選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第五章 影の者たちとケモナー

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 影が広がり、いつの間にかそこにいた。
 顔が見えない。人の形をしていることはわかるのだが、それは人などでない。

 身長は不規則に変わり、性別なんてわからない。全てを理解するのを不可能であり、どこかで理解することを拒んでいる。
 少しでも理解すればたちまち全てが染まってしまうだろう。

 闇は自ずから吹き出るものであり、触れずして染まる。

 これはサイジャルの図書館に置いてあった魔法書の一説だ。
 目をつむれば闇は簡単に生まれる。それゆえ、闇は最も近い存在だ。
 そして、最も強い。

 交渉役の男、いや、男を乗っ取っている闇の精霊様も強い存在だ。
 精霊様に順位なんてつけるもんではないが、性質上の優劣はやはりある。精霊様からすれば俺たちなんてちっぽけな存在だ。

 その存在が怯えて頭をさげて震える存在が今、目の前にいる。

「――――」

 音なのか。空気の震えしか伝わらない言語が聞こえた気がした。
 言葉ではない。近いものとし考えれるのは魔力なのだが、あんな魔力の使い方は通常はしない。

 ひやりとさせる。一音足りとも記憶に残してはいけない。どこかに記録でも残そうと集中すれば、心が潰れてしまう。

 死の床にふした病人の最後の息。断末魔をあげた兵士たちが最後に目をつむるときに起きた微小な瞬きの風。断頭台が処刑時に作る風。
 それらが混ざって、そして人外の音域…超音波にほぼ変わらない。

 誰も理解できない。

「――――」
「あー。うるさい。さっさと回収して」

 それを理解しうるのがナザドなのだ。

 ナザドは幼い頃から闇の精霊様に好かれていたらしい。
 そのため本人の意思とは関係なく、フェスマルク家の養子候補だとかいわれたりしてきたそうだ。

 まだこれはいい方の話だ。
 ナザドがケルンがいなくなったら魔王になるといったのは比喩でもなんでもない。
 昔、闇の精霊様と契約していた人間が現在も魔王として存在している。

 一部しか知らない話だ。ナザドを殺そうとした人間もいたし、今でも危険視されている。それでも無事に生きているのは本人の強さもあるが、父様の存在が大きい。

 ナザドがどれほど力が強い魔法使いでも父様には勝てない。光の精霊様と契約している父様がいるから安心しているのだ。
 本当はケルンがいる限り安心なのだが、そのことを知っているのは屋敷の人間だけだろう。

 ナザドは棒神様や精霊様が嫌いだ。憎んでいるというよりも、触れたくない存在として嫌っている。
 人間性は欠落していると周囲はいっているが、俺たちからすればナザドほど純粋な気持ちを持っていて裏表のない人間はいないだろう。

 信仰心だって持っている。その対象はケルンだが、いつからそうなったのかは、本人も語らないからわからない。

 信仰先がケルンだけだから、相手が精霊様でも雑に扱っているが、黒い…布よりも粘度がありそうだからタールというべきか。それすらも理解したくない。そんな存在である闇の精霊様は下位の存在ではない。

「が、がががが!じょういさ、まぁぁ!」

 ナザドの契約している精霊様。父様でも契約をしていない闇の上位精霊様だ。
 顔らしき場所をこちらにむけて首らしき場時で傾けてみても、やはり顔をみることはできないし、言葉もわからない。
 よほど精霊様の声を聞ける体質であるならわかるかもしれない。父様はわかるらしい。俺にはさっぱりだ。

 ケルンは闇の精霊様をみても動じない。まったく影響がないのだ。それもあってなのかナザドはいつもケルンを崇拝しているんだが…今の俺にはちときつい。

「大丈夫…お兄ちゃんは僕が守るもん」

 ケルンが俺を抱き締めた瞬間、威圧を感じなくなった。体が楽になる。

「ありがとな」

 強く抱きしめられたことで、繋がりが強くなったんだろう。おかげで負担が減った。
 ナザドもだいぶ気を使ってくれているんだが、闇の精霊様はやはり存在しているだけで影響が強いな。子供たちにも影響がでないかと心配になるが、短時間なら平気だ。

