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すいけん!

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 「静かな嵐」の来訪者が去り、ボクたちは気持ちを切り替えて、再び投書の整理に取り掛かった。

「はぁ……。割とイタズラも多いわね」
「え、そうなんですか?」
 ガドナ先輩がひらひらと依頼書を振りながら言った。
「依頼人が嘘つきなんてのはミステリーじゃ、よくある話だよ」
「目撃証言が犯行とは無関係に偽証だなんてのも、よくありますね」
 マーくん先輩も乗ってきた。

「でも、どうして……問題を解決して欲しくて頼んでるんじゃないんですか?」
「単純に、私たちをからかってる場合もあるだろうし、依頼には違いないけれど、自分に都合の悪い部分を隠してる場合もあるからね」
「どういう事ですか?」
「そうね……」

 ホンミ部長がボクからマーくん先輩に視線を移す。

「こないだ、マーくんがラブレター貰ったんだけど……って皆に話してたじゃない?」
「はい、ありましたね」
 突然、自分に話題が振られて、マーくん先輩がティーカップをガタッと言わせて固まった。怖くて動けなくなった小動物みたいで、かわいい。

「な、なんでシか!?」
「噛んだー!」
 コロンさん、ツッコミ早い。

「マーくん、あれ逆でしょ? マーくんが意中の人にラブレターを渡したかったんだよね?」

 図星だったらしく、マーくんは頬を耳まで真っ赤にして、下を向いて小さく頷いた。

「とまぁ、こういうわけよ。マーくん、ゴメンね」
「いえ……大丈夫です。ホンミ部長、凄いです……」


 ※   ※   ※   ※   ※


「お! ホンミ部長、見てください。これ、依頼じゃなくて、ホンミ部長宛のラブレターですよ!」
 どれも同じように見える投書の中から、ラブレターをきっちり見つけ出すコロンさん、さすがです。

「なになに! ほうほう。香彌かやったら。人気者ぉっ!」
「や・め・ろ!」
 ガドナ先輩がホンミ部長をはやしたてている。

「ぼ、僕じゃありませんから!」
「わーてるって」
 さっきの流れから「ラブレター」というキーワードについ過剰反応してしまったマーくん先輩をコロンさんがなだめている。

 ボクは、そんな先輩たちを眺めて、ドキドキしながら楽しんでいる。そのラブレターを書いたの……ボクなんだよね。

「いーなー。あたしゃラブレターなんて、書いたことも貰ったこともないよ」
「コロンちゃんは、まずオヌヌメの書き直しを仕上げてね」
「ぐはぁっ! 二度目!」

 ボクのラブレターから目を上げたホンミ部長がふぅっとため息を一つつく。

「どうだった? 名前とか書いてあった?」
「ううん。でも、まぁ、こんな風に好きだと気持ちを向けられるのって、嫌じゃないよね。この子、中学ではつらいこととかあったみたい。では楽しく過ごせるといいんだけど」

 え、嘘……。ボク、そこまでは書いてないのに。

「え、女子からなんですか?」
「そだよー。ま、差出人はだいたいわかったよ」

 え……。な……ぜ……!? 絶対にバレない自信あったのに。普段の言葉使いとは変えたし、字の癖も気をつけた。きっとブラフよ。わかりっこない。それでもボクは恐くなって、ホンミ部長を見ることが出来ない。
 いったいどこでホンミ部長にバレたのか気になる。でも、ここでヤブヘビな質問をしようものなら、自分が書いたと白状してしまうようなものだし。このままそっと誤魔化してしまおうか。いや、もし気付かれたのなら、本心を聞きたい。いや、それはそっとしときたくて名前を書かなかったんだし……。
 ボクは堂々巡りの中にいた。そして、そんなモヤモヤを抱えたまま、つい聞いてしまった。

「先輩」
「ん?」
「どうして人は人を好きになるのかなぁ……」

 言ってしまってから、ボクはマーくん先輩を見るようなフリをして誤魔化してしまった。あぁ、ボクはなんて卑怯者なんだ。
 ボクは、ホンミ部長が好きだ。ガドナ先輩が好きだ。コロンさんが好きだ。マーくん先輩が好きだ。が好きだ。

「おー、そうだね。月並みだなんて言う人もいるかもしれない。種の保存のための本能なんだから当たり前だなんて、分かった風なことを言う人もいるかもしれない。でも、男子が男子を好きになったり、女子が女子を好きになったりもするんだしね。どうして人は人を好きになるのか。それこそが日常における最大の謎かもしれないね」

