【本編完結・R18】苦手だった元婚約者にドロドロに甘やかされています

堀川ぼり

文字の大きさ
1 / 34

プロローグ

しおりを挟む

 その日は朝から嫌なことが続く一日だった。
 朝食を食べながら見ていたテレビに苦手な人が映り、慌てて消そうとリモコンに手を伸ばしてコーヒーを溢したところから最悪な一日がスタートしたように思う。
 その後も鞄の持ち手が切れたり自動販売機で選んだ商品と違うものが出てきたりと、とにかく良くない事が連続で起こる一日で、そんな日に限って仕事もトラブルが続くのだから本当に嫌になる。
 それでも悪いことが重なる日はあるものだと割り切って、これだけ運の悪い日はさっさと帰って寝てしまおうと、コンビニで軽く夕飯を買ってそのまま帰路を急いだ。
 マンションに辿り着いたら、あとはエレベーターに乗って数歩歩けば部屋に帰れる。あと少しで憂鬱な一日を終わりにできると、そんな気持ちでエレベーターに乗り込んだーーそんな瞬間の出来事である。

「……和音?」
「え? あっ……」

 エレベーターの中に先客がいる事には気付いていたけれど、顔を上げる気力もなくて、名前を呼ばれるまで相手の顔を認識しようともしていなかった。
 相手の顔を見た瞬間に扉が閉まり、逃げ場のなくなった状態にサッと血の気が引いていく。
 どうしてこんな場所にいるのだろうという疑問が頭の中をぐるぐる回り、そうしている内に再度名前を呼ばれて視線が絡む。
 朝のテレビで見たのと同じ、即座に記憶から消そうとした人と同じ顔がそこにあった。

「ゆ、いと……?」
「うん。三年振りだっけ? 元気だった?」
「……げ、元気だった。あの、結人は……?」
「別に、大きな病気はしてないよ。色々あって疲れてはいるけど」

 その色々には私のことも含まれているのだろうかと、そんな事を考えてまた空気が重たく感じる。
 扉が閉まったばかりのエレベーターはついには上昇を始め、完全に逃げ場のない状態になって今更自分の行動を悔いた。
 先客がいるのが分かった時点で、次にエレベーターが下りてくるまで待てば良かったのだ。疲れているからまあいいやと乗り込んだりしなければ、こんな事にはなっていない。
 知らない人とエレベーターで乗り合わせるくらいなら何も問題はなかったのに、一日の締め括りにこんな展開を持ってくるなんて、今日が不運が重なる日だったとしても流石にやりすぎだと思う。

 三年振りに再会したからといって、久しぶりだねと話が弾むような関係ではないのだ。
 何も言及してこないから結人がどう思っているのかは分からないけれど、私が気まずいと思ってしまうくらいに酷い逃げ方をした自覚がある。こんなに普通に会話を続けられても、どうしていいのか分からない。

「もしかして和音もここに住んでる?」
「そ、そうだけど……えっと、結人までどうしてこんな場所……」
「結構長期で担当する案件があって、ここが一番アクセスいいから最近引っ越した。押すよ、部屋何階?」
「え、あの……」

 身体が強張って背中が冷たい。
 いつもなら何も考えずに四階のボタンを押すけれど、結人に私が住んでいる所を知られるのが嫌でそれすら出来なかった。同じマンションだと知られた時点で、そんなの手遅れかもしれないけど。

「同じ階、なわけないよね。俺に部屋知られるの嫌?」
「だ、だって……」
「別に和音の部屋に押し入るつもりはないけど。このまま上まで来るなら俺の部屋連れてくよ?」

 そんな事を言われても、四階なんてすでに通り過ぎた後だ。このマンションの最上階である十五階のボタンだけが明るく光っていて、私が答えないせいでエレベーターはどんどん上へと上がっていく。

「……そんなに警戒しなくても、本当に偶然なんだけど。待ち伏せしてたとか、嘘ついてるわけじゃないよ」
「あの、朝のニュースで近くの複合施設の改修するって見たし、その担当者として結人が映ってるのも見たから……。別にそんなの疑ってるわけじゃないよ」
「ああ、そう。あれ見たんだ」

 正しくは結人の顔を見て即座にテレビを消したわけだが、そんな失礼な行動は伏せたまま一度頷く。

「それで? このままだと本当に上まで行くけど、自分の部屋帰らなくていいの?」
「えっと、もう通り過ぎちゃったから。下に戻る時に降りるから別に……」
「そうじゃなくてさ。こんな機会もうないかもしれないし、ちゃんと話したいんだけど。今から時間もらえる?」

 急に固くなった声で訊ねられ、ひやりと心臓の辺りが冷たくなった。
 先程までの軽い調子とは全然違う雰囲気で、狭いエレベーターの中が一気に緊迫したように感じてしまう。

「……あ、あの、私から話すことは別に、」
「あるよね? あんな終わり方されて納得できると思う?」
「う……」

 ちゃんと説得して互いに納得できる話ができるなら、私だって最初からそうしていたと思う。
 しかし私が何を訴えても結人には一切響かないし、私が言うことよりも結人の意思が優先されることなんて目に見えていた。
 話しても意味がないと、そう思ったから黙って行方をくらませるという手段を取ったのだ。

 あんな逃げ方をしたせいで多方面に迷惑をかけたことは分かっているし、確かに私が最悪な終わり方をしたことに変わりはないけれど、その原因が結人にあることは本人も自覚しているだろう。
 それなのに、今更何を話せと言うんだろうか。

「ねえ、俺は和音の何?」

 当時の私が何度もされた質問を、目の前の男が同じように口にする。
 その度に彼氏だとか恋人だとか、結人が納得する答えを返すしかなかった。

 彼――櫻川結人(さくらがわゆいと)は、父が勤めていた会社である櫻川グループ当主の次期後継者で、私の元婚約者である。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーンにも投稿しています》

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

処理中です...