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残念ながら華麗には舞えません
⑥
しおりを挟むそして、翌日、蝶々は後藤心の家を訪ねる夕方までの間、今回の新人賞に応募してきた作品を暇を見つけては読んでいた。
編集長の方から、後藤心の持ち込み作品の“ギャンブルブック”もこの新人賞企画に参戦させると聞いたからだ。
この物語は、高校生の間で流行しているギャンブルゲームの話だ。お金をかけない代わりに自分が持っている大切な物をゲームの賭けとして差し出す。そして、ギャンブルブックといわれるこのゲームの説明書が日々更新され、それによって人間が愚者になったり賢者になったりする。
……何度読んでも面白い。
蝶々は後藤の担当編集者になるにあたり、他の新人の応募作品と見比べて彼の作品の長所と短所を分析していた。
「蝶々、そろそろ行こうか」
藤堂はジーンズに白シャツ、その上に薄手の黒のダッフルコートという出で立ちだ。出版会社の自由な雰囲気の中、藤堂のその着こなしには品の良さが垣間見える。
髪は黒のままで染めたりはしていない。耳にかかるほどのミディアム系の髪型は、藤堂のようなスッとしたイケメンでなければ絶対に似合わない。
藤堂はトレードマークのだてメガネを黒と茶色の二色で使い分けていた。今日のコディネートにはどうやら黒が合っていたらしい。そして、そのメガネは黒系のダッフルコートにとてもよく似合っていた。
「はい、もう準備はできてます」
藤堂は、準備を終えて立っている蝶々を見て愕然とした。
白のブラウスに膝下までのモスグリーンのミディアムフレアスカート、それに黒のタイツというガーリー系スタイルには何の文句もない。
それより何より荷物の量だ。自分の仕事用のバッグ以外に大きな紙袋を二つ手に抱えている。
「蝶々、その紙袋の中身は何だ?」
蝶々は楽しそうにその袋の中身の覗き込んだ。
「このビルの近くに来るキッチンカーのお店で買ったんです。
これは欧風ライスカレー三人前と、こっちはケバブ三人前、あとその紙袋はコンビニで日持ちのする缶詰とかお菓子とか色々な物が入ってます」
……どうりで、スパイシーな匂いがこの付近に漂っているはずだ。
「なあ、ピクニックに行くんじゃないんだぞ」
「だって、浅岡さんが……」
「浅岡が?」
「あ、浅岡さんが、きっと、後藤先生は一人暮らしで彼女もいなくて生活もギリギリのはずだから、美味しい食べ物を持っていったら、それだけで蝶々を尊敬するよって、アドバイスをしてくれたんです…」
藤堂は浅岡を睨みつけた。浅岡は肩を丸め、罰の悪そうな顔をして藤堂に目配せをする。
「そんな食べ物でつらないで仕事で尊敬してもらえ。
それにもしかしたら彼女がいるかもしれないじゃないか。そういうふうに、人を見た目で決めつけるのはどうかと俺は思うけど…」
すると急に蝶々は荷物を床に置いて慌て出した。
「どうした?」
「あ~、どうしよう……
彼女さんの分のカレーとケバブがありません。もうワゴン車はいなくなってるし……」
藤堂は蝶々の言葉を聞かなかったことにして、その紙袋を持ち上げた。
「行くぞ」
「え~~、でも……」
「でもはいい。もし、その彼女さんがいたら、俺のカレーとケバブを食わせろ」
「え~~、でも、それじゃ、ゴッドの夕食が…」
藤堂は蝶々を凄みをきかせた目で睨みつけ、有無を言わさずその場を離れた。
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