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第一章の裏話
追話 使用人の日記より執事カルドの日記 ➆
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旦那様の魔力の回復を待って、私達はお屋敷に戻りました。
そして、お屋敷に戻ってから、旦那様がお休みになられたのを確認すると、クウリィエンシア国の兵士の姿でも、執事の姿でもなく、冒険者としての衣装を着こんだ。
すでに、明け方近くになっていた。私は、道具の用意をしつつ、治癒薬を一瓶飲み干した。緊急用とは、違い強い副作用はないが、多少、息苦しさを伴う。
よろけた私を支えたのは、奥様の側にいるはずのフィオナだった。
「カルド」
「フィオナ…」
フィオナに支えられ、私は息を整えた。丸一日、肉体を酷使していた為なのか、私は疲れていた。
「黙って行ってはいけませんよ。妻の役割が私にはございます」
フィオナそういいつつ、乱れた服をなおしにかかった。
「本懐をとげてください。妻として…私がいえるのは…それだけで…」
腕の中に飛び込み、涙を流しているフィオナ。その涙は、夫へのものではないことをわかっていた。
私達夫婦は、夫婦である前に、この屋敷の使用人であり、主人と長く生きてきたのだ。
それであるから、私は彼女に惹かれた。私と志が同じで、忠誠を誓いつつも、兄として、姉として…主人を見ている共犯者なのだ。
フィオナは、私と目を合わせ、溢れる想いを言葉にする。
「本当は!貴方にこれ以上!傷付いて欲しくないの!…でも…!貴方を心配しても!私は、憎いの!奥様の…ディア様の!本当の家族が奪われて!奪った奴が憎い!原因を作った奴が憎い!何も!何も…私は…何もすることができない、私が憎い!」
私も同じだ。
「貴方に押し付けて…ごめんなさい…」
だから、気に病むな。
君の憎しみは、私の憎しみであるのだ。
「フィオナ…いいんだ…君が背負い込まなくていい。私が…私の憎しみを晴らすだけだ」
私は復讐をする。
「あとは頼む。君もゆっくり休んで…いい子を産んでくれ。奥様もそう望まれただろう?」
フィオナのほほに、口付けをする。気恥ずかしくてあまりしていなかったのだが、私の愛しき共犯者は、私と気持ちが重なり続けているのだ。
そして、私はスキルの全てを持って、彼の地へと向かいました。
彼の地での記憶は、ほとんど失われております。ゲートの魔法を封じ込めていた魔石が無くなっているところをみると、一度訪れていたと思われます。どうにか、目的の場所にたどり着き、気配を消して会話を伺っておりました。
「何故、魔族が、我が国を襲うことになっておる!約定では、我が国だけは見逃して、スメイン大陸をくれるのではなかったか!」
豪華な服に、一度も剣を触ったことのないような肥えた肉体を持つ王と、その王を若返らしただけの王太子がいた。
場所すら記憶の中で消えかけておりますが、おそらく、玉座の間か、執務室のどちらかでした。
兵や側近の姿はなく、二人で逃げる算段でもしていたのでしょう。
「父上。やはり、我らが英雄を直接渡さなかったのが、原因では?彼らは英雄を欲しておりましたが、失敗であったと聞いております」
「そうだな。まったく!孕んで動きが鈍っておると思うたが、子を捨てて生き延びるとは!外道のような女であるな」
嘲笑う二人のどちらかを…確か王太子の方でしたか。
両腕をはね、両足をはね、痛みで、芋虫のようにのたうつ、それを踏みつけて、私は二人の前に姿を出した。
「お初にお目にかかる」
「ひぎゃああ!うでぇ!あしぃぃ!」
喚きまわるので、首をはねた。
「貴様!何者だ!」
震えながら唾を吐き散らし、息子の死を嘆きもしない、私以下の父親の脂肪にまみれた腹部に刃を差し込み、スキルで『毒化』させた血液を流し込んだ。
「いだいぃぃぃっぃ!」
「ああ、お会いするのはこれで最期ですので自己商会も不要ですね。ただ、私も、無意味なことであるのは、理解しております。これは、私のすべきことでないと」
わめき、失禁する肉の塊に、毒の質を変えながら、さらに浴びせた。
