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第10話、先任。
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大隊長と別れた後、セイカーはエルマを連れて着任先の小隊を訪れた。士官室に行くと小隊長と分隊長たちが集まっていた。
この世界の軍隊の実戦部隊はほぼ歩兵から成り立っている。ただし、地球と違い歩兵は全て魔法が使え、変わりに銃砲類はほとんど発達していない。
魔導コアという技術が生まれてから魔法は一部の特権階級だけのものではなくなり、魔導コアを持って訓練すれば誰でも使えるものになった。これが軍のあり方を大きく変え、各国で国民皆兵制度が導入されるようになって今に至っている。
歩兵は10人一組で分隊という単位を作って管理される。更に4分隊で小隊、4小隊で中隊、4中隊で大隊が形成されることになっている。大隊は700名強からなる集団で、軍における様々な業務はこの大隊を単位として行われることが多い。さらにその上には旅団、師団、軍といった単位も設けられている。
小隊長以上になれるものは特別な選抜と訓練を受けた士官のみとされていて、規定上、士官でないものは副小隊長が出世の上限とされている。もちろん例外はあり、適任者が見つからないときに一般兵卒上がりの下士官を小隊長以上の職務に任官させることは可能とされていた。
前述のとおり、共和国でも帝国でも国民皆兵制度に基づく徴兵制が敷かれているので、一般兵卒の大半は短期的に訓練されただけの一般市民である。そのほとんどは任期が終わると軍を離れるが、中にはそのまま残り、一般兵のリーダー的地位になるものもいる。さらに、そういう中から分隊長や副小隊長が選ばれるのだ。
セイカーが小隊の士官室を訪れた時に待っていたのは、要するにそういう人たちだ。
真ん中で椅子に座っている一番若そうなのが小隊長だ。階級章を見ると分かるが見慣れないものが見ると間違えるかもしれない。だが、士官が配属後に経験を積んで最初につく隊長職が小隊長であることを考えれば、小隊長の年齢が若くなりがちなことはすぐに分かるだろう。
それに対し、周りで直立不動の姿勢を取っている風格のある兵士が分隊長たちだ。彼らは兵卒からの叩き上げのベテランなので一般的に年上だし、そうでなくても軍人としての風格がある。何も知らない人間が見たら分隊長の方が上司だと思う可能性の方が高い。
ちなみに、この小隊では小隊長は男性だが、前線であっても女性の小隊長は少なくない。だが、女性で前線の分隊長をしているものはほとんどいない。そもそも新兵での配属から女性の前線希望は少ないうえ、その後に様々な理由から後方勤務に転属希望を出すことが多く、人事上も女性の転属願いは優先して処理されやすいためだ。
そんな常識が支配する中で、あからさまに幼女といった風貌のセイカーが女性型ホムンクルスのエルマを共に連れて士官室に入ってきたのだから、その光景に違和感を感じないものがいたとしたらそちらの方がバランス感覚に欠いていると言わざるをえない。
「セイカー=ファルコン軍曹、ただいま着任いたしました」
「同じくエルマ=アブリルであります」
「ご苦労。ジョーイ=ランブート中尉だ。ようこそ前線へ。歓迎しよう。短い付き合いになると思うが、よろしくしてくれたまえ」
ジョーイ小隊長がそう言うと、周りに並ぶ分隊長たちが爆笑した。どうやら何か冗談を言ったらしいが、セイカーには何がどう冗談になっていたのかいまいち分からなかった。エルマはそもそも冗談を理解するという機微を備えてすらいないので、顔色も変えずに直立不動を維持している。
セイカーたちが反応をしないのを見たジョーイは目の奥に嘲《あざけ》りの色を浮かべながら話を続けた。
「目標はここだ。ファルコン軍曹にはホムンクルス分隊を率いてこの敵陣地を奪還する任務が与えられている。作戦開始は明朝だ」