 まだ。まだこの答えだけじゃ、ラブレターの差出人がボクだと確証を得ているのかどうかはわからない。ボクは、顔に出ないようにと気をつけながら、さっきクラスメイトから受け取った便箋を鞄から取り出す。

「先輩、そういえば今日もクラスメイトから預かってきてます」
「ほーい。見せて」

 ボクから便箋を受け取りながら、ホンミ部長がさり気なく
「ありがとう」
 と言った。

 まるで便箋を差し出したことへの礼のようなタイミングだったけれど、ボクにはわかった。
 中学の時、イジメでつらい思いをしたと見抜いたこと。差出人が女子だと見抜いたこと。マーくん先輩を見ながら言ったのに、女子が女子を好きになることもあると付け加えたこと。そして、「ありがとう」のひとこと。
 今は妙な確信があった。ラブレターがボクからだってホンミ部長は確かに気が付いてる。どうして分かったのかはわからないけれど……間違いない。

 好きだ。ボクの気持ちを逃げずに、優しくしっかりと受け止めてくれるホンミ部長が大好きだ。たとえ、今は一方通行であっても。

「ふぅむ。これは……」

 ホンミ部長が珍しく驚いていた。それは、最近謎の脅迫を受けているので、犯人を暴き出して脅迫をやめさせて欲しいというものだった。手紙と一緒に脅迫文が二つも入っていた。脅迫状は雑誌から切り抜いた活字を切り貼りして作られていた。筆跡から身元がバレるのを避けたかったのだろう。ドラマなんかでよく見る手口だ。
 添えられた手紙には、一つ目の脅迫状は机の中、二つ目の脅迫状は家の郵便受けに入っていたという。

「なんと。脅迫とは穏やかじゃないね。これは、ほっとけないかな」

 横から覗き込んでいたガドナ先輩がそう言うと、ホンミ部長が強く頷いた。

「ボンちゃん、この依頼は誰から?」
「ボクのクラスの東能ひがしのさんです。美研の部員で、あ、ほら、描きかけの静物画が描けなくなって困ってた……」
「一番青ざめた顔してた背の高い子?」
「あ、そうです。そうです」
「しまったぁ! あー、大失態だ。あの時は、単なる窓の締め忘れかと思ったけど、これは何か裏がありそうね」
「誰かが、わざと窓を開けっ放しにしてた?」
「さらに、リンゴやバナナを外に放ったかもね。部室の中は綺麗だったでしょ? カラスならその場でついばんだりしてもっと汚れてたと思う」
「なるほど……」

 そして、聞くまでもないよね、と熱のこもった眼差しを部員に向ける。

「やりますか」
「「はい!」」
「「了解!」」

 そう、全員が応えた。

「よし。私は依頼人からもう少し話を聞いてみる。ボンちゃんも一緒に来てくれる?」
「はい!」
 ボクは二つ返事でそう返した。

「あたしゃ、この後、陸上部にも顔出したいから上がるけど、これ、ちょっと借りて帰ります」
 そう言うと、コロンさんは二枚の脅迫状を掴んでヒラヒラと振った。

「じゃあ、私は美研の鏡國きょうごく部長から話を聞いてみるかな。マーくんも来る?」
「はい。お供します」


 ※   ※   ※   ※   ※


 こうして調べはじめてみると、翌日には真犯人が解明され、事件のあらましが明らかになった。

 ボクたちは、美研の鏡國きょうごく部長にの部室に来てもらって、事件のあらましを説明した。

「副部長が、そんな事を……」
 美研の部室の鍵を持っていたのは部長と副部長だけ。部長は帰宅後深夜まで塾に行っていたらしく、ほぼアリバイがあると言っていい。最初は真犯人が居るなどとは疑ってもみなかったけれど、そうと疑ってみると一番怪しいのは副部長。副部長は、皆が帰ったあとでひとり部室へ戻り、窓を開けてフルーツを窓の外へ捨てたのだった。そして、疑いの目を自分から反らすため、翌日、部長の鍵を盗み出して、人に見つかりやすい文化棟の入り口に放置、誰にでも犯行が可能な状況を作りつつ、体調不良で早退したのだった。
 まず、過失で誰かが窓を締め忘れただけと見えるようにしておき、たとえ誰かが故意にやったと疑われても、それが誰にでも出来る状況を作ろうとしたのだった。
 ところが、夜のうちに守衛さんに窓を閉められてしまったために、誰にでも犯行が可能な状況に見せかけるのは難しくなっていた。窓を締め忘れただけの過失ではないとなると、可能性は至ってシンプルなものだった。