「私には復讐する権利がない」
王であれば、魔力かスキルのどちらかが、秀でているで。この国の王が、魔族に繋ぎをとれた理由が『肉体再生』のスキルだ。
首さえはねられなければ、死なない。
デーヌーンの燕尾服の材料の一部が、このわめく愚物の側室や遊びで手を付けた妾の産んだ子供や赤子であったことは、私は知っている。
旧サンデル国の王族のスキルが『変質化』であったこともあり『肉体再生』は自己にしか使われないのを『変質化』して、デーヌーンという、他者に使ったのだろう。
欲の為に、魔族に自分の子供を差し出すような愚物は、怯えながらも、逃げようと『解毒』をしている。
「私は獣だ。獲物は、必ず仕留める」
神経毒に切り替えつつ、足を切り落とす。
わたしの正体に気づいたのか、指をさしてきた。
「その耳!その獲物!…まさか、影狼か!」
その指を切り刻み、再度、腹部に剣を差し込む。
私の二つ名を知っていたことには、驚いた。そのような知能というよりも、脳があったのかと。
「死出の旅路に、覚えておいてください」
ふと、魔力の高まりを感じました。
「くそっ!影狼め!精霊よ」
小汚い愚物に、精霊は力を貸そうとはしていませんでした。風の精霊の魔法を使うつもりだったのでしょうが、すでに、精霊から見放された者には、精霊の力を借りての魔法は使えない。
「あの世で待っていろ。必ずもう一度殺す」
王の首をはね、足で潰して、私は呪った。魔法がほぼ使えなくても、私は呪ったのだ。
死後のことはわからないが、今でも私は、もう一度、あの下種共を殺すことを諦めておりません。
そうして、彼の国は、魔族の襲撃もあり、国は消え、人類を裏切ったことを、全ての国と、全ての人類から呪われ、さらには、精霊達にも呪われた。
国の名前も、文化も記憶から、いえ、記録からも、全て消えた。
残った国民すら、自国のことがわからなくなってしまっていた。
唯一、直接殺したのが、私であったからか、王と王太子の顔は覚えているのだが、名前は思い出せない。
後始末を終えても、長く苦しい時代がその後も続くのかと思った。
それから、二十数年前が経った頃だった。ときおり、不可思議なことが起こった。
その日、奥様が不思議な夢をみたそうだ。
「私が赤ちゃんを抱っこするなんて、誰か子供でも産まれるのかしら?それとも、私に赤ちゃんができるのかしら…なんてね」
「奥様…」
「ふふ。フィー。わかってるわよ。私もお婆さんになってるのよ?普通みんな孫がいるくらいよ?」
涙ぐむフィオナだったが、奥様は気にせずにお茶を飲みながら、ぽつりと仰った。
「でも、いい夢だったの」
そして、愚息が子供のようにはしゃぎながら、私の元へと来た。
「親父!俺は、強くなったよな!な!」
「まぁ、私よりも剣に関しては強くなったな。だが、奥様よりは、弱いからな」
愚息の相手を双剣でしても、私は負けてしまったのだ。『直感』スキルに、ティルカが、個人で発現した『心眼』スキルには、流石に勝てなくなった。
だが、奥様相手の稽古では、相変わらず勝てていない。
「でも、強くなったよな!よし、これで、坊っちゃまが来てくれたら、一緒に行動しても、親父は止めないよな?約束だったろ?」
「昔の話を覚えてるとはな」
まだ、奥様のお腹にお子がいるころ、愚息は、坊っちゃまと、街へ遊びに行く!というので、文字どおり、叩き潰して、強くなってからでは許可しないといっていたのだ。
「約束だったからな!約束は守れよ!」
愚息は嫌にしつこかったので、つい許可をだしたが、もう少し、考えて許可を出せばよかった。
街で問題を起こして坊ちゃまに迷惑をかけるようであれば、灸をすえてやります。
そして、旦那様も、不可思議なことを、申されるようになっていた。
「なぁ、カルド。男の子と女の子、どちらなんだ?」
「急に、何のお話ですか?旦那様?」
坊ちゃまがお生まれになる前まで、旦那様はお役目の書類などをお屋敷に持って帰れてお勤めに励まれておりました。奥様と少しでも長く一緒に過ごしたいお気持ちからでした。今では、すばやく終えられてお屋敷にはお役目に関係するものは一切持ち帰ってこられません。
