22 / 34
いなくならないで
しおりを挟む翌朝目を覚ますと、隣に結人の姿は無かった。
自分のものでないベッドに一人で残されている状況に、私の口からは「え……」と小さな声が漏れる。
上体を起こして部屋の中を見渡しても、ただ窓から光が差し込んでくるだけ。昨日の分かりやすい温もりが近くにないことを不安に思う自分に、起きて早々嫌気がさした。
私は一体、何を期待しているんだろう。
行為が終わってすぐ部屋に帰ろうとしたり、結人に抱き締められながら付き合えない言い訳ばっかり考えていたのに。
朝起きて一人残されているのが寂しいなんて思うの、あまりにも自分勝手すぎる。
付き合う気がないのに、恋人らしい扱いを求めているみたいだ。
「……頭冷やそ」
ベッドから足を下ろし、寝室のドアに手を掛ける。ドアを開けるとリビングの方から声がして、結人がまだ家の中にいることを感じて思わず足が止まった。
こういう時、どういう顔をして出ていけばいいのだろう。
どうしてベッドを出る時に声を掛けてくれなかったのかと、そういう話題は出さずに本題から入っていいのだろうか。
昨日色々と考えていたはずなのに、話を切り出すタイミングが分からない。
本当なら一緒に目覚めてベッドの中で挨拶した後、一晩使って試してもらってごめんねと切り出すつもりだったのだ。
その前提が崩れてしまった今、またシミュレーションし直さなければいけない。
セックスしたけど付き合う気はありませんと、顔を合わせていきなり話し出すのは少しハードルが高過ぎる。
どうしようかと寝室の扉を開けた状態でしばし固まっていると、リビングの扉越しに再び結人の声が響いた。
「……分かってる、一旦出るよ。その方が早いと思うし、担当の子にもそう伝えて」
独り言という感じはしないし、恐らく誰かと電話しているのだろう。
本当なら今日は結人もお休みのはずだ。それなのに電話をしているという事は余程急ぎなのだろうし、何かトラブルがあったのかもしれない。
「ああ……うん、分かった。納期が先の案件から動かせると思うから、こっちで調整出来ないか調べてまた連絡する。うん……ああ、成る程ね。そこは気にしなくていいから、客先への説明は任せていい? そう……あー……、うん。彼の方にはまた俺からフォロー入れる。早めに動いてくれて助かるってだけ伝えておいて」
私が固まっている間に、どうやら通話は終わったらしい。
話し声が途切れると同時にリビングのドアが開き、そこから出てきた結人とばっちりと目が合ってしまった。
まるで立ち聞きしていたみたいだ。
私がいるとは思っていなかったのか、結人のほうも一瞬驚いたように目を見開く。
「え……、ああ、おはよう。起こさないように出たつもりなんだけど、ごめん。うるさかった?」
「あ、違うの。顔洗いに行くつもりで部屋から出たら、なんか話し声がして。仕事の電話みたいだから、邪魔にならないように戻った方がいいかなとか考えてただけで……」
本当はもっと違う事を考えていたのだけど、流石にこのタイミングで話を切り出すのは違うと分かる。
誤魔化すつもりで「何かあったの?」と質問すると、困ったような笑みを浮かべながら「少しね」と結人が返した。
「そんなに大きなトラブルってわけでもないけど、急ぎでやる事があるから少しだけ顔出してくる。と言っても、俺が直接すること自体そんなに多くないし、午前中に帰れると思うから待っててくれる?」
「え……?」
「昨日は結局ちゃんと話せてないから、俺がいない間に部屋から出たりしないで待ってて」
一瞬、結人の声が僅かに硬くなったのが分かった。
私が言おうとしていた事が全て見透かされているようで、喉の奥にぐっと言葉が痞える。
「……あ、その」
「おいで」
最後まで言い切る前に手首を引かれ、寝室に戻されるとそのままベッドに腰掛ける形になった。それ以上何かをされるわけでもないのに、不思議とその状態から動けない。
私をベッドに座らせただけで結人は離れていき、呆然とする私を残して今度はクローゼットに近付く。
仕事に行くと言っていたし、着替える必要があるのだろう。その状況は分かるけれど、どうして一緒に寝室に連れ戻されたのかが全く分からない。
着替え始めた結人をただ黙って見ていることしか出来ず、そんな私の方に視線だけを向けた結人がゆっくりと口を開いた。
「……あのさ、昨日の本当に嫌じゃなかった?」
「え……」
「嬉しかったって言ってくれたけど、あれは嘘じゃない?」
シャツのボタンを留めながらそう問われ、少し困りながらも小さく頷く。
「……う、嘘ではない、けど……その」