 本当ならば俺も平気なはずなんだが、思ったよりも消耗が激しいらしい。休息は早めにとらないといけないな。

 闇の精霊様は興味をなくしたのか、ナザドに話しかけているようだ。

「――――」
「まぁ、それが妥当だろうね…人間の方は気にしなくていいから」

 淡々とした会話が終わるとすぐに闇の精霊様は行動した。

 ひれ伏している男に近づくと液体のように形をなくして、男にまとわりつく。

「あー!――――!あー!お許しを!――――!」

 男の声と中の闇の精霊様の声なのか入り交じる。

「見るな!ケルン!」

 ケルンに見ないようにいえば、急いで目をつぶる。

 闇の精霊様は男を包み込む。逃れようと手をナザドにむけて伸ばし、悲壮感に染まった顔の半分が見える。

 そして音もなく沈んだ。
 残ったのは闇から見えていた手と顔の一部が地面にあるだけだ。
 断末魔の声すらも闇に溶けて消えた。

 そしてまたナザドに寄り添うに闇の精霊様は現れた。

「回収し忘れてるぞ」
「――――」
「は?文句いうなよ!取り分?そんなもんいらないから!ほら!それも持っていく!坊ちゃまがいるのに!汚いもん置いてくなよ!」

 怒鳴っているナザドに対して闇の精霊様は何かいったようだが、男の残っている一部の前に立って一部へ飛び込むようにして消えた。

 人が一人完全に消えたことに、俺は何も感じない。それを見ないようにさせるのが精一杯だ。

「おい!ナザド!ケルンの教育に悪いことを見せるなよ!」
「仕方ないじゃないですか!あいついうこと聞かないんですよ?嫌がらせばかりなんです!」

 闇の精霊様に抗議はできないがナザドには抗議する。あんなグロいもんを小さい子に見せるもんじゃない。
 どこかの馬鹿のせいで、ケルンが攻撃的に育ってきてる気がしてならないってのに!

「怖くなかったのか?」

 目を開けて俺を見ていたケルンは男の末路を見ていないようだ。とはいえ、男たちに囲まれたりして、平気だとはいえないだろう。
 アドレナリンがどばどばでていたから恐怖が鈍っていただけだろうからな…母様を呼んで…いや、明日も試験だし…どこかでフォローをしてやらねば。
 俺がそんな計画をたてていたら、予想外なことをケルンがいった。

「ちょっとだけ…怒ってたから怖かった」
「怒ってた?」

 ナザドが怒ってたから怖かったってことか?
 でもナザドが怒っているのをケルンが怖がるはずもないし…男たちの殺気のことだろうか?

「それより、ナザドは大丈夫?」
「そうだったな。ナザドは平気なのか?」

 上位の精霊様を呼んだんだからナザドも疲れているだろう。闇の精霊様は精神に影響を与えるからな…端からみればまったく影響が出てないようだが。

「僕は大丈夫です。それより…子供たちは警備員がすぐに飛んでくるからいいんですが…本当にエフデさんは安静にしないと」

 ちっ。そこに今は触れないでほしいってのに。

「そうだよ!お兄ちゃん!なんで飛び出るの!危ないよ!めっ!」

 案の定、ケルンがさっきのことを思い出して俺を叱っている。その叱り方はエセニアの真似なんだろうが…地味に似ていて二重でショックを受けるからやめてくれ。

「めって…いや、あんときはあれが正解だったんだよ」

 あの場にケルンが来たことで、ケルンの感情に俺も流されていた。かなり頭にきていたのもあるが、守らないといけないという気持ちが前に出ていたのも悪かったのだろう。

「僕、お兄ちゃんを守るっていった!」
「俺も守るっていったろ?」
「僕が!お兄ちゃんを守るの!約束!」

 約束を強くいわれると弱い。しかもやっぱりこいつが俺の本体なんだなって思うわ。
 頑固。引かない。それに泣きそうになるのは反則だからな!ずるいっての。

「わかったって!ちゃんと休むから…風邪をひく前に動こうぜ」

 こうなったらケルンのいうとうりにする方が早い。それに暖かくなってきたとはいえ、水に濡れたままでは風邪をひきかねないから、部屋で着替えて休むってのは悪くない。
 俺もそれで元気になるだろうからな。

「闇の精霊は精神にきますから…旦那様をお呼びしないといけませんね。光魔法はの一番の使い手は旦那様ですから」
「いや、休めば大丈夫だ。父様の手をわず」
「お兄ちゃん!ナザドのいうとおり!父様を呼ぼうよ!」