そのときもお勤めを書斎でされておられたのですが、突然、旦那様が、尋ねてこられましたが、私はまた書類仕事が嫌になったのかと思いました。姿は旦那様らしくなられておりますが、やはり、気持ちはまだお若いようで…息抜きをするのが、とても多くて困ります。
「いや、精霊が耳打ちしてきてな。もうじき、屋敷に新しい家族が増えるというのでな。どんな使用人がくるのかと思っていてな…面接したのは、お前ではないのか?」
「確かに、面接はいたしましたが…合格者は今回もいませんでしたよ?」
お屋敷に勤めたがる者は多くいますが、多くが養子狙いであることは、明白でした。そのような輩は、お屋敷に相応しくありません。例え、勤めることになっても、すぐに辞めてしまっておりました。
「んー…そうか…」
「森に新しい動物でもきたのでしょうか?」
「それのことなのかもな…わからないが」
二人で首をかしげましたね。今思えば、旦那様の家族の枠組みが広すぎたということなんでしょう。
そして、運命の日。凶報しかない運命の日など、ないのだと、私は学べた。
奥様は、学園に非常勤講師として、体調がよいときに、指導をしにいっておりました。
まだ親元から離れた子供や、もうじき、卒業する年頃まで、奥様は広く講義をしておりました。子供のいない寂しさを紛らわしていたのでしょう。
「それでは、スキルの複合についてを…」
実技をなされるということで、相手役として、私がお相手をすることになっていました。学園の講師達は、どちらかというと、学者よりであり、魔法使いがほとんどで、奥様が手加減しても、相手にならなかったのです。
まだ入学して二、三年目の子供達に、微笑みながら、説明をしている時でした。
奥様は、目眩を起こされたのか、お倒れになられたのです。
「奥様!」
「大丈夫…ちょっと、気分が悪くなっただけよ」
「急ぎ、お屋敷にお戻りください。後遺症がまた出たのかもしれません」
授業を中止して、旦那様をお呼びして、お屋敷に戻りました。
「お二人とも、気をしっかり持って聞いてください」
王宮より、すぐにザクス様が来られました。奥様の体調不良の原因は、魔族によるもので、ザクス様が王に願い出て、主治医のようになっていただいておりました。
ザクス様がそのようなことをおっしゃるので、悪い報せかと、全員に緊張が走りました。
「私は、これをお伝えしたら、王に医務官の職を辞すと奏上いたします」
そんなことをザクス様がおっしゃるのをその場にいた全員が不思議そうにみました。王宮の医務官とは国で優秀な医師であり、医務官を罷免されることはあれど、自ら辞するなどきいたことがなかったのです。
緊張した表情から一転して、それは嬉しそうに、ザクス様は笑みを浮かべて申されました。
「奥様はご懐妊なされております。それと、ご安心ください。体内には、魔霊が残した魔素も、検知されませんでした。完治なされています」
全員が、何をいわれたのかわかりませんでした。
一早く口を開いたのは、意外なことにフィオナだった。
「ザクス様!本当に、奥様は!ディア様は!」
「フィー!」
私は妻を叱りました。
お客様の前であるのに、主人の前で口を開き、あまつさえ、主人と同格の方に直接お声をかけることは、使用人がすべきことではありません。
ですが、フィオナにとって、奥様は年の近い姉のような方です。奥様も、旦那様も、咎めるようなことは、言われませんでした。
「先生、本当ですか?それとも、また、夢なのかしら…私に…赤ちゃんが…!」
奥様は信じられないといった表情でした。旦那様も、言葉を失っておいででした。
くしくも、二十四年前の夜の出来事とまったくの正反対なことが起こったのですから。
「間違いありません。二十四年前でしたね…私の誤診です。ティストール殿、奥方殿。申し訳ありませんでした。私の力不足で、長く苦しめてしまいました」
ザクス様が頭を下げられていましたが、旦那様も奥様も、私達も。ザクス様が誤診をしたと思っていませんでした。
奥様が、後遺症で体調を崩される日が何度もございました。そして、旦那様も奥様も、もうお子様がいなくても暮らしていくつもりでした。
「いいえ!いいえ!先生。頭をあげてください!」
