは結局消えることがなかった。
 ダニスからの恋情はもう感じられないけれど、気遣いだけは痛いくらいに感じる。
 苦しそうに笑いながら、申し訳なさそうな顔でダニスはリーシャに触れる。最低限の性行為の中でも、リーシャに痛みがないように気を付けてくれているのが嫌なほどに伝わってきた。
 自分に好意が向けられていなくても優しさを感じる場面はたくさんあって、その度に胸が苦しくなる。
 好きな子の代わりになれたらいいのにと、そんな馬鹿な考えが何度もリーシャの頭を過った。
 ダニスの心に触れる度に彼を遠く感じてしまい、どれだけ触ってもらっても絶対に通じ合えないと言われているようで、彼の特別になれないことが悲しくなる。
 夜は一応距離を開けて寝ているが、起きると後ろから抱き締められている時がたまにあって、その時だけはなんだか恋人になったように感じた。
 もっとすごいことを毎晩しているはずなのに、ただ抱き締めてもらえたり手が触れたり、それだけのことに心臓が跳ねる。
 結婚する相手に対して、どんどん片思いを拗らせていってるみたいだ。これ以上関係は変わらないのに気持ちだけが先走って、自分の意思で歯止めをかけることができない。
 時間が経って胸の痛みに慣れたら、この息苦しさも気にならなくなるのだろうか。初めての感情に戸惑うことばかりで、ここからどう気持ちが変わっていくのか分からなかった。


 そんな気持ちを引き摺ったまま十日が経ち、婚約パーティー当日まであと数日となった。
 他国からの招待客も少しずつ集まり始め、ダニスや国王陛下は誰かが挨拶に来る度に応接室に顔を出している。
 そういう場にリーシャが参加するのは、無事に婚約のお披露目が終わってからになるらしい。そのためダニスが応対に出ている間は、リーシャのために用意してもらった世話係と二人で、部屋に閉じ込められて過ごすことになる。
 今日はリーシャのところに客人が訪ねてくる予定もないし、急いで終わらせなければいけない事柄もない。ダニス様は今日もお忙しいですねなんて話に相槌を打ちながら、彼女に用意してもらったお茶をリーシャは一口飲み込んだ。
 ただ時間が過ぎていくのを待つだけの時間。
 そんな中でコンコンとノックの音が響いたのは突然のことで、リーシャが返事をするよりも先にゆっくりと扉が開く。
 スキップでもしそうな勢いで楽しそうに入ってきた女性はよく知った人物で、リーシャは持っていたカップを思わず落としそうになった。

「えっ……え? お母様……⁈」
「うふふ、驚かせたかしら。少し早めに着いたから、ダニス殿下にリーシャの居場所を聞いて来たの。なんだか久しぶりねぇ」

 結婚の報告は手紙でおこなったが、ダニスと二人での正式な挨拶は婚約パーティーと同日に行う予定になっていた。
 十日前に魔法で家に帰った際は留守にしていて、タイミングが悪く会えていない。
 てっきり父と一緒に婚約パーティー当日に来るものだと思っていたから、突然の登場に驚いてしまった。他国の城の中だというのに、久しぶりに会う母はいつもと何も変わらない。

「今日は暇なの? 時間があるならゆっくりお話ししましょうよ。お母さん、リーシャの馴れ初めとか聞きたいわぁ」

 そんなことを言いながらリーシャの隣に座り、「いい香りのお茶ねぇ」なんて呑気に言う。二ヶ月ぶりに顔を合わせた母親はリーシャを見て、目尻に皺を寄せながら嬉しそうに笑った。
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