ジョーイはそう言って広げた地図の1点を指差した。見ると戦略上特に重要そうなところもない高台である。頑張って奪還したところで、隣の陣地を落とせなければ維持は困難だし、逆に隣を落とせればここが落ちるのは時間の問題だ。つまり、ここへの攻勢は全体の作戦の一部としてのみ意味がある。
「質問があります」
「何だ?」
「本隊の作戦開始は同時刻でありますか?」
「本隊のとは何のことだ?」
「は、失礼します」
セイカーは一言断るとジョーイが指した点から少し離れた点を指差した。
「ここを攻撃する本隊のことであります」
その途端、ジョーイの雰囲気が変わった。
「今回の作戦で他の部隊の出動予定はない」
「しかし、それでは奪還後の陣地防衛に支障が生まれます」
「そのようなことは分隊長の考えることではない!」
「は、失礼いたしました」
と、ジョーイが再び何か意地の悪い表情を浮かべて言葉を付け足した。
「そうだな。もし可能であれば、お前たちがその陣地へ攻撃することも許可しよう」
「は?」
「A目標の攻略後、余力があればB目標の攻撃に移ってよいと言っている」
ジョーイは地図を指差しながらそう言った。しかし、当初の攻撃目標であるA目標は1分隊のみが駐屯しているに過ぎないが、B目標には小隊の本隊が駐屯している。たかが1ホムンクルス小隊のみで攻略することは無謀というものだ。
もちろん、ジョーイは無謀であることを分かって言っている。要するにこれは生意気なことを言ってきた下士官に対する嫌がらせだ。
「了解しました。では、A目標撃破後、速やかにB目標の殲滅に当たります」
が、セイカーは事もなげにそう答えた。実際のところ、セイカーのスペックを持ってすればA目標の奪取はその気であれば1体のみで十分達成可能と推測されるので、このようなことは嫌がらせでもなかった。
ジョーイは眉を顰めたが、報告にはホムンクルスが指揮を逸脱して暴走したとしておけば特に問題にもなるまいと思って放置した。やはりホムンクルスはこの程度の知能しかないと内心嘲笑しながら。
士官室を辞した後、セイカーたちは先任分隊長の1人に連れられて配下となるホムンクルスの駐屯地へと案内された。その間、時々振り返ってにやにや笑いながら舐めるようにセイカーとエルマを見る視線が不快だったが、気にせず無視していた。
どうやら、この小隊は通常の分隊が2つとホムンクルス分隊が2つからなる小隊で、2つのホムンクルス分隊の内、1つがセイカーに与えられることになったらしい。ということは元の分隊長は失業なのかと思ったが、ホムンクルスは次々に補充されてくるのですぐに新しい分隊が組織されるのだと言う。
「ここだ」
中くらいの部屋に2段ベッドが何台も並べられたところにホムンクルスたちは集められていた。この部屋だけで2分隊分のホムンクルスがいるらしい。出動がないときのホムンクルスは特に何もせず、ベッドの上で休息をとっているだけだった。
「ベッドに空きが目立ちますが」
「それは別のところで寝てるんだ」
「別のところ?」
ここ以外にホムンクルス用の寝室があるのかと思って聞き返したが、先任分隊長は妙なにやにや笑いをしていて案内をする素振りを見せようとはせず、代わりにエルマに近づいて妙なことを言い始めた。
「俺は直接の上司ではないが、軍曹でベテランで、おまけに階級も上だ。分かるか?」
「はい」
「ベテランとして、新入りとは早いうちに親睦を深めてお互いのことをよく知り合うべきだと思っている」
「はい」
「これは俺だけじゃなく、小隊の他のものも同じ気持ちだ。分かるな」
「はい」
「ただし、これはあくまでも職務ではなくあくまで自由時間における自由意志での活動だ」
「はい」
「よし。これから俺を含めて何人かで集まって親睦会をするが、参加するな?」
先任分隊長はそんなことを言いながら、片手を後ろに回してエルマの尻を撫でまわし始めた。普通の女性なら嫌悪するところだけれども、ホムンクルスのエルマは何事もない様子で全く表情も変えずに平然と会話をしていた。
それを見たセイカーは、エルマが返事を返す前に言葉を遮って先任分隊長に声を掛けた。
「申し訳ありませんが、エルマには明日の準備がありますので、親睦会には私が代わりに参加します。エルマ、お前は私の部屋に戻って私の帰りまで待機していろ。誰も中に入れるな」