「クレトスさん…」
ザクス様は、涙を浮かべておいででした、
「おめでとう…本当に…おめでとう…」
みなが奇跡に声をあげた。
それから、坊っちゃまが、お産まれになられるまで、毎日が、大騒ぎでした。旦那様は、仕事を大急ぎで片付けて、三ヶ月ほど、お屋敷から外に出られなくなりました。引退なされようとしていたのですが、今の王は、旦那様や私からみれば、息子ぐらいの年齢もあって、根負けして、今でもお勤めなさっています。私の息子達も、ほぼ毎日、誰かしら顔を出していた。
フィオナもエセニアも、片時も奥様の側から離れなかった。来客があれば、どんな方でも目の敵にしていたな。
私は、屋敷の外でランディと過ごした。何かあればと、警戒したのだ。襲撃も何度かあったが、魔族ではなく、奥様のご実家の方が、ほとんどでしたので、縄で縛って、国へ帰っていただいた。
愚息どもも、そこそこに役に立ってくれた。ティルカがはりきりすぎて旦那様の手をわずらわせたり、今では子供たちの中で一番、依存しているともいえるナザドはあの頃はやる気がなく、他の子供たちからよく怒鳴りつけられていたな。
そうして、坊っちゃまが産まれた日。
私は、ランディと二人で泣きながら酒を飲んだ。
あとから、旦那様も来られて、次の日は二日酔いかと思ったが、眠っている坊っちゃまをみて、二日酔いなぞ、吹き飛んでしまった。
ああ、私の罪は消えなくても、幸福なこの日々は、全てを包み、前をみて、生きていける。
坊っちゃま。もしも、坊っちゃまを傷付ける者がいれば、私達、家族が、貴方をお守りいたします。
坊っちゃまは、私達の光なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これにてカルドの長い独白は終わりです。
ほぼリメイク前の内容です。
次回からは少しコメディ色を強くできると思います。
三年ぶりに完全新作の追話をあげます。
百をこえるブックマークありがとうございます。
感想など一言でもいいのでよかったらお願いします。
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そして、お屋敷に戻ってから、旦那様がお休みになられたのを確認すると、クウリィエンシア国の兵士の姿でも、執事の姿でもなく、冒険者としての衣装を着こんだ。
すでに、明け方近くになっていた。私は、道具の用意をしつつ、治癒薬を一瓶飲み干した。緊急用とは、違い強い副作用はないが、多少、息苦しさを伴う。
よろけた私を支えたのは、奥様の側にいるはずのフィオナだった。
「カルド」
「フィオナ…」
フィオナに支えられ、私は息を整えた。丸一日、肉体を酷使していた為なのか、私は疲れていた。
「黙って行ってはいけませんよ。妻の役割が私にはございます」
フィオナそういいつつ、乱れた服をなおしにかかった。
「本懐をとげてください。妻として…私がいえるのは…それだけで…」
腕の中に飛び込み、涙を流しているフィオナ。その涙は、夫へのものではないことをわかっていた。
私達夫婦は、夫婦である前に、この屋敷の使用人であり、主人と長く生きてきたのだ。
それであるから、私は彼女に惹かれた。私と志が同じで、忠誠を誓いつつも、兄として、姉として…主人を見ている共犯者なのだ。
フィオナは、私と目を合わせ、溢れる想いを言葉にする。
「本当は!貴方にこれ以上!傷付いて欲しくないの!…でも…!貴方を心配しても!私は、憎いの!奥様の…ディア様の!本当の家族が奪われて!奪った奴が憎い!原因を作った奴が憎い!何も!何も…私は…何もすることができない、私が憎い!」
私も同じだ。
「貴方に押し付けて…ごめんなさい…」
だから、気に病むな。
君の憎しみは、私の憎しみであるのだ。
「フィオナ…いいんだ…君が背負い込まなくていい。私が…私の憎しみを晴らすだけだ」
私は復讐をする。
「あとは頼む。君もゆっくり休んで…いい子を産んでくれ。奥様もそう望まれただろう?」
フィオナのほほに、口付けをする。気恥ずかしくてあまりしていなかったのだが、私の愛しき共犯者は、私と気持ちが重なり続けているのだ。
