本物でよければ紹介します

便葉

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八月十四日 若者の暴走

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「あ、ないですね…
 今までのお客様はちゃんと約束を守る方々だったので、そんな話は聞いた事ありません」

 私は嫌味を言わずにいられない。人間としての器の小ささにため息が出てしまうけど。

「じゃ、ただの故障かな。三奈、ちゃんと充電したか?」

 私は二人のやりとりは無視して、頭の中で幽さんを呼んだ。幽さんはすぐに返事をくれる。

…この二人、全然言う事きかないの。幽さん、どうすればいい?

 幽さんはイライラが止まない私をなだめるようにこう言った。

…約束を守らないのなら、彼たちにはさっさと帰ってもらおう。
 多分、そうなると思うよ。

 私は心の中で頷いた。今夜は幽さんに任せよう。二人と同い年というだけで、何だか感情的になる自分が情けない。私は二人に会釈をして、109号室を出て行った。

 それからしばらくして、私は夕食の準備のために109号室を訪れると、三奈さんが一人で部屋の隅で泣いていた。
 幽さんは困った顔ですぐに私の目の前に現れた。三奈さんからは絶対に見えない三奈さんの背後に立っている。
 私は幽さんに聞く前に、三奈さんに声をかけてみた。

「三奈さん、どうしたんですか?」

 三奈さんは肩を震わせて泣いている。しゃくり上げて泣く声が何とも切なくて耳を塞ぎたくなった。

「あ、あの… 私… 先に帰っていいですか…」

 元気印がトレードマークの三奈さんがこんなに泣くなんて、一体何があったのだろう。

「三奈さんだけ…?」

 私はまた余計な事を言ったらしい。私のその言葉で三奈さんは更に泣き崩れた。私は困り果てて幽さんの方に顔を向ける。

…幽さん、何があったの?

 幽さんは三奈さんの背後からいつもの窓のさんに場所を変え、肩をすくめて首を横に振った。

…多分だけど、三奈さんはこの散歩の時間に修斗君にフラれたんだと思うよ。理由ははっきりとは分からないけど、三奈さんの負の感情がそう叫んでる。

…早っ。

 私の素直な感想に幽さんは笑った。でも、笑った顔をすぐに真面目な顔に戻す。三奈さんが悲しんでいるのに、笑う事は不謹慎だみたいな澄ました顔をして。
 私は深いため息をついて、三奈さんの近くに座った。

「三奈さん、何があったんですか?
 途中で帰るって、このツアーは三奈さんが抽選で当てたものなのに。楽しみにしてましたって、言ってたじゃないですか?」

 三奈さんに何があったのか知りたくてしょうがない。こんなに涙腺が崩壊するまで泣く事なんて、普通の人にはあまりない事だから。

「修斗君が…
 実は、もう一人、この旅館に招待してるんだって、言い出して…
 名前を聞いたら、同じサークルの女の子で、実は、その子とつき合ってるんだって…
 この幽霊ツアーには絶対に行きたかったから、三奈には黙ってたけど、でも、その子も一緒に行きたいっていうから、おいでって誘っちゃったって…
 三奈が気まずかったら、先に帰っていいよって…
 いや、できれば帰ってほしいって…」

 は~~~? どういう事?
 これだから同じ年というのはたちが悪い。
 何それ?  あり得ない! 修斗って最低。
 そんな言葉が頭の中を駆け巡って、自分の事のように腹が立つ。

…幽さん、どうすればいい?
 っていうか、三奈さんが帰るなんて絶対にダメだよね!

 幽さんは窓のさんに腰掛けたまま、ただ首を横に振るだけだ。

…僕にとっては、恋愛のもつれとか、失恋とか、全く専門外過ぎて何て言っていいのかも分からないよ。
 でも、多実ちゃん、冷静になる事を心掛けて。もう、ここに彼女は到着した。今、修斗君と二人でこの旅館に向かって歩いているのが見える。
 多実ちゃん、僕は霊的な事で驚かす事しかできない、でも、それって今回必要かな?

 私は彼女がここへ到着したという事実に頭がパニックになっている。三奈さんのこんな切ない姿をあの二人に見せたくない。三奈さんは元気はつらつが取り柄なのに。

「三奈さん、ちょっと他の部屋へ行きませんか?
 気持ちが落ち着くまで、ちょっとだけ」

 私は幽さんに目配せをして、三奈さんを連れてこの部屋を後にした。そして、受付のカウンター近くにある予備のための客室へ連れて行く。そこは、従業員の人も休憩に使う部屋で、今、ちょうどいいタイミングで年配の湯上さんが休んでいた。

「湯上さん、少しの間、彼女をここに居させていい?
 ちょっと体調悪いみたいだから、少しだけ様子を見ててほしいんだけど」

 心優しい湯上さんは、分かったと言って頷いてくれた。そして、私が急いで109号室へ向かうと、ちょうど修斗君が他の女の子を連れて部屋へ入るところだった。

「あの」

 私は後ろから修斗君に声をかけると、修斗君は驚いたように私を見た。でも、見ただけで、顔色一つ変えずに彼女をエスコートして部屋の中へ入って行く。
 私の怒りは頂点に達しそうで、何度も大きく息を吐いた。


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