「了解しました」
エルマはそう言うと来た道を戻ってセイカーに与えられた個室へと向かっていった。
どうやらこれは、仕事にかかる前に多少きついお仕置きをする必要がありそうだ。
この世界の軍隊の実戦部隊はほぼ歩兵から成り立っている。ただし、地球と違い歩兵は全て魔法が使え、変わりに銃砲類はほとんど発達していない。
魔導コアという技術が生まれてから魔法は一部の特権階級だけのものではなくなり、魔導コアを持って訓練すれば誰でも使えるものになった。これが軍のあり方を大きく変え、各国で国民皆兵制度が導入されるようになって今に至っている。
歩兵は10人一組で分隊という単位を作って管理される。更に4分隊で小隊、4小隊で中隊、4中隊で大隊が形成されることになっている。大隊は700名強からなる集団で、軍における様々な業務はこの大隊を単位として行われることが多い。さらにその上には旅団、師団、軍といった単位も設けられている。
小隊長以上になれるものは特別な選抜と訓練を受けた士官のみとされていて、規定上、士官でないものは副小隊長が出世の上限とされている。もちろん例外はあり、適任者が見つからないときに一般兵卒上がりの下士官を小隊長以上の職務に任官させることは可能とされていた。
前述のとおり、共和国でも帝国でも国民皆兵制度に基づく徴兵制が敷かれているので、一般兵卒の大半は短期的に訓練されただけの一般市民である。そのほとんどは任期が終わると軍を離れるが、中にはそのまま残り、一般兵のリーダー的地位になるものもいる。さらに、そういう中から分隊長や副小隊長が選ばれるのだ。
セイカーが小隊の士官室を訪れた時に待っていたのは、要するにそういう人たちだ。
真ん中で椅子に座っている一番若そうなのが小隊長だ。階級章を見ると分かるが見慣れないものが見ると間違えるかもしれない。だが、士官が配属後に経験を積んで最初につく隊長職が小隊長であることを考えれば、小隊長の年齢が若くなりがちなことはすぐに分かるだろう。
それに対し、周りで直立不動の姿勢を取っている風格のある兵士が分隊長たちだ。彼らは兵卒からの叩き上げのベテランなので一般的に年上だし、そうでなくても軍人としての風格がある。何も知らない人間が見たら分隊長の方が上司だと思う可能性の方が高い。
ちなみに、この小隊では小隊長は男性だが、前線であっても女性の小隊長は少なくない。だが、女性で前線の分隊長をしているものはほとんどいない。そもそも新兵での配属から女性の前線希望は少ないうえ、その後に様々な理由から後方勤務に転属希望を出すことが多く、人事上も女性の転属願いは優先して処理されやすいためだ。
そんな常識が支配する中で、あからさまに幼女といった風貌のセイカーが女性型ホムンクルスのエルマを共に連れて士官室に入ってきたのだから、その光景に違和感を感じないものがいたとしたらそちらの方がバランス感覚に欠いていると言わざるをえない。
「セイカー=ファルコン軍曹、ただいま着任いたしました」
「同じくエルマ=アブリルであります」
「ご苦労。ジョーイ=ランブート中尉だ。ようこそ前線へ。歓迎しよう。短い付き合いになると思うが、よろしくしてくれたまえ」
ジョーイ小隊長がそう言うと、周りに並ぶ分隊長たちが爆笑した。どうやら何か冗談を言ったらしいが、セイカーには何がどう冗談になっていたのかいまいち分からなかった。エルマはそもそも冗談を理解するという機微を備えてすらいないので、顔色も変えずに直立不動を維持している。
セイカーたちが反応をしないのを見たジョーイは目の奥に嘲《あざけ》りの色を浮かべながら話を続けた。
「目標はここだ。ファルコン軍曹にはホムンクルス分隊を率いてこの敵陣地を奪還する任務が与えられている。作戦開始は明朝だ」
ジョーイはそう言って広げた地図の1点を指差した。見ると戦略上特に重要そうなところもない高台である。頑張って奪還したところで、隣の陣地を落とせなければ維持は困難だし、逆に隣を落とせればここが落ちるのは時間の問題だ。つまり、ここへの攻勢は全体の作戦の一部としてのみ意味がある。