そして、私はスキルの全てを持って、彼の地へと向かいました。
彼の地での記憶は、ほとんど失われております。ゲートの魔法を封じ込めていた魔石が無くなっているところをみると、一度訪れていたと思われます。どうにか、目的の場所にたどり着き、気配を消して会話を伺っておりました。
「何故、魔族が、我が国を襲うことになっておる!約定では、我が国だけは見逃して、スメイン大陸をくれるのではなかったか!」
豪華な服に、一度も剣を触ったことのないような肥えた肉体を持つ王と、その王を若返らしただけの王太子がいた。
場所すら記憶の中で消えかけておりますが、おそらく、玉座の間か、執務室のどちらかでした。
兵や側近の姿はなく、二人で逃げる算段でもしていたのでしょう。
「父上。やはり、我らが英雄を直接渡さなかったのが、原因では?彼らは英雄を欲しておりましたが、失敗であったと聞いております」
「そうだな。まったく!孕んで動きが鈍っておると思うたが、子を捨てて生き延びるとは!外道のような女であるな」
嘲笑う二人のどちらかを…確か王太子の方でしたか。
両腕をはね、両足をはね、痛みで、芋虫のようにのたうつ、それを踏みつけて、私は二人の前に姿を出した。
「お初にお目にかかる」
「ひぎゃああ!うでぇ!あしぃぃ!」
喚きまわるので、首をはねた。
「貴様!何者だ!」
震えながら唾を吐き散らし、息子の死を嘆きもしない、私以下の父親の脂肪にまみれた腹部に刃を差し込み、スキルで『毒化』させた血液を流し込んだ。
「いだいぃぃぃっぃ!」
「ああ、お会いするのはこれで最期ですので自己商会も不要ですね。ただ、私も、無意味なことであるのは、理解しております。これは、私のすべきことでないと」
わめき、失禁する肉の塊に、毒の質を変えながら、さらに浴びせた。
「私には復讐する権利がない」
王であれば、魔力かスキルのどちらかが、秀でているで。この国の王が、魔族に繋ぎをとれた理由が『肉体再生』のスキルだ。
首さえはねられなければ、死なない。
デーヌーンの燕尾服の材料の一部が、このわめく愚物の側室や遊びで手を付けた妾の産んだ子供や赤子であったことは、私は知っている。
旧サンデル国の王族のスキルが『変質化』であったこともあり『肉体再生』は自己にしか使われないのを『変質化』して、デーヌーンという、他者に使ったのだろう。
欲の為に、魔族に自分の子供を差し出すような愚物は、怯えながらも、逃げようと『解毒』をしている。
「私は獣だ。獲物は、必ず仕留める」
神経毒に切り替えつつ、足を切り落とす。
わたしの正体に気づいたのか、指をさしてきた。
「その耳!その獲物!…まさか、影狼か!」
その指を切り刻み、再度、腹部に剣を差し込む。
私の二つ名を知っていたことには、驚いた。そのような知能というよりも、脳があったのかと。
「死出の旅路に、覚えておいてください」
ふと、魔力の高まりを感じました。
「くそっ!影狼め!精霊よ」
小汚い愚物に、精霊は力を貸そうとはしていませんでした。風の精霊の魔法を使うつもりだったのでしょうが、すでに、精霊から見放された者には、精霊の力を借りての魔法は使えない。
「あの世で待っていろ。必ずもう一度殺す」
王の首をはね、足で潰して、私は呪った。魔法がほぼ使えなくても、私は呪ったのだ。
死後のことはわからないが、今でも私は、もう一度、あの下種共を殺すことを諦めておりません。
そうして、彼の国は、魔族の襲撃もあり、国は消え、人類を裏切ったことを、全ての国と、全ての人類から呪われ、さらには、精霊達にも呪われた。
国の名前も、文化も記憶から、いえ、記録からも、全て消えた。
残った国民すら、自国のことがわからなくなってしまっていた。
唯一、直接殺したのが、私であったからか、王と王太子の顔は覚えているのだが、名前は思い出せない。
後始末を終えても、長く苦しい時代がその後も続くのかと思った。
それから、二十数年前が経った頃だった。ときおり、不可思議なことが起こった。
その日、奥様が不思議な夢をみたそうだ。
「私が赤ちゃんを抱っこするなんて、誰か子供でも産まれるのかしら?それとも、私に赤ちゃんができるのかしら…なんてね」