「ああ、待って。今は時間ないから、俺が帰ってからちゃんと話してくれる? このタイミングで行かなきゃいけないの本当に嫌だけど、出来るだけすぐ帰るし、その時間で和音もゆっくり考えてよ」
「え? あ、でも……」
「色々と始める前に、本気なのかって俺はちゃんと聞いたよ。何か嫌な事しちゃったなら謝るし次からは直すから。そんな顔して、なんとなくで終わらせようとしないで」
「へ……」
着替えを終えた結人がクローゼットの扉を閉め、再び私の方へと近付く。
膝の上に置いていた手に結人の手が重ねられ、その指先が軽く絡んだ。
「せっかくここまで許してくれるようになったのに、やっぱり無かったことにしようって言われるの無理。和音が嫌だったならセックスはもうしなくていいから、極端なこと考えるのだけはやめて」
私が考えていたことなんて、ほとんど見透かされていたのだろう。
伝えようとしていた事を先に制されてしまい、何も言えずに固まっていると、そのまま結人の手が離れていった。
どうしよう。違うのに。
昨日した事が嫌だったわけじゃなくて、私が結人に釣り合わないから駄目なのだ。
嫌だったらしなくていいなんて結人に言ってもらう資格、私には最初からない。
「結人違うの。昨日した事が理由じゃなくて、ただ私が……」
「ごめん。今はそういうの聞く余裕ない。本当にすぐ帰るから、家の中でゆっくり休んでてよ」
本当に、今は私の話を聞いてくれる気はないらしい。
貼り付けたような困った笑顔で「後にして」と言われるばっかりで、最後まで言わせてもらえることは一度もなかった。
結人が私の「付き合えない」を、嫌だと思ってくれていることは分かってる。
だけどこれ以上迷惑を掛けたくないし、一度全てを投げ出した身で、やっぱり付き合うなんて都合の良い選択は出来ない。
結人の交際相手とか結婚相手は、もっとちゃんとした人がなるべきだ。
結人が何を言ってくれても変わらないくらいに、私の意思は固まっている。
だけど決して結人の事を嫌いになったわけではないし、昨日の行為が嫌だったわけでもない。そこは嫌な誤解をされないように、しっかりと話して謝りたい。
結人が悪いわけじゃないとか、ご両親が心配してるから相応しい人を選んで欲しいとか、伝えたいことが色々ある。
でもそれは、急ぎの仕事に向かう結人を引き留めてまでする話ではないとも思った。
「……忙しいのにごめん。また帰ってから聞いてくれる?」
「うん。絶対に聞くから、和音もちゃんと家で待ってて」
後から時間を取ると言ってくれているのだから、今は引くのが大人として正しい。
待ってての言葉に一度頷くと、少し不安そうな表情を滲ませながらも、結人は家を出る準備を再開した。
身支度を整えて持ち物を確認し、その数分後にいってきますと私の頭を撫でた結人を見送ってから、閉まった扉を見つめて大きく息を吐く。
勝手に出ていくなんて不義理な事をするつもりはないのに、「絶対にいなくならないで」と念を押すように結人は口にしていた。
学生時代に私が逃げ出した事を結人が引きずっているようで、その罪悪感からまた少しだけ胸が痛む。
「……あ、そうだ。結人がいないうちに詳細聞かなきゃ……」
昨夜返信できなかったメッセージの事を思い出し、隠すようにして置いていたスマートフォンに手を伸ばす。
メッセージアプリを立ち上げようとしたのと同じタイミングで、偶然にも端末が震え出し、電話の受信を知らせるマークが画面に表示された。
本当に、驚くほどタイミングがいい。
受信を知らせるアイコンの真横には、ちょうど連絡しようと思っていた弟の名前が表示されていた。
14
あなたにおすすめの小説
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーンにも投稿しています》
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
勘違いで別れを告げた日から豹変した婚約者が毎晩迫ってきて困っています
Adria
恋愛
詩音は怪我をして実家の病院に診察に行った時に、婚約者のある噂を耳にした。その噂を聞いて、今まで彼が自分に触れなかった理由に気づく。
意を決して彼を解放してあげるつもりで別れを告げると、その日から穏やかだった彼はいなくなり、執着を剥き出しにしたSな彼になってしまった。
戸惑う反面、毎日激愛を注がれ次第に溺れていく――
イラスト:らぎ様
《エブリスタとムーンにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる