ところてん

山田輝

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ところてん

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 先輩のことが好きだった。ほんとにめっちゃ好きだったのに。

 ーー1年生の秋、文化祭でダンス部とサッカー部が共同でダンスをすることになった。その先輩は、サッカー部に所属していたけど、もちろん最初は知らなかった。

 文化祭が近づく、ある日の昼休みにリハーサルが行われた。体育館の舞台に整列していたサッカー部員たちが、まず踊り始めた。彼らは、元々運動神経も良いはずで、ダンス部考案の振り付けでも難なく踊る。そこにいよいよ、ウチらも加わって、踊り始める。動きはシンクロし始め、呼吸も上がってきたときに、ウチは自分のシューズの靴紐が解けているのを発見した。発見したけれど、靴紐を結び直すことなんて出来ないから、無視して最後まで押し通そうとした。しかし、イイ感じにシンクロし、盛大にフィニッシュ! というとき、案の定、ウチは解けた靴紐を逆足で踏んでしまい、その場で転んでしまった。

 転んだウチのことなんて、お構いなしにみんなは一心に踊っている。ウチもすぐに立ち上がって、何事も無かったようにまた踊り始める。でも、さっきの失敗がどうしても脳に残った。リハーサルだし、失敗してもどうってことはないんだけど、恥ずかしかったし、悔しかったのは間違いない。サッカー部ならまだしも、ダンス部のウチがミスるなんて有り得ない。そのときは、本当に泣きそうになった。

 リハーサルが終わって、しょんぼりしていると、そのとき近くで踊っていたサッカー部の先輩が話しかけてくれた。具体的になんて声を掛けてくれたかは忘れちゃったんだけど、紳士的で、とにかくすごく安心したことは覚えている。その先輩に励まされながら、途中まで一緒に下校した。

 その日を境に、クラスメイトのサッカー部員に先輩の連絡先を教えてもらい、メッセージのやり取りをするようになった。文化祭のリハーサルも順調に進み、いよいよ当日を迎えた。

 当日は、完璧な共同ダンスとなった。本番中、横で踊る例の先輩とチラと目が合い、ウチは照れてしまった。そのとき、先輩のことが好きなんだって気付いた。

 文化祭が終わってからも、定期的に先輩とは連絡を取り続け、好きという気持ちを温め続けた。冬を飛び越え、春をくぐって、夏がやってきた。ずっと先輩からの告白を待っていた。だけど、ついに先輩から告白されることはなかったーー。

 だから痺れを切らしたウチは、今日先輩に告白した。だけど、ダメだった・・・・・・。先輩のことが好きだった。ほんとにめっちゃ好きだったのに、フラれちゃった。受験期だから勉強に集中したいんだって。恋をするのに勉強がどうとか関係ないよ! 涙が溢れてきた。

 そんなとき、リビングからお母さんの夕飯を告げる声が聞こえてきた。ウチは、涙を拭って、食卓へ向かった。

 食卓にはお母さんがいて、おばあちゃんがいて、弟がいて、愛犬のワサビがいた。
みんな、笑顔で食卓を囲んでいた。食卓にはところてんも並べてあった。

「いただきます!」

 ウチは真っ先にところてんを手に取ると、必要以上の酢に、ところてんを混ぜ始めた。

(もういいもん! 全て忘れて呑み込んでやる!)

 ぐるぐるぐるぐるかき混ぜ、4、5本掴んで、啜る。鼻の奥まで酢の香りが広がってきて、めっちゃ酸っぱかった。そして、直ぐにまた啜る。今度は酢醤油で啜る。また4、5本掴んで、啜る。啜る啜る啜る! もう全部吹っ切れた。また明日から新しい1日がスタートするんだ。ところてんのツルッとした喉越しは、夏の始まりを告げるようだった。

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