「奥様…」
「ふふ。フィー。わかってるわよ。私もお婆さんになってるのよ?普通みんな孫がいるくらいよ?」
涙ぐむフィオナだったが、奥様は気にせずにお茶を飲みながら、ぽつりと仰った。
「でも、いい夢だったの」
そして、愚息が子供のようにはしゃぎながら、私の元へと来た。
「親父!俺は、強くなったよな!な!」
「まぁ、私よりも剣に関しては強くなったな。だが、奥様よりは、弱いからな」
愚息の相手を双剣でしても、私は負けてしまったのだ。『直感』スキルに、ティルカが、個人で発現した『心眼』スキルには、流石に勝てなくなった。
だが、奥様相手の稽古では、相変わらず勝てていない。
「でも、強くなったよな!よし、これで、坊っちゃまが来てくれたら、一緒に行動しても、親父は止めないよな?約束だったろ?」
「昔の話を覚えてるとはな」
まだ、奥様のお腹にお子がいるころ、愚息は、坊っちゃまと、街へ遊びに行く!というので、文字どおり、叩き潰して、強くなってからでは許可しないといっていたのだ。
「約束だったからな!約束は守れよ!」
愚息は嫌にしつこかったので、つい許可をだしたが、もう少し、考えて許可を出せばよかった。
街で問題を起こして坊ちゃまに迷惑をかけるようであれば、灸をすえてやります。
そして、旦那様も、不可思議なことを、申されるようになっていた。
「なぁ、カルド。男の子と女の子、どちらなんだ?」
「急に、何のお話ですか?旦那様?」
坊ちゃまがお生まれになる前まで、旦那様はお役目の書類などをお屋敷に持って帰れてお勤めに励まれておりました。奥様と少しでも長く一緒に過ごしたいお気持ちからでした。今では、すばやく終えられてお屋敷にはお役目に関係するものは一切持ち帰ってこられません。
そのときもお勤めを書斎でされておられたのですが、突然、旦那様が、尋ねてこられましたが、私はまた書類仕事が嫌になったのかと思いました。姿は旦那様らしくなられておりますが、やはり、気持ちはまだお若いようで…息抜きをするのが、とても多くて困ります。
「いや、精霊が耳打ちしてきてな。もうじき、屋敷に新しい家族が増えるというのでな。どんな使用人がくるのかと思っていてな…面接したのは、お前ではないのか?」
「確かに、面接はいたしましたが…合格者は今回もいませんでしたよ?」
お屋敷に勤めたがる者は多くいますが、多くが養子狙いであることは、明白でした。そのような輩は、お屋敷に相応しくありません。例え、勤めることになっても、すぐに辞めてしまっておりました。
「んー…そうか…」
「森に新しい動物でもきたのでしょうか?」
「それのことなのかもな…わからないが」
二人で首をかしげましたね。今思えば、旦那様の家族の枠組みが広すぎたということなんでしょう。
そして、運命の日。凶報しかない運命の日など、ないのだと、私は学べた。
奥様は、学園に非常勤講師として、体調がよいときに、指導をしにいっておりました。
まだ親元から離れた子供や、もうじき、卒業する年頃まで、奥様は広く講義をしておりました。子供のいない寂しさを紛らわしていたのでしょう。
「それでは、スキルの複合についてを…」
実技をなされるということで、相手役として、私がお相手をすることになっていました。学園の講師達は、どちらかというと、学者よりであり、魔法使いがほとんどで、奥様が手加減しても、相手にならなかったのです。
まだ入学して二、三年目の子供達に、微笑みながら、説明をしている時でした。
奥様は、目眩を起こされたのか、お倒れになられたのです。
「奥様!」
「大丈夫…ちょっと、気分が悪くなっただけよ」
「急ぎ、お屋敷にお戻りください。後遺症がまた出たのかもしれません」
授業を中止して、旦那様をお呼びして、お屋敷に戻りました。
「お二人とも、気をしっかり持って聞いてください」
王宮より、すぐにザクス様が来られました。奥様の体調不良の原因は、魔族によるもので、ザクス様が王に願い出て、主治医のようになっていただいておりました。
ザクス様がそのようなことをおっしゃるので、悪い報せかと、全員に緊張が走りました。