「質問があります」
「何だ?」
「本隊の作戦開始は同時刻でありますか?」
「本隊のとは何のことだ?」
「は、失礼します」
セイカーは一言断るとジョーイが指した点から少し離れた点を指差した。
「ここを攻撃する本隊のことであります」
その途端、ジョーイの雰囲気が変わった。
「今回の作戦で他の部隊の出動予定はない」
「しかし、それでは奪還後の陣地防衛に支障が生まれます」
「そのようなことは分隊長の考えることではない!」
「は、失礼いたしました」
と、ジョーイが再び何か意地の悪い表情を浮かべて言葉を付け足した。
「そうだな。もし可能であれば、お前たちがその陣地へ攻撃することも許可しよう」
「は?」
「A目標の攻略後、余力があればB目標の攻撃に移ってよいと言っている」
ジョーイは地図を指差しながらそう言った。しかし、当初の攻撃目標であるA目標は1分隊のみが駐屯しているに過ぎないが、B目標には小隊の本隊が駐屯している。たかが1ホムンクルス小隊のみで攻略することは無謀というものだ。
もちろん、ジョーイは無謀であることを分かって言っている。要するにこれは生意気なことを言ってきた下士官に対する嫌がらせだ。
「了解しました。では、A目標撃破後、速やかにB目標の殲滅に当たります」
が、セイカーは事もなげにそう答えた。実際のところ、セイカーのスペックを持ってすればA目標の奪取はその気であれば1体のみで十分達成可能と推測されるので、このようなことは嫌がらせでもなかった。
ジョーイは眉を顰めたが、報告にはホムンクルスが指揮を逸脱して暴走したとしておけば特に問題にもなるまいと思って放置した。やはりホムンクルスはこの程度の知能しかないと内心嘲笑しながら。
士官室を辞した後、セイカーたちは先任分隊長の1人に連れられて配下となるホムンクルスの駐屯地へと案内された。その間、時々振り返ってにやにや笑いながら舐めるようにセイカーとエルマを見る視線が不快だったが、気にせず無視していた。
どうやら、この小隊は通常の分隊が2つとホムンクルス分隊が2つからなる小隊で、2つのホムンクルス分隊の内、1つがセイカーに与えられることになったらしい。ということは元の分隊長は失業なのかと思ったが、ホムンクルスは次々に補充されてくるのですぐに新しい分隊が組織されるのだと言う。
「ここだ」
中くらいの部屋に2段ベッドが何台も並べられたところにホムンクルスたちは集められていた。この部屋だけで2分隊分のホムンクルスがいるらしい。出動がないときのホムンクルスは特に何もせず、ベッドの上で休息をとっているだけだった。
「ベッドに空きが目立ちますが」
「それは別のところで寝てるんだ」
「別のところ?」
ここ以外にホムンクルス用の寝室があるのかと思って聞き返したが、先任分隊長は妙なにやにや笑いをしていて案内をする素振りを見せようとはせず、代わりにエルマに近づいて妙なことを言い始めた。
「俺は直接の上司ではないが、軍曹でベテランで、おまけに階級も上だ。分かるか?」
「はい」
「ベテランとして、新入りとは早いうちに親睦を深めてお互いのことをよく知り合うべきだと思っている」
「はい」
「これは俺だけじゃなく、小隊の他のものも同じ気持ちだ。分かるな」
「はい」
「ただし、これはあくまでも職務ではなくあくまで自由時間における自由意志での活動だ」
「はい」
「よし。これから俺を含めて何人かで集まって親睦会をするが、参加するな?」
先任分隊長はそんなことを言いながら、片手を後ろに回してエルマの尻を撫でまわし始めた。普通の女性なら嫌悪するところだけれども、ホムンクルスのエルマは何事もない様子で全く表情も変えずに平然と会話をしていた。
それを見たセイカーは、エルマが返事を返す前に言葉を遮って先任分隊長に声を掛けた。
「申し訳ありませんが、エルマには明日の準備がありますので、親睦会には私が代わりに参加します。エルマ、お前は私の部屋に戻って私の帰りまで待機していろ。誰も中に入れるな」
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