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八月十四日 若者の暴走
①
しおりを挟むそして、開かずの間ツアーは中日の八月十四日を迎えた。私はいつものように午前中に109号室の掃除に精を出す。日課となった幽さんへの報告を兼ねて。
「幽さん、今日のお客様の報告してもいい?」
朝は幽霊にとって休憩の時間だと、私は勝手にそう思い込んでいる。だから、お休み中申し訳ないんですけどみたいな口調で、幽さんを呼んでみた。
「いいよ」
幽さんは幽霊なのに幽霊っぽくないというのは散々言ってきたけれど、今の返事の調子だってまさにそう思わせる。だって、絶対に眠たい声だもの。洗面台のドア越しに聞こえる幽さんの眠そうな声。という事は、このドアの向こうは幽さんの寝室か?みたいに一人で思ってちょっと微笑む私がいる。
「多実ちゃんこそ、疲れてるんじゃない?」
幽さんは私の心の声もたまに聞こえるらしい。
「うん、ちょっとね。
でも、今朝の鈴木さんの顔を見たら、こっちまで清々しい気分になったから大丈夫」
幽さんの笑い声がした後に、何だかあくびのような音まで聞こえてきた。幽さんらしくて、私まであくびが出そうになる。
「幽さん、今日のお客様は、大学生のカップル二人組。
ううん、まだ、カップルではなさそうかな。
大学で映画を学んでてこの企画に強い興味を抱いて、抽選で当たりくじを引いたパターン。
撮影用のカメラは持ち込み禁止、スマホはいいけど動画やその日の内容をSNSにあげるの禁止、何回もそう言ったけど、ちゃんと守るかどうか分かんない」
私はテレビ台に新しいろうそくを置いた。昨夜、バラバラに壊されたためだ。
「どれくらい怖がらせればいいの?」
私は予備で持って来たもう一本のろうそくを、テレビ台にある引き出しにそっと入れた。今夜は何も起こりませんように。
「それは幽さんに任せる。
多分、今夜のお客様は訳ありな感じはしないから、普通でいいと思うけど」
幽さんは黙っている。この感じはあまりいい事が起こらない。
「何か問題ある子達?」
私はすぐにそう聞いてみた。昨夜の出来事で私の精神は疲弊していたから。
「霊的なものとかそんなのはあまり感じないけど、でも、女の子の情熱がひしひしと伝わってくる。
多実ちゃんが言ったみたいに、二人はまだつき合ってはないな。ないけど、女の子がすごい決心をしてこの旅館に乗り込んでくる」
「すごい決心って?」
幽さんは軽く咳払いをした。
「ねえ、この子達って、多実ちゃんと同い年だろ?
この女の子は、男の方に告白をするつもりでやって来る。
多実ちゃんだって、こんな肝試しツアーなんてしてる場合じゃないぞ。多実ちゃんを求める王子様がどこかで待ってるかもしれないのに」
私はフッと鼻で笑った。そんな人どこにもいないって幽さんが一番よく知ってるくせに。
「逆に言えば、王子様がいないからこんな事をしてるんです」
幽さんが大笑いしているイメージが頭に流れ込んできた。私はプイっと横を向いて、掃除機で掃除をし始める。私に彼氏ができたら、幽さんが一番寂しいくせに…
私はそんな事を心の中で呟きながら、うるさい音を立てて掃除機を滑らせた。
もし、幽さんが今の二十六歳のままで死なずに私の近くにいてくれたなら、私は絶対に幽さんを好きになる。だって、幽さんが私の理想の男性像で、私にとってのいい男の基準だから。でも、残念ながら、中々幽さんを超える男性はこの世には見つからない。
そして、十五時を過ぎると、外が賑やかになってきた。バスを降りた男女の二人組がキャッキャッとじゃれ合いながら正門から入ってくるのが見える。
「いらっしゃいませ」
私がそう大きな声で出迎えると、女の子の方は笑顔で私に会釈した。
今晩109号室へ泊まるお客様は、秋吉三奈さんと井上修斗君。芸術系の大学で映画学科に所属する同級生だそうだ。
修斗君の方は、背が高くガッチリタイプ。見た目はラグビーでもやってるような立派な体つきをしている。でも、話せば、ゴリゴリの映画オタク。特にホラー映画を愛して止まないらしい。かなり頭がいいというか切れるというか、映画に関しては知らない知識はないほどの入れ込みようで、ちょっと話しただけで優秀な学生という印象だった。
三奈さんは、ボーイッシュな元気な女の子。まるで、修斗君が監督で三奈さんがアシスタントみたいな位置関係で、とにかく三奈さんの修斗君を見る目は尊敬はもちろん、恋する乙女の眼差しだ。
私は受付カウンターで、一人ずつ宿泊リストに名前と住所を書いてもらった。その時に、修斗君の担いでる大きめのバッグが気になり、書き終わった修斗君にちょっと聞いてみた。
「あの、そのかばんに何が入っているんですか? 一泊にしては持っている荷物が大き過ぎるので」
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