「私は、これをお伝えしたら、王に医務官の職を辞すと奏上いたします」
そんなことをザクス様がおっしゃるのをその場にいた全員が不思議そうにみました。王宮の医務官とは国で優秀な医師であり、医務官を罷免されることはあれど、自ら辞するなどきいたことがなかったのです。
緊張した表情から一転して、それは嬉しそうに、ザクス様は笑みを浮かべて申されました。
「奥様はご懐妊なされております。それと、ご安心ください。体内には、魔霊が残した魔素も、検知されませんでした。完治なされています」
全員が、何をいわれたのかわかりませんでした。
一早く口を開いたのは、意外なことにフィオナだった。
「ザクス様!本当に、奥様は!ディア様は!」
「フィー!」
私は妻を叱りました。
お客様の前であるのに、主人の前で口を開き、あまつさえ、主人と同格の方に直接お声をかけることは、使用人がすべきことではありません。
ですが、フィオナにとって、奥様は年の近い姉のような方です。奥様も、旦那様も、咎めるようなことは、言われませんでした。
「先生、本当ですか?それとも、また、夢なのかしら…私に…赤ちゃんが…!」
奥様は信じられないといった表情でした。旦那様も、言葉を失っておいででした。
くしくも、二十四年前の夜の出来事とまったくの正反対なことが起こったのですから。
「間違いありません。二十四年前でしたね…私の誤診です。ティストール殿、奥方殿。申し訳ありませんでした。私の力不足で、長く苦しめてしまいました」
ザクス様が頭を下げられていましたが、旦那様も奥様も、私達も。ザクス様が誤診をしたと思っていませんでした。
奥様が、後遺症で体調を崩される日が何度もございました。そして、旦那様も奥様も、もうお子様がいなくても暮らしていくつもりでした。
「いいえ!いいえ!先生。頭をあげてください!」
「クレトスさん…」
ザクス様は、涙を浮かべておいででした、
「おめでとう…本当に…おめでとう…」
みなが奇跡に声をあげた。
それから、坊っちゃまが、お産まれになられるまで、毎日が、大騒ぎでした。旦那様は、仕事を大急ぎで片付けて、三ヶ月ほど、お屋敷から外に出られなくなりました。引退なされようとしていたのですが、今の王は、旦那様や私からみれば、息子ぐらいの年齢もあって、根負けして、今でもお勤めなさっています。私の息子達も、ほぼ毎日、誰かしら顔を出していた。
フィオナもエセニアも、片時も奥様の側から離れなかった。来客があれば、どんな方でも目の敵にしていたな。
私は、屋敷の外でランディと過ごした。何かあればと、警戒したのだ。襲撃も何度かあったが、魔族ではなく、奥様のご実家の方が、ほとんどでしたので、縄で縛って、国へ帰っていただいた。
愚息どもも、そこそこに役に立ってくれた。ティルカがはりきりすぎて旦那様の手をわずらわせたり、今では子供たちの中で一番、依存しているともいえるナザドはあの頃はやる気がなく、他の子供たちからよく怒鳴りつけられていたな。
そうして、坊っちゃまが産まれた日。
私は、ランディと二人で泣きながら酒を飲んだ。
あとから、旦那様も来られて、次の日は二日酔いかと思ったが、眠っている坊っちゃまをみて、二日酔いなぞ、吹き飛んでしまった。
ああ、私の罪は消えなくても、幸福なこの日々は、全てを包み、前をみて、生きていける。
坊っちゃま。もしも、坊っちゃまを傷付ける者がいれば、私達、家族が、貴方をお守りいたします。
坊っちゃまは、私達の光なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これにてカルドの長い独白は終わりです。
ほぼリメイク前の内容です。
次回からは少しコメディ色を強くできると思います。
三年ぶりに完全新作の追話をあげます。
百をこえるブックマークありがとうございます。
感想など一言でもいいのでよかったらお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
応援ありがとうございます!
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