「でも、彼がどうして……」
 動機も些細で……残念なものだった。
 部長と同じく三年生の副部長には、次の絵画コンテストが高校生最後のチャンスだった。しかし、その最後のチャンスの限られたエントリー枠を一年生の東能ひがしのさんに奪われてしまったのが悔しかったからだろう。

「真相は本人に直接聞いてみないとだけど……確かにうちの部からは、優秀な作品を二つだけと決めていたので……」

 三年の鏡國きょうごく部長と、一年の東能ひがしのさんの二作品がエントリー予定だったらしい。
 こうして、事件は思わぬ展開を見せ、関係者やボクたちの心に、残念で苦い気持ちだけを残して終わった。美研の副部長はあの日以来ずっと欠席らしい。鏡國きょうごく部長は、今日、副部長の本心を確かめるためにも、家に行ってみるとのことだった。

「はぁ、嫌な事件でしたが、一件落着ですね」
 美研の部長が出ていったドアを見ながらボクがそう言うと、ホンミ部長が言った。

「まだよ。脅迫状の謎が残ってる」
「え? どういう事ですか?」
「あらあら。ボンちゃん。考えてみて。単なる過失と思わせたかった美研の副部長が、わざわざ脅迫状を出すわけないのよ」
 そうだった。ガドナ先輩に言われるまで気づかなかった。なんだか、事件は全部解明出来たような気がしていたのだ。

 ちょうどその時、コロンさんが部室ぶしつに入ってきた。

「ちーーす。脅迫状調べてみました。一つ目の脅迫状は、女性向けのファッション誌、二つ目の脅迫状は、男性向けのゴシップ誌から活字を切り抜いたものでした。これです」
 そう言うと、コロンさんはカバンから付箋だらけの雑誌を二冊取り出した。

「一つ目の脅迫状を作ったのは女性、二つ目の脅迫状を作ったのは男性の可能性が高い?」
「マーくん正解。その可能性が高いかなって」
「美研の副部長さん男子でしょ? どういうことかなぁ」
「さぁ……? あたしゃ、こういう分析は好きだけど、推理はからっきしだからね」

「一つ目の脅迫状は……」
 後を引き取ってホンミ部長が話し始めた。
「……依頼人の東能ひがしのさんの自演ね。副部長が犯人だと、どこまで確信を持っていたかは分からないけれど、過失で済まさず、調べて欲しいと思って、こんなものを用意したのね」
「自演……」

 さらに今度はガドナ先輩が続きを話し始めた。
「そして彼女の思惑通り、犯人が見つかった。だけど……自分が用意したものの他に、誰かから本当に脅迫状を受け取ってしまった……」
「二つ目は、美研の事件とは無関係?」
「これも推測だけど、多分ね」

「じゃあ、本物の脅迫状だけ相談して、自作した方は捨てちゃえば良いのに……」
 マーくん先輩の言うのももっともだ。

「よほど驚いたんだと思うわ。そして、なんとか無視せず調査して欲しいって気持ちから、かさ増ししたくなったんでしょうね。二つの脅迫状の製作者が違うとバレるなんて、思ってもみなかったんだと思うよ」

 この時はまだ、ボクたちの誰も、これが大きな事件に発展するなんて思いもしなかったんだ。



 ――――人は誰も何かしらの秘密をもっている。
忘れたい過去。辛い記憶。コンプレックス。秘めた想い。
 秘密は……誰にだってある。秘密を抱えることが苦しい時もある。そんな時は信じあえる仲間と秘密を共有するのも、悪くない。

 ボクは、都立曙橋高校でのかけがえのない出会いに感謝している。推理小説研究部という不思議な部活に誘われて、良かったと思う。
 もうすぐ夏休み。推理小説研究部でも、合宿をするらしいし、秋になれば文化祭だ。発表の他に、ビブリオバトルってのをやる事になったし、東能ひがしのさんの事件も二つ目の脅迫状の謎が残ってる。それに、まだまだ毎日のように舞い込む依頼……。
 ホンミ部長、ガドナ先輩、マーくん先輩、コロンさんと一緒に部活を楽しもうと思う。
 ミステリーもたくさん読んでみたい。

 だってボクは謎解きの面白さの、まだほんの入り口にたどり着いただけなのだから。





すいけん! ~都立曙橋高校 推理小説研究部 の小さな事件簿~

おわり

すいけん! ~都立曙橋高校 推理小説研究部「三つの脅迫状事件」~

に続く……かも?
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