 忙しい父様に頼むのも申し訳ないし…絶対に怒られる。せめて日を改めたいっていうのに、ナザドは俺に恨みでも…嫉妬はあるな。父様に叱られている間にケルンを独占する気だな。
 エセニアが必ず来るだろうから独占は無理だろけどな。父様のお説教が終わったらエセニアからの説教かと思うと気が滅入る。

「坊ちゃまのおっしゃるとおりです…エフデさんに何かあったら、父さんと母さんに殺されるか、妹に殺されるかしてしまうじゃないですか…まぁ、道連れにしますけど。問題は兄さんは殺してくれるほどの優しさがないことでしょうし」

 何気に怖いことをさらっというが、家族の仲はいい方だ。少し忠誠心が高いっていうのがあるけど。
 その忠誠心が一番高そうなあいつは元気なのかな。

「ティルカは元気なのか?」
「元気ですよ。呼べばすぐにでも来るんじゃないですか?あの人、エフデさんに会いたいくせに資格がないからとかいって、逃げてますけど」

 資格?んなもん、すぐにやるわ。俺だって会いたいっての。
 あいつのあっけらかんとした笑顔とか、今みたいに気が滅入るときには必要だと思う。あいつはケルンを大事にしてくれてるしな…土産の品も俺たちの好みだし、よくケルンをポルティに連れていってくれる礼がいいたい。

「今度の休みでも呼んでみるか」

 呼べば来るっていうなら呼んでやろう。嫌われていないようなら嬉しいからな。なんだかんだとどこかで頼れる。ケルンも兄のように思っているだろうしな。
 俺がそう思うんだからそうなんだ。

「遊びに行くの?僕ねー、お兄ちゃんとお買い物するー!」
「あ、僕も行きたいです!」

 ケルンはいいがナザドは…まぁ、今回の褒美と考えよう。だとしたらキャスを呼ぼう。ナザド対策に最適だ。そんで、エセニアを呼んで…買い食いはできないが、ハンクに作ってもらって、噴水のとこで食べるか。
 あ、そうだ。孤児院の子供たちとご飯を食べよう。寄付だけはしているが、そろそろ交流をしてもいい頃合いだ。ケルンには色んな人と関わってほしいからな。

 ケルンの腕からぴょんと離れて腕を組んで考えるふりをしてみせる。

「大所帯になりそうだが…まぁ、それも楽しいかもな。では、その準備をしないといけないな、ケルン君!」
「はい、ハカセー!」

 博士と助手ごっこをして考えるだけで楽しい。
 こうして精神の回復をできるように、会話を持っていくあたりナザドは優秀だ。闇の精霊様で疲弊したら、明るい話題を話す。
 希望や喜び楽しむ心があればましになるらしいからな。ケルンが闇の精霊様が平気なのは心が溢れているからに違いないな。

 今から楽しみではあるな。
 神隠し騒動もこうしてなんとか無事におさ…ひげ面のあいつが気絶していない!起きたのか!

「っ、死ねや!」
「あぶねぇ!」

 ケルンに投擲されたナイフを飛んで受け止める。ナザドは間に合いそうにないし、ケルンが怪我をしたらあいつ暴走しちまうからな。
 がん!と音を立てて俺にナイフが刺さる。

「お兄ちゃん!」
「エフデさん!」

 ケルンは無事か。よかった。

 ぴきっ。

 あれ?そうだ。ナイフが刺さっているんだ。おかしいな。この体でも刺さるだなんて。それに変な音がした。したよな?
 なんで。こんな。
 思考が。まとまらない?

「あ…」

 亀裂はどんどん広がって俺の意識は薄れていく。
 感情が欠落していく代わりに思考はまとまっていくようだ。

 自我まで貫かれたか。これで俺は終わりか。ケルンに戻ることはなく、霧散していく。

 遊びに行く約束を守れないな。ケルンにもエセニアにも謝れそうにない。
 最後に何か伝えたいが…いや下手に何かを残せば重荷になるし…それにもう浮かばない。何の感情もわかない。知識は…ケルンの中にちゃんとある。俺が消えても残るならそれでいい。

 誰かが飛び込んでくるのをぼんやり見ながら棒神様に祈った。
 どうかケルンが悲しまないようにしてください。
 そのまま俺は意識